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リハビリテーションのデジタル化

自分はこれまで整形外科やコンディショニングジムでの勤務、大学院での研究を通して理学療法士としてのスキルを磨いてきましたが、現在リハビリテーションのデジタル化に関するプロジェクトにいくつか関わっています。そんな中で感じたデジタルで出来ること、そして考えられる限界について書いてみようと思います。

SOAPの考え方

医療従事者であれば聞いたことがあると思いますが、リハビリテーションとして人に関わる際の頭の整理の仕方としてはSOAPに則ってまとめることが多いです。

S(subjective):主観的情報
O(objective): 客観的情報
A(assessment):統合と解釈
P(plan): 計画(治療)

医療の世界ではEBMの考えのもとエビデンスに基づいたアプローチが求められますが、その中のいずれかの項目をデジタル化することで現場の役に立つこともあるでしょう。

〈S:主観的情報収集のための詳細な問診〉

Sは主観的情報であるため、まずは詳細に問診をすることが重要であります。臨床においては本人から詳細な情報を話してもらうためには信頼関係の構築が欠かせません。実際は体の話だけでなく雑談も含めたコミュニケーションをとりながら行うことでより良い関係性が築けるようになると思います。複数の世代と関わる際のコミュニケーション法については↓を参照下さい。

オープンクエスチョンとクローズドクエスチョン

主観的な情報収集のための質問の方法として有名なものに、オープンクエスチョンクローズドクエスチョンというものがあります。

・オープンクエスチョン
相手が答える範囲に制約を設けず、自由に答えてもらうような質問の方法
・クローズドクエスチョン
「はい、いいえ」の二者択一や「AorBorC」の三者択一などで答えられるような、回答範囲を狭く限定した質問の方法

上記のように質問の内容は、人の性格に応じてこれらの質問の方法を使い分けるとより主観的な情報が得やすくなると思います。

例えば、「どこか体の不調はありますか?」「痛いところはありますか?」というような質問の仕方がオープンクエスチョンになりますが、人によってこの質問によって自分のことをたくさん話してくれる人もいれば、返答に困ってしまうような人もいると思います。そんな時は、「腰を曲げたときに痛みを感じますか?」「歩いたときに膝が痛みますか?」など、限定的な質問をすることで状況を答えやすくなると思います。

問診のデジタル化を行う際にはこれらの質問の仕方を工夫することが非常に重要かと思います。また、返答の仕方も事前にいくつかの項目を作っておくか、自由記述としての欄を設けるかによっても得られる情報が違ってくるでしょう。アンケート形式のものを作る際には意識した方がいいと思います。

フロー状態を作るための目標設定

臨床のアプローチを考える上で目標の設定は非常に重要です。現在の状況として「肩が痛い」というような状況があったとしても、小学生で野球をしている、大学生であまりスポーツはしていない、30代でオフィスワークをしている、高齢者で普段は家事をしている、など状況によってアプローチは全く異なります。

そして目標を明確にしておくことによって、今後のアプローチの必要性をお互いに共有できモチベーションの向上につながると思います。心理状態を表す言葉に「フロー」というものがありますが、「時を忘れるくらい、完全に集中して対象に入り込んでいる精神的な状態」のことを指します。このフロー状態になるためには目標設定とアプローチ内容の設定が重要になるのですが、以下のような図式があります。

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このように現在のレベルから考えた時に、設定する目標である挑戦レベルと、アプローチを行うスキルレベルがちょうど高い状態で一致したときにモチベーションが最も高まるという考え方です。

先ほどの「肩が痛い」という例で考えたときに、「小学生で野球をしている子であれば次の大会までに肩の痛みを治してパフォーマンスをあげるためにはこのトレーニングが重要だから頑張ろう」というようなアプローチを考えるとモチベーションがあがりやすいでしょう。このようなアプローチの行い方は臨床では行いやすいですが、デジタル上で行うのはなかなか難しいと考えられます。動画を配信して相手に選んでもらうやり方ではこのような目標を考慮するのは困難なので、相手の心理状況を把握しながら行うとしたらオンラインでこまめに連絡をとりあいながらプログラムを微調整していくことが重要かもしれません。

〈O:客観的情報収集のための評価能力〉

これまでのSにおいては主観的情報であるため、心理的な考え方を用いることが多いですが、Oとして客観的な情報を得るために、数学や物理といった理系の考え方が重要になってきます。それは再現性を高めた数値化を行うことが客観的な情報において重要だからです。

視診、触診、各種テストなどを行うにあたって他の人が行っても同じ基準で行える評価の方法を選ぶことが望ましいと思います。毎回基準がずれてしまうような方法で数値化を行ったとしてもそれは客観的とは言いづらいものです。↓では研究においても考慮する連続・順序・名義尺度という数値化の手法を簡単にまとめているのでそちらも参照ください。

臨床だからこそできる細かい評価

まず先にデジタル化しにくい要素から考えてみます。姿勢を見た時にほんの少しだけ右肩が上がっている、圧痛所見を探すときに脊柱のL1棘突起の少しだけ右側が痛い、SLRのテストをするときに60°〜70°あたりでスパズムを感じるなど、これらは臨床として注意深く観察しないと見えてこない所見です。このような能力は教科書を読めば身につくものではなく、多くの経験が必要になるでしょう。様々な年代の様々な不調と関わることによって問題の根本原因にたどり着く精度が少しずつ高まってくるんだと思います。

集団の臨床や、研究においては多くの対象を相手にすることができることもありますが、多くを対象にすればするほど個人に対する関わりの密度は低くなります。よって臨床で1対1で関わるときは深い人間関係のもと、きめ細かく身体を見ることが非常に重要になるかと思います。

身体を数値化する様々な手法

Oにおいては客観的な数値化するすることが重要だと言いましたが、それには様々な方法があります。姿勢であれば写真を撮って歪みを見る、関節可動域であれば角度を計測する、筋力であれば筋力計で計測する、活動量であれば歩数などを計測する、などです。このような情報に関しては数値化がしやすい項目なのでデジタル化しやすいです。

現在自分が関わっているプロジェクトとしては、姿勢をデジタル上で評価してそのデータをAIで解析することで姿勢の状態に合ったプログラムを推奨するというものと、アンケートによっていくつか質問をすることでそれぞれの質問の要素から身体機能を推測するというものの開発に関わっています。それぞれ最初の構想からプロトタイプはできているので、ここからは数を集めて評価の精度をあげていくことが重要です。人間であっても経験が必要なように、デジタルであっても多くのデータを集めることが必要です。

本当はいろいろな評価方法をもっとここでも紹介したいところですが、書き出すと無限に出てくるし、中には特殊な機材が必要なものもあるので今回の記事での紹介は控えめにしておきます。人間の身体は様々な要素で構成されているため数値化する方法も非常にたくさんあります。あとは達成したい目的に合わせてどのような項目をデジタル化するかというところが、開発者のセンスが試されるところであります。

〈A: これまで得た情報の統合と解釈〉

ここが一番デジタル化がしにくいところだと思います。つまり専門家として最も能力が発揮されるところでしょう。SとOで得られた情報をもとに、様々な可能性を考慮しながら問題の根本原因を探す作業になります。デジタルなデータを参考にするときには、研究においては多変量の解析を行うことで設定した問題に関係する因子は見つかってくることもありますが、相手が人間である場合はやはり感情の影響が大きいので問題の内容や質も変わっていくことが多くあります。そして今回の新型コロナウィルスなど予測できない社会的な環境の要素も入ってくると情報の処理は非常に困難になります。やはりここは人の力が最も求められるところでしょう。

〈P: 問題解決と良い未来に向けた計画〉

リハビリテーション、特に私の専門である理学療法においては運動療法や物理療法が重要なアプローチであります。徒手であれば高性能のマッサージ機、運動であれば動画による指示、物理療法においても温熱・寒冷・電気などを使った様々なデバイスが多く世の中には存在しています。個人的には今後VRの可能性が高まってくることを予想しています。

リハビリテーションのデジタル化を考えたときに、スマホ、タブレット、PCなどはかなり普及率があがり、そこで表現される画像や動画によるアプローチはかなり飽和状態になっている印象です。まだエンターテイメント要素の高いゲームなどを使った方法は余地が残されている印象ですが、かなり参入している人も多い業界で今から入り込むには少し難易度が高い印象です。

そこでVRですが、まだ普及率も低く使いこなせている人は少ないですが、今世の中ではいろいろな開発が進められています。自分も1つ開発に関わっているプロジェクトがありますがまだ周りに同様の取り組みを行っている人は少なく、スピード感をもって進めていけば先行者利益を得られる可能性は十分にあると感じています。利益があるのは作った側だけでなく、もちろんリハビリテーションを受ける側にもあり、新型コロナウィルスで対面のリハビリテーションが受けづらくなる未来においてVRという三次元空間の中で質の高いリハビリテーションを受けられるようになる可能性は多いにあるんじゃないかと思います。

おわりに

今回SOAPの形式に則ってそれぞれの項目におけるデジタル化の可能性を考えてみました。今後も5Gやブロックチェーンなど様々なIT技術を活用したリハビリテーションが広がってくると思うので、注目しながら自分の活動にも活かしていきたいと思います。

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