猫背で小声 | 第23話 | A4サイズから はみ出した旅
ここまできたらもうご存知かと思いますが、ぼくの名前は『学(まなぶ)』と言います。
自分の名前が好きなので、この名前をたのしむために、なにかしたいなーという気持ちがありました。歌や絵で女性を喜ばすことは、自分の身の丈ではないことは知ったので、『かっこよくないけれどおもしろいこと』をしたいと思いました。
なんだろ、なんだろうと考えました。
『旅』です。
『学』という名の付く『駅』に行こうと思いました。
全国には「学芸大学駅」とか「駒沢大学駅」「都立大学駅」とか『学』の付く駅名が乱立していますが、そんな当たり前の駅に行ってもつまらんわ「うっせえうっせえうっせえわ」と、流行りの歌にグータッチできるような、学探しの旅に反骨心が湧いたのです。
前置きは長くなりましたが、ぼくは旅に出ました。
はじめて訪れたのは徳島県にある「学駅」でした。徳島県の吉野川市という場所にある駅です。深い夜が顔を出しはじめる頃、たくさんの酔いどれ紳士が行き交う東京駅から高速バスで徳島に向かいました。慣れない旅。眠れない車内でした。動物が誰に教わらずともおしっこをする場所を覚えるように、深夜バス初体験のぼくは誰から教えられたわけでもないのですが、サービスエリアでしっかりトイレを済ませ、しっかり屈伸をして、次のサービスエリアでの休憩に備えました。
西に向かうバスの中、暗い車内では耳が寂しいので大好きなラジオをイヤホンで聴きながら、肩身の狭い中を過ごしていました。うつらうつら時は過ぎ、夜が明けそうな窓際。ラジオから聞こえる音声が次第に 関西 訛(なま)りになっていくのが分かりました。
あきらかに聞きなれないイントネーション。今まで接してきたぼくの知り合いの中に関西人はいなかったので「これが関西弁か !! 」という新鮮な感覚とともに世が明けました。
そのバスは大阪で降りる人が多かったので、徳島に着く頃の車内は、人がまばらでした。まばらということもあり、車内ではその人なりの『寝方』をしている人が多く見られます。2列シートの席を使い上手に眠りについている人や、前の席に足をかけ、ピーンと伸ばし、身体を V 字にして寝ている人、それぞれの育ち方や家庭環境が想像できるような車内。
ぼくはというと、カーテンを頭にくるみ、窓際から見える『西』の景色をたのしんでいました。
カーテンにくるまれたのはいつぶりでしょうか?
幼くして人生をドロップアウトした、小学校の放課後ぶりだと思います。
*
そんな感傷に浸っているとバスは徳島駅に着きました。お世辞にも「栄えている」とは言えない早朝の駅前の光景でしたが、ぼくの気持ちは『ワクワクさん』です。テンションが上がってしまったので、偶然、駅前で謎のプロモーションをしていた徳島県のゆるキャラ『すだちくん』と写真を撮り、無事、旅の『巣立ちくん』。
この旅では『学駅』に向かうことだけではなく、地元の知らないおじちゃんおばちゃんと話すことも目標としていたので、ワクワクさんな気持ちが『シナシナさん』になる前に、駅前から出ているローカルバスに搭乗し、徳島市内のスーパー銭湯へと歩を進めました。
銭湯へ向かう途中のバス車内は、東京では考えられないくらいの高齢者率の高さと、窓から見える「自転車に乗ったヘルメット中学生」、略して「ヘル中」率の高さにビビりながらも、なんとか、たじろぐことなく下車。
着きましたよ。
『あいあい温泉』という愛に満ち溢れた場所へ。
はじめてのバス旅で凝り固まった心身の疲れを取るために、まずは大浴場へ。そこには驚くべき光景が待っていました。
とにかくジジイが多いのです。
大事なことなので2回言います。
『ジジイ率』が高いのです。
「地元のおっちゃんに声を掛ける」という目標をかんたんに達成できそうな光景でした。流行る気持ちを抑え、東京とは全然ちがう水質の天然温泉シャワーに違和感を覚えながらも、時間が経つにつれ、この旅では出てこなかった『引きこもり』の顔がチョイチョイと出はじめたのです。
シャワーを浴びながらも気持ちはジジイ探し。表参道で読者モデルをスカウトするような、芸能プロダクションの関係者のようなまなざしになっていました。周りをキョロキョロし、話せそうな人を探すのですが、なかなか声を掛けられずにいました。
シャワーを終え、温泉に入りながらジジイたちの下半身を物色…ではなく、優しそうな顔をした人を物色し、顔色を伺っていました。
その時、ある人の顔がぼくのレーダーにピピっとハマりました。
ジジイ3人組。
優しそうだ。
ここで声を掛けなかったら、この旅の意味はないという覚悟を持っていました。
近藤「ぼく、東京から来たんです !! 」
ジジイ3人組「おー東京か、俺も昔住んでいたんだよ、吉祥寺にねー」
…
その瞬間、なんだかうれしかったのを覚えています。
知らない土地で知らない人に声をかけるのは引きこもりには相当ハードルが高いと思います。旅の高揚感で話せる、ということもあるのでしょうが「あの引きこもりのまなぶちゃんがねぇ」という「あの子があんなことをねぇ」という、家の近所のおばさんが井戸端会議で話すようなことを徳島県のスーパー銭湯でやってのけたのです。
やっぱり『愛』に満ち溢れた、あいあい温泉でした。
そのジジイ3人組とは20分くらい話をしました。ぼくが東京から乗ってきた高速バスの運営元が徳島県内では有名だとか、徳島出身のゴルファー・ジャンボ尾崎が県内では崇められているとか、せっかくの温泉の熱が、湯冷めするくらいの長話をしました。「これ以上話すと湯冷めしちゃうんだけどなー」という本音は胸の奥にしまい、ある意味、引きこもりのぼくを外に出してくれたジジイ3人組との出逢いを思う存分たのしみました。
最後、「楽しかったです」とお礼を言って銭湯を後にしました。会話を交わした熱気と湯冷めした体が熱闘甲子園ばりの熱戦を繰り広げる中、さらにバスで徳島駅に向かいました。
時刻はお昼、『ウキウキウォッチング』です。
ここで旅の前から決めていたことがあります。
「当たり前の旅にしたくない」ということ。
徳島の名物に『徳島ラーメン』がありますが、ぼくは変なところでひねくれているので、この、徳島ラーメンは食べずに、全く同じ具材が入った『徳島丼』というのを食べたのでした。
食への熱気は冷え冷え。
ある意味『冷凍甲子園』。
初出場、初優勝。
ひねくれのお昼を終え、次は徳島駅から JR 徳島線に乗り、目的地の『学駅』へと向かいます。田舎電車に乗るのもなんだかアートのように感じます。地元の人たちの言葉だったり、ファッションだったり、電車が止まる合図のベルの音だったり。そんな気持ちに揺れること、揺れること。
目的地に着きました。
『学駅』に。
駅舎は無人、青い空、黒々とした引きこもりの東京人がやって来たのです。東京でこしらえた A4 サイズの紙に『びっしり』と書いた旅のしおりに目をやり、『街』ではなく『町』を散策しました。
ある光景が見えました。
地元のおっちゃんがはしごに登り、木を切っています。
さぁ、この旅2回目の本番スタート。
声を掛けました。
近藤「ぼく、学と言うんですけど東京から来たんです。」
おっちゃん「おにいちゃん、よく来てくれたねー。うれしいよ。」
…
こんな一言でも嬉しいのです。
これが『旅』なのです。
地元の人は『日常』でも、ぼくにとっては『非日常』なのだから。
たった一言『声』を交わしただけでしたが、この一言は今でも想い出に残っています。「おにいちゃん」と言われた西特有の文化も。
その後も町をぶーらぶらして、誰を祀ってあるかわからない神社にも足を運び、お参りをしました。
(この先いいことがありますように)
もう起こっているんですけどね。
その神社では、周りに誰もいないことをいいことに、同じタイミングでジャンプして撮った写真をインスタにアップするキラキラカップルのような写真を、『一人っきり』でセルフタイマーで撮りました。
ある意味 by myself
ご苦労様です。
今日のキラキラしたできごとにウルウルさせながら学駅へと戻ります。
学駅の駅舎の前に、おばさんがいました。
3回目の本番。
ここまでくれば日本アカデミー賞常連のワタクシ、名優・三國連太郎ばりの重厚な演技で、声を掛けました。
近藤「ぼく、東京から来たんです。」
おばちゃん「私も昔、東京に住んでいたんですよ。館林というところに。」
…
?
館林。群馬ですよね。
ハテナが頭を侵食していましたが、相手を傷つけるのは良くないと思っていたので、相手の懐に入らない程度に話を聞いていました。
おばちゃん「私、昔、東京の館林というところに住んでいたんですよ。」
…
厄介なおばちゃんと出逢ってしまいました。
紅白でいう紅組の大トリのようなボスキャラです。
近藤「ぼく…もうすぐ電車に乗らないといけないんですけど...」
おばちゃん「私、昔、東京の館林に住んでいたんですよ。」
このやりとりが5回くらい続きました。
電車も何本か乗り過ごしてしまいました。
ぼくの選択肢に
『たたかう』
『じゅもんをつかう』
『にげる』
の3つが浮かびましたが、迷わず『にげる』を選択。
相手を傷つけない程度に、逃げる。
徳島駅へ向かう電車に逃げるように乗ると、その館林おばちゃんは駅のホームに入り、なぜか手を振ってくれていました。
うれしかったのかしら、ぼくと話せたことが。
それでも学駅からの JR 徳島線内はぐったりでした。
いいことばかりじゃない。
学校でも教えてくれない、どこにも売っていない『人生の教科書』に書いてあることが起き、悶々としました。トントンとしました。トンカチで頭を小刻みに叩かれているような時間でした。
このおばちゃんとの出逢いは重たかった、ヘビーだった。朝からの疲れか、電車内でコクリコクリと眠りにつきそうに。次第に微熱は冷めていきました。
気分が平熱に戻るころ、あることを思い出しました。
途中下車をして大好きな姪っ子のために『学駅』のお守りを買うということです。学駅のお守りは帰りの駅でしか買えません。もし学駅であのおばちゃんと出逢ってなければ、電車も時間通りに乗って気分も上がり、お守りを買うことなんか忘れていただろうと思います。しかし、おばちゃんとのヘンテコな出逢いがあったからこそ、冷静に考えられる時間ができ、姪っ子にもお守りを買うということを思い出せたのです。
ぼくは逃げたけど、学駅のおばちゃんは『じゅもん』を使ったんだと思います。
そんな、ふしぎなじゅもんと、ふしぎなじかん。
『和牛』の漫才のような伏線回収です。
「もうやめさせてもらうわ。」
巨人師匠も高得点。
そんな『とくしまグランド花月』での出逢い。
*
しばらくすると電車は徳島駅へ。
時刻は夕刻。日も暮れかけています。数々の熱戦があったのでお腹が空いています。旅のしおりに記した徳島駅近くの「海鮮丼がおいしい」という店に向かいました。
徳島という勝手なイメージから「空いてるのかな」と思っていましたが意外と店は混んでいます。
カウンター席に座りました。
お目当ての『海鮮丼』着丼。
オーダーした麦茶がおいしくて意外さに驚きました。
海鮮丼の魚を口に含むと、こりゃうまい。魚に弾力があり、甘みもあります。
多分、今まで食べた海鮮丼の中で一番おいしかったです。今でも暫定一位。
名優・三國連太郎が四国で泣きました。男泣きです。
泣きじゃくる三國連太郎は店を後にし、お店の近くにある『眉山』という山に向かいました。眉山は徳島市内の街中にあるロープウェイで登れる山です。「山の上から徳島市内を撮る」という目標を抱き、ロープウェイで山頂に。どんな景色が待っているか期待を膨らませ山頂に着くと、街中の夜景が目に飛び込んできました。
徳島市内だけではなく、今回の旅で行った『あいあい温泉』や『学駅』までも見えるかのような景色でした。東京のように街中の灯りが煌々としているわけではありませんが、今日お世話になった人や町も懐かしく、ぼくの心に映るのです。
これが、旅行です。
これも、旅行です。
予想できないことが起きるのがいいんですよね。旅って。
景色から目線を外すと、山頂には横綱・白鵬と奥さんが出逢った記念に作られたというオブジェがありました。
これも旅行なのか。
「お腹いっぱい、胸いっぱい、たかじん胸いっぱい」と、いうことで山を降り、帰路に着くため徳島駅に向かいました。
お伝えしていませんでしたが、この旅は「たった1日」という行程でした。早朝、徳島駅に着き、夜東京駅行きのバスに乗る。時間にすると12時間のできごとでした。引きこもり時に憧れていた『水曜どうでしょう』をマネしたのです。隣に頼れる『ミスター』はいませんでしたが、『大泉洋』が招くような奇天烈な旅はできたかと思います。
東京に向かう徳島駅のバス停の道端に黒々としたゴキブリがいました。
あなたのように
黒々とした人生でしたが、
徳島を楽しんで、
また自分の巣へと戻ります。
いつ死ぬかはわかりませんが、
殺さないでください。
死ぬ前にやりたいことはあるのです。
やるべきことはあるのです。
飛べもしないぼくは、
次第におとなしくなりながら
窮屈な都会へと戻ります。
這ってでも生きなさい。
あいあいとくしま。
あいあいじぶん。
近藤 学 | MANABU KONDO
1980年生まれ。会社員。
キャッチコピーコンペ「宣伝会議賞」2次審査通過者。
オトナシクモノシズカ だが頭の中で考えていることは雄弁である。
雄弁、多弁、早弁、こんな人になりたい。
https://twitter.com/manyabuchan00
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