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自分の中にある「空白」に向き合う

 何かをアウトプットする際に、自分の中に無いもの、つまり経験したことがないものを扱うためにはどうしたら良いだろうか?

 まず、自分の中の「空白」を認識する必要がある。自分の中に仕事をやり遂げるための拠り所がない、という事実に気づいているかどうかで、その後の動き方が大きく異なる。この「空白」に気づけていないと、アウトプット作り自体が本人の想定以上に苦戦することになる。「思ったより時間がかかった」というのは正しく、自分の中の「空白」の見誤りと言える。そのクオリティも、むろん推して知るべし。

 「空白」の存在に気づきながら、えいやで進めるのは勇気とは呼ばない。「空白」をどうやって埋めるのかという「作戦」が必要だ。

 作戦は多岐に渡る。経験を代替する手段として、例えば書籍や文献、Webにあたったり、他者に聞き取りを行うことが考えられる。あるいは、経験自体の不足を補うために、他者とペアでワークするという作戦も考えられる。他者の経験を借りてくるわけだ。

 時間に余裕があるなら、自分でひとまずアウトプットしてみる、さらに、他者のフィードバックで鍛えていく作戦が考えつく。つまり、正しく「経験」を獲得していくということだ。

 自分の中にある「空白」の度合いによって、取りうる作戦は変わる。全くの空(から)なのか、多少の不安がある程度なのか。かけられる時間の制約の下で、判断していく必要がある。時間があまり無いにも関わらず、自分の中にある「空白」も大きい、そんなときに「とりあえずやってみる」は作戦と呼べるだろうか。

 考慮するのは、自分の中の不足だけではない。そもそも「空白」は、果たすべき仕事の不明確さに応じて、相対的に膨らむ。仕事の範囲、求められるクオリティが不明確だと、臨機応変に取り組む部分が大きくなる。より自分の経験が問われるようになる。

 ということは逆にいうと、自分の中の「空白」を小さくするすべとして、対象となる仕事の明確さを上げるという作戦も考えられる。だから、はじめての仕事、なれない仕事ほど、その範囲や、求められる内容、基準、締切をはっきりさせるのが定石となるわけだ。その上で、さらに「空白」を埋める、代替する作戦を講じる。

 ノー作戦では、出力されるアウトプットは相応のものでしかない。

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