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論破で何が生まれるの?

京大教授・中山健夫はその著書、「京大医学部の最先端授業!『合理的思考』の教科書」(すばる舎、2012年)の中で、近年の医師と患者の関係の変化について、概略つぎのように述べています。

パターナリズムへの反省に導かれた改革の動き

「以前は医師の言うことが絶対で、医師が強い立場で治療方針を決定し、患者はそれを受諾するのみという関係だった。

患者に何も告げずに治療をするのが一般的だった。

今では医師が治療を開始する前にどのような治療をするかについて患者側に説明をし同意を得ることが一般的になった(インフォームド・コンセント)。

患者がセカンドオピニオンを取りにいくのももはや常識となった。
さらに、患者の立場や価値観・習慣などを尊重し、相談しながら方針を決めるやり方が広まりつつある」

医師と患者の関係は、上下やときに対立関係にもなったりします。

特に難病でエビデンスのはっきりしない治療を行わざるを得ない場合。

その治療法によるベネフィットがリスクを上回ることが明らかでないときなどは、医師が情報を提供すると同時に患者側も自分の立場や考えを表明し、対等な立場で協力して治療方針を決定していくという関係が、世界的にも広がりを見せつつあるようです。

医療の現場のみならず社会の様々な問題で、立場の違うもの同士がこのように、垣根を越えてコミュニケーションを活発化し、解決策を探っていく考え方が重要だろうと、私は思います。

知の融合で解決力をバージョンアップ

例えば原子力。

原子核についての知識の拡大と結びついた原子力開発は、その背景に戦争目的が確かにありました。

しかし戦後は発電に活用されるようになり、日本国内でも東日本大震災以前の時点では電力供給の30%程度をまかなうまでに至っていました(※)。

震災を経た今日、2022年6月時点でも6発電所10基が稼働中。

ご存じの通り原発の運用には賛成の人も反対の人もおり、今後再び以前のように積極運用にかじを切っていくのかどうかは流動的。

原子力開発は科学の問題ですが、その運用には科学以外の様々な「知」が求められます。

その判断の為にも、原発にはどのようなメリットとデメリットがあるのかをしっかり把握しておく必要があります。

原発のメリットとしては、1)燃料の入手が安定、2)二酸化炭素を排出しない、3)電気料金が安定化する、などが挙げられます。

一方でメリットとしては、1)深刻な事故の懸念、2)高レベル放射性廃棄物の蓄積、3)高コストな廃炉(事故でなくとも)、などが挙げられています(※2)。

生活者として誰しも電気料金は気になるところ。

特に火力発電所の燃料の一つである液化天然ガスのアジアスポット価格が2021年3月から2022年8月にかけて11倍超になるなど(※3)、燃料費の不安定さは料金に直結します。

一定年齢層以上の方にはオイルショックの記憶も。

一方で、そうは言ってもやはり原発には事故の懸念が付きまとう。

放射性物質による汚染は長期間にわたって広範囲に及びます。

で、それは分かっていても地元に誘致したい人もいる。

その目の前には原発交付金という名の政府によるニンジンが。

様々な立場と利害と思惑が交錯する中、万人にとっての正解を一途に求めるのはもはや愚作の類。

ではどうするかと言えば、やはり市民・事業者・自治体や政府当局・研究者が双方向にかつオープンに話し合い、互いの立場で情報を共有し、影響を与え合いながらよりましな解決策を模索し生み出していくしかないでしょう。

その中には生活者としての安全(健康のみならず経済的安全性を含む)への希求、研究者の専門知に加え、どこかで時間を区切ってえいやっと決断を下す政治力も求められるかもしれません。

複雑に利害の絡む問題解決の切り札:Shared Decision Making

「話し合う場を作ろう」なんて言うのは簡単、でも実践はなかなかに難しい。

でも大震災以前の日本には、そのような機会が足りてなかったのが、震災後に起こった科学バッシングの要因でしょう。

このようなバッシングは科学サイドにとっても社会全体にとっても全く不必要かつ不幸なものであり、可能なら避けるに越したことはありません。

近年の科学コミュニケーションの普及は、コミュニケータがまだまだ少ないとはいえ、今後のこの方向での展開に希望を持てる一つの気運と言えます。

社会レベルでも個人レベルでも、様々な問題を抱えながら私たちは生きています。

考え方のすれ違いや利害の対立を伴いながらもどのような互恵的な解決策へと昇華させていくかが重要なのです。

そこには大きな声だけの正義や相手より優位に立つ振る舞い、冷笑、はたまた逆に従属的な態度で見かけだけの問題解決などは不要です。

なりふり構わない、目の前の論争にだけ「勝つ」論破主義などは、コミュニケーションに依拠したShared Decision Makingの立場からはほとんど対極と言ってよい代物でしょう。

力づくでの価値観の押し付けだけでは問題は解決せず、場合によっては共倒れの恐れも。

解決まで猶予される時間が無限にある問題など、どこにもないのですから。

(※)「日本の原子力発電所マップ2022年版」(nippon.com)
https://www.nippon.com/ja/japan-data/h01365/
(最終更新日:2022年6月20日、最終確認日:2023年3月29日)
 
(※2)「安全?危険?改めて考える原子力発電のメリット・デメリット」(Looopでんき)
https://looop-denki.com/home/denkinavi/energy/powergeneration/pros-for-nuclearpower/
(最終更新日:2023年2月10日、最終確認日:2023年3月29日)
 
(※3)「LNG価格の低下、これ以上は見込めず」(THE WALL STREET JOURNAL)
https://jp.wsj.com/articles/liquefied-natural-gas-will-have-a-less-frenzied-2023-11674183213?reflink=desktopwebshare_permalink
(最終更新日:2023年1月20日、最終確認日:2023年3月29日)

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