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優しい神、アンパンマン。最強の人間、アッカーマン。

Manaka

 本を読むことは昔から大好きだけど、漫画は数えられるほどしか読んだことがなかった。中学生の頃に人気の高かった少女漫画をいくつか読んだくらい。少年漫画はあんだか暑苦しいイメージで興味が持てなかった。そんな私が今最もハマっている漫画は、諌山創先生の”進撃の巨人”。

 言わずと知れた大人気作品。私がその良さを説明せずとも日本中で、いや世界中で既に不動の人気を誇っている。物語、キャラクター、数々の謎と伏線回収、人間の本質をよく見抜き、巨人という言葉が出るだけでとても非現実的なはずなのに、不思議と現実を突き付けられたような感覚に陥る。物語の結末自体は毎月発売される別冊少年マガジンで、既に今年4月に分かっているけれど、今月9日にいよいよ単行本の最終巻も発売される。

 (ここではネタバレはしないのでご心配なく。)

 この作品に出会い、私は繰り返し『正義とは』という普遍的な自問自答を繰り返している。自分の立場や時代によって正義は牙を剥くこともある。正しいと信じていたものがそうではなくなったり、何かを手に入れたり、もしくは失うことによって、それまで正義だと思ていたものがそうではなくなることもある。「我こそが正義!」と声高に謳っている者が、実は一番危険な存在なのではないか。所詮”正義”は人間が決めたもの。捉え方によってはその形を変えるもので、言わば”オーダーメイド”。個人の状況によって臨機応変に向き合い、考えて、対応する。けれど実際、平等であることが美徳とされる主権国家においては難しいことだろう。

 たった一人、誰にとっても”絶対的な正義”であり続ける者がいる。彼は究極の自己犠牲精神の持ち主で、貧しく弱い者に食べ物を分け与える。たとえ自分を危険に晒すことになろうとも、決して自分を優先しない。誰のことも悪とは決めつけず、受け入れて共存する。呆れるほどのお人好しで、極めつけは「人を助けるってこんなにも胸があったかくなるもの」というヒーロー発言。誰もが認める正義は彼だけだろう。

 

その名も『アンパンマン』

 そんな人になれるとは思わない。なりたいとも思わない。まあ、架空のパンだけど。人間というよりも、神のような存在。必ずしも神が人間より全てにおいて勝っているとは思わない。この世界を楽しく生きるためには、人間らしさはオモシロさという武器にもなる。子供の頃はもちろん、アンパンマンのように強くて優しい神になりたいと思っていた。全否定はしない。けれど今、私がなりたいのはアッカーマンのような最強の人間だ。身体的には無理だけど、強さの裏に深い愛と優しさを感じる。強いから優しくできるのか、優しいから強くあり続けられるのか。どちらか片方だけでは独立できないのかも知れない。私は大切なものを守るために本当に大事なものは、平等な正義なのか、弱くても人間らしい感情なのか、ゆっくり時間をかけてその答えをみつけよう。


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