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このイカれてふざけた世界で闘うために

 「イカれてる」

 映画が始まってすぐ、 “女の正しい服装”のポスターを目にしたネジュマがつぶやく。女に身体的な自由を与えず家に閉じ込め、父や兄や夫に従わせ、女の口を塞ぐため、男たちがヒジャブを着けろと女性たちに強いる。ヒジャブを着けず“正しい服装”をしていない女は、どんな目に遭っても仕方がないとみなされる。女の夜の外出は咎められ、ネジュマの親友は大学寮暮らしがバレただけで「尻軽だ」と恋人であったはずの男から殴られる。1990年代のアルジェリアは確かにイカれてる。

 でもこのイカれっぷりを、私はよく知っている。短いスカートを履いている女は痴漢に遭ってもしょうがないと信じる人たちがSNSにはたくさんいて、仕事をしながら家事育児はワンオペの友人たちが周りにたくさんいる。壁にポスターはなくても“女の正しい服装”“女の正しい生き方”がべったりと社会の空気に貼りつけられている2020年の日本は、ネジュマたちの暗黒の世界と地続きだ。
 そして、あの男たち。ネジュマの大学寮の門番は、味方のフリをしながら「俺を気にかけろ」とせがみ、拒否されると逆切れする。布屋は、ファッションショーを開きたい若い女に「女は家にいろ」と夢を挫く。抑圧ポスターを貼る若い男は腰の拳銃をチラ見せしてくる。ネジュマの失望と絶望は、私も味わったことのある失望絶望あるあるだ。1990年代のアルジェリアは確かにイカれてる。

 約3年前、私は15年間ほど編集者として勤めていた出版社を辞めて、数年来、意識的に編集し続けてきたフェミニズムやジェンダーの本を届ける出版社をつくろうと決めた。逡巡はなかった。ただ、「フェミニズム専門」と謳うかどうか迷っていた。母親は、フェミニスト出版社なんて名乗ったら「カラスの死体を投げ込まれるんじゃないか」と心配していたが、そんなのは今だって全然怖くない(投げ込まれないですし)。
 編集した本のことならいくらでも語れるし語りたいが、看板をあげてしまったら「私の」フェミニズムを語らなくてはいけないだろう。お前はその程度かと誰かにジャッジされるんじゃないかと不安で、要するに自信がなかったのだと思う。

 ちょうどその夏、東京医大が入試で女性や浪人生の点数を一律減点するという不正が発覚した。あまりにむき出しの性差別に、作家の北原みのりさんたちと一緒に東京医大の門の前で抗議のデモを行った。街頭でスピーチするなんてはじめてだったからとりあえず「ふざけんなー!」と叫んだら、全国ニュースでその様子が繰り返し繰り返し放映されたらしい。故郷の九州の親戚のおばちゃん達から何本も電話がかかってきた。
 帰省するたびに「座ってないではやくお父さんにお茶を淹れなさい!」とか、猫より犬が好き程度の意見を述べただけで「あんたはいつもえらそうにして!」とかザ・男尊女卑な説教しかしない人たちが、電話の向こうで「あれは本当にひどいよ」と悔し泣きをしていた。勉強したくてもできなかったり、試験の点数だけは男に負けないとがんばった世代の人たちだった。「怒ってくれてありがとうね」と言われて私も泣いた。
 「ふざけんな」がおばちゃんたちに届いたなら、どんなに拙くても、走っている最中でも、今の自分の声で叫ばないとな、と思った。フェミニスト出版社としてスタートできたのは、だから、おばちゃんたちのお陰だ。そしてその後、フラワーデモという性暴力に抗議する運動をはじめられたのは、あのとき医大前で女性たちと一緒に声をあげた経験があったからだ。

 そうだ、90年代アルジェリアのネジュマたちと私たちの一番の共通点は、失望絶望あるあるじゃなかった。怒りと涙を共にするシスターフッドの強さだった。性差別と性暴力に満ちたこの21世紀の日本に失望しても絶望しても、私はその度に女性たちに助けられてきたのだった。おばちゃんたちにも。脅迫の中でファッションショーを決行して、殺された姉の名前を友人のお腹の子につけるパピチャたちの命がけの連帯は、それだけが希望だと確信させてくれた。

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 この映画のキャッチコピーには「わたしらしく、闘う。」とあるけれど、パピチャたちは、わたしらしくあるために闘ったのだと思う。わたしらしいかはよくわからないが、闘うために今日も私は、女たちと雑誌をつくり、デモで叫ぶ。

【著者】松尾亜紀子(エトセトラブックス代表)
エトセトラブックス代表、編集者。1977年生まれ。2018年12月にフェミニスト出版社エトセトラブックスを設立し、フェミマガジン「エトセトラ」を創刊。同誌では、山内マリコ・柚木麻子責任編集で「We LOVE田嶋陽子!」、長田杏奈責任編集で「私の私による私のための身体」などを特集している。他に同社刊行書籍は、カルメン・マリア・マチャド『彼女の体とその他の断片』(小澤英実・小澤身和子・岸本佐知子・松田青子訳)など。
http://etcbooks.co.jp

映画『パピチャ 未来へのランウェイ』【10/30(金)全国ロードショー】


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