風景から生まれる器-Awabi wareの場合。
淡路島の風景に佇み100年以上となる家屋を工房とするAwabi wareを訪ねたのは、2年前の夏のこと。実はそれは2度目の訪問でした。仲間たちと初めてここを訪れ、お行儀よく並ぶ色とりどりの器たちに釘付けになったのはもう少し前のこと。とにかく色のバリエーションが多くて。私自身は白、黒、茶などの器ばかり買い集めていましたので「さぁ、新しい世界を広げてごらん」って器たちに話しかけられているようでした。
2人の子連れで、友人に連れて行ってもらったこの日。彼らは広い敷地内で様々な宝物を発見していました。あちこちの風景がどこか懐かしい工房で、アイスキャンデーをもらってのんびり食べていたり。時間の流れ方が違うな~。ちょっともしかしたら物語の中に入りこんじゃったのかも。こっそりそんなことを思いながら、器のことについてお伺いしたのでした。
岡本純一さんが立ち上げたAwabi wareは「受け継ぐ器」を作り続けることを軸にしています。子どもの、またその子どもまで長く使い続けてもらいたい。そんな思いから、丈夫で、形や色彩が豊富でどんな料理も映える作り。
作家ものというと、扱いに気を使ったり、ここぞという時に使おうとしまいこんでしまったりすることも多いのではないでしょうか。
parkではAwabi wareの器を多くのメニューで使用し、日々盛って、洗って、拭いて、という動作を繰り返して使っています。けれど割れたり欠けたりが本当に、ほとんどないんです。この扱いやすさ、道具としての頼もしさ、心を弾ませてくれる色使いの多さが、Awabi wareの最大の魅力だと感じています。
Awabi wareの器たちは、2つの制作方法で作られています。成型から釉薬をかけて焼きあげる工程まで全てを工房で行う方法と、原型を作り淡路島以外の職人に部分的に依頼して焼き上げるという分業制の方法。
岡本さんはこんな風におっしゃいました。「自分が居なくなっても、作り続けられる器でありたい」と。
私は、“岡本さんの”Awabi wareだ、という認識だったのですが、それは間違いだと気付かされました。岡本さんが望んでいるかたちはそういうことではない。あくまで末永く暮らしに寄り添ってくれる生活道具であること。であるからこそ、2つの制作スタイルであることの意味が分かります。いずれ家族が増えたり割れてしまったりした時に“買い足す”ことができるということも、使い続ける道具には欠かせない一面なのですね。
器や道具を使う時、私たちは作り手の思いを想像したり、そのものが生まれた背景に思いを馳せたりします。
それと同じように、作り手の方々は使う人々のことを思っている。
ひとつひとつ手をかけて生み出されるものには、大量生産されたものにはない思いがそれぞれに行き交っている。だからこそ愛おしくて、使うほどに豊かな心を育んでくれる気がしています。
時代と共に変化していく様々な生活スタイル。使い方、使われ方の変化にしっかりち着目しながらも、ずっと変わらぬ部分が存在している。そのしなやかさが、この先に残る道具となっていくのかもしれません。
この日、淡路島の風景を眺めながら、そんなことを思っていたのでした。
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