スイスのドイツ語事情
note で初めて投稿します。今日は「ゆる言語学ラジオ非公式 Advent Calendar 2022」の10日目の記事です。
自分が書けそうなものはなんだろうと考えたらスイスのチューリッヒに住んでいるからスイスドイツ語について書けばいいじゃんと思ったんですが、なかなか難しいしあまりサポートコミュニティと関係ない感じもします。でもまあ言語に関するものだからいいでしょうと思ってこのような記事ができあがりました。お手柔らかに。
初めに
スイスの公用語が4つあります。ドイツ語、フランス語、イタリア語、ロマンシュ語です。一番母語話者が多いのはドイツ語です。
しかし、たとえ東京のゲーテ・インスティトゥートで長く習っても、初めてスイスについて現地の人々とドイツ語で会話しようとするとおそらく失敗すると思います。
また、街の看板などのドイツ語でも見慣れない言葉もたくさん目にするでしょう。
スイスのドイツ語を分類してみると3層に分かれていて、この記事でそのスイスのドイツ語について解説していきます。
第0層:ドイツの標準ドイツ語
いきなりスイスのドイツ語ではないものですね。
これはみなさんがおなじみのドイツ語。外国で学ぶのはこのドイツ語です。大学でも、語学学校でも日本で学んだら99%このドイツの標準ドイツ語でしょう(当人調べ)。
第1層:スイスの標準ドイツ語
この層のドイツ語は公的文章や学校教育で教えられているものです。ドイツの標準ドイツ語とスイスの標準ドイツ語は同じのようで同じではありません。表面から見ていきましょう。
まず、綴がちょっと違います。特にこの文字「ß」。これは「エスツェット」と呼びます。「β(ベータ)」に似ていますが、全然別物です。ドイツ(またはオーストリア)の標準ドイツ語でエスツェットは「ss」を一文字として扱いたいときに代替します。例えば「道」を意味する「Straße」はエスツェットを使って「シュトラーセ」と発音します。ドイツの標準ドイツ語では「Strasse」と書くと短母音の「シュトラッセ」となってしまいます。しかし、スイスではエスツェットを使いません。なので、短母音なのか長母音なのかはそれぞれ覚えるしかありません。
そのほかに、使っている単語の違いがあります。多くはありませんが、日常生活にしばしばみかけます。自分にとって印象的なのは引っ越して最初の1週間公共交通機関に関連することばの違いが結構あることです。それも含めて以下に例を出します。
🇨🇭 Tram / 🇩🇪 Straßenbahn / 路面電車
🇨🇭 Perron / 🇩🇪 Bahnsteig / (駅の)ホーム
🇨🇭 Trottoir / 🇩🇪 Gehweg / 歩道
🇨🇭 Billett / 🇩🇪 Fahrkarte / 切符
🇨🇭 Velo / 🇩🇪 Fahrrad / 自転車
🇨🇭 Rahm / 🇩🇪 Sahne / クリーム
🇨🇭 Poulet / 🇩🇪 Huhn / 鶏肉
🇨🇭 Beiz / 🇩🇪 Kneipe / パブ・居酒屋
🇨🇭 Spital / 🇩🇪 Krankenhaus / 病院
スイスでしか使われていないこのようなドイツ語の言葉は「Helvetismus, -en」と呼びます。多くはフランス語からの借用ですね。興味がある方はこのウィキペディアの記事を見てみてください: https://de.wikipedia.org/wiki/Liste_von_Helvetismen
第2層:標準ドイツ語のスイスなまり
この層自体は第1層と表面的に変わりませんが、実際スイス人が標準ドイツ語で話そうとするとやはり発音の違いがみられます。その違いも体系的にまとめることもできます。違いの例をいくつか述べましょう。
「s」はサ行 ([s]):標準ドイツ語では音節頭の単子音「s」をザ行の音 ([z]) で発音しますが、スイスではサ行 ([s]) で発音されます。
「ch」は [x] と発音することが多い:標準ドイツ語では「i」や「e」の後に続く「ch」を [ç] で発音し、それ以外の母音に続いた場合は [x] と発音します。一方、スイスでは全部 [x] で発音することが多いです。しかも、標準ドイツ語で [k] と発音する語頭でも [x] と発音します。
破裂音の「p」、「t」、「k」は傾向として無気音:そもそも破裂音の「p」、「t」、「k」は標準ドイツ語で有気音・無気音の区別がなくて同じ音素としていますが、ドイツでの標準ドイツ語では有気音で発音することが多い印象です。が、それに対してスイスでは無気音で発音する傾向があります。
他にもたくさんありますが、羅列すると長くなってしまいます。同じウィキペディアの記事には発音の違いに関する項目がありので参考にしてみてください:https://de.wikipedia.org/wiki/Liste_von_Helvetismen#Aussprache
第3層:スイスドイツ語
自分がスイスに初めてきたとき、すでに数年ドイツ語を勉強していてドイツ旅行もドイツを使えたのに、チューリッヒの人が何をしゃべっているか理解できませんでした。もちろん、第2層で説明した標準ドイツ語の違いもありますが、より深い層のスイスドイツ語のせいでもあります。まあ、スイスドイツ語みたいな発音で標準ドイツ語を話したら第2層になりますよね。
さらにスイスドイツ語は一枚岩ではありません。たくさんあります。日本語の方言みたいな感じで地域によって変わっていきます。ただし、スイスという国は小さくて、九州より一回り大きいサイズですが、方言が多いです。なぜかというと国のほとんどが山脈で、人々が住んでいるところが谷でしかないから、比較的に孤立してたので方言が多様化します。
自分の住んでいるチューリッヒの例をいくつかあげますが、氷山の一角です。
過去形の消滅。標準ドイツ語でも過去を表すために過去形じゃなくて完了形を使う傾向があります。特に日常生活で。たとえば「Ich aß das Brötchen.」より「Ich habe das Brötchen gegessen.」と言います。ただし、「sein」や「haben」など特定の動詞は過去形を使います。たとえば、「Ich war gestern im Büro.」それに対してスイスドイツ語は過去形を使いません。たとえば「Ich haa s’Bröötli gässe.」という具合になります。あ、スイスドイツ語は正書法がありません。
**「ie」は長母音の「イー」だと習いましたが、なぜこの綴りで「イエ」**と発音しないのか、またはなぜ「ii」を綴らないのかという疑問を持っていました。これは音の変化のためです。もともと「ie」は「イエ」の発音を綴りだったのに「イエ」が「イー」に変わったのに、綴りがそのままですね。ただし、スイスのドイツ語ではその音の変化がないため、「Liebe」と書いて「リーベ」じゃなくて「リエベ」、綴りのまま発音します。チューリッヒの大病院名「Triemli」も「トリームリ」じゃなくて「トリエムリ」です。
「-li」語尾。標準ドイツ語の指小辞は「-chen」です(「bisschen」「Brötchen」「Märchen」など)。それに対してスイスドイツ語では「-li」という接尾辞を使います(「Müesli」「Bünzli」「Vreneli」など)。しかも標準ドイツ語の「-chen」よりよく使われています。
冒頭に貼った動画みたいに、もはや違う言語なんじゃないか?と思うぐらい違います。
外国人としてどれを習えばいいの?
ずばりスイスドイツ語は最初から学ばなくていいと思います。その後は目的別だと思います。
旅行なら習ったドイツ語で通じます。違う発音に慣れるために時間がかかるかもしれませんが、スイスドイツ語を勉強する必要はありません。ドイツ語がわからなかったら英語でも特に都市部では通じます。
スイスに住みたいという人は、とりあえず標準ドイツ語を習うといいと思います。いろいろ違うと言ってもベースは同じドイツ語なので、標準ドイツ語を勉強しておけばスイスだけじゃなくてドイツやオーストリアでも通じます。スイスドイツ語はドイツ語の土台が固まったら(B1 レベルぐらい)習えばいいし、習わなくても住んでいたら慣れてくると思います。
最後に
最後まで読む人は少ないでしょう。スイスに興味のあるドイツ語学習者にすこしは役に立てたら幸いです。
ミームで終わりましょう。
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