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人の相談になんてのるな。

 講師をつとめる研修の終わりに、参加者からの質問というか相談に答えるようにしている。先日の研修で、ある受講者から「職場の開発をアジャイルにしていきたいがどうしたら良いか」というよくある相談が寄せられた。実はこの手の相談はやりとりに手間がかかる。相手の置いている前提、置かれている状況を的確に把握しなければならない

私「なぜ、アジャイルに取り組みたいのですか」

 まず、狙いを聞かねばならない。Start With Why。ここが分からないと何を聞いて答えても的外れにしかならない。ここで、いきなり「見える化から取り組むといいですよ」「もちろんスクラムですね」と、手段を提示しはじめるような相手だと、相談するのはやめたほうが良い。

受講者「スピード感のある開発をしないといけないと思っています。ユーザーの声を聞いて、それを実装していけるように」

私「なるほど、"何をつくるべきか分からない" ソフトウェア開発なので、ユーザーの反応を取り込めるような、反復的な開発を目指したいのですね」

 少し言葉を置き換えて確認する。アジャイル開発であれば早くできるはずだ、安くできるはずだ、いや不確実性に挑めるはずだ、期待は百花繚乱。何寄りの期待かを把握する。ここで、「スクラムをはじめるためにはー」と始めるような相手だと、相談するのはやめたほうが良い。

 この方向であれば、次に確認することは明らかだ。

私「自社プロダクトの開発ですか、それとも受託開発ですか」

受講者「受託開発です」

 なるほど受託か。ならば、次の問いも決まっている。ここで、「受託でスクラムはやめたほうが良いかもね」という回答を返すようでは、浅すぎる。

私「発注側は、この目的でアジャイルに取り組むことに合意していますか」

 先程確認して、ホワイトボードに書いておいた目的を指差し、そう確認すると「合意している」と言う。

 これは少し予想外の答えだった。この方向ならば、受託側はアジャイルでいきたいが、発注側がそうでもない、そして、契約をどうしたらいいのか、という展開になるのが鉄板だからだ。発注側が合意しているならば、何か別の障害があるということになる。

私「それで何で出来ないのですか」

受講者「発注側の組織として、ウォーターフォールが規定されているからです」

 そういうことか。その状況も珍しいことではない。現場的には発注側も、受託側もアジャイルに取り組みたい(本当のところ目的が一致しているかは置いておいて。そこは受講者にだけ聞いても分からない)が、組織上のルールでできない。さて、どうしたら良いのか?

私「組織のルールですか。それは従わないとですよね。」

 そう言われたら、顔に浮かぶのは落胆の表情だ。だが、「そんなの無視して現場は現場でやれば良いじゃないですか」というのは助言とは呼べない。もちろん「そういう顧客は相手にしなくて良いのでは?」というのも、ただ自分の言いたいことを言っているだけで相談に乗っているとは言えない。

 まず、客観的に捉えても、組織のルールを越えていこうという試みはたやすいことではないことを伝える。組織に所属する人としては、リスクがある行為だ。本当にこれまでの在り方から越境するのか、覚悟が問われる。とはいえ、もちろんこれを回答として、終わるわけにはいかない。

私「…というのはまあ前提として、その上でどうしていくかですよね。外からみたらウォーターフォール、開発チームは反復的な開発に取り組むという作戦はありますね。」

 と、ここから具体的な案をさしあげる。この文章で言いたいのは、その案の中身ではなくて「相談とは、相手の前提、状況を踏まえていなければ、その助言は、薬どころか毒になる」ということであり、それゆえに人の相談に乗ることほど厄介なことは無いということだ。だから、時々自分に言い聞かせる。「人の相談になんて乗るな(まともに答えられるのか?)」と。

 そもそも他人の前提、状況を外から把握するのには時間がかかる。また、聞けたとしても、その内容は当事者が認識できていること、言語化できていることでしかない。その情報だけに頼りきった助言もまた的を得ていない可能性がある。その可能性を念頭に、自身の経験を加味して、相手が言語化できない部分を想像で補完し、できる限りまともな案となるようつとめる。

 案を伝える側も、それを聞く側もリスクがある。伝える側は的外れな案を提示しているポンコツ野郎という可能性と隣り合わせ。もちろん、聞く側には誤った案を受け入れてしまっているリスクがある。それは相談する側の自己責任だろう、と片付けていては、相談に伴う正確性なんて上がりはしない。こうした深刻さを抜きにした会話となると、飲み会での世間話とさほど変わらなくなる。だから、相談なんて、安易に乗るもんじゃない...。

 だが、自分の仕事自体に「相手から相談を受ける」性質がそもそもあり、避けて通れないというか、要はそれが仕事なのだ。なにより、越境しようとする人を前にして、放棄することも、適当に済ませることも。できやしない。

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