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戦いたいんじゃない、ただ伝えたいだけ

息子(4歳)は毎日のように、なんでなの、どうしてなのと聞いてきます。
「なんで夜は来るの?」
「なんで月の形は変わるの?」
「どうして春の次は夏なの?」
「なんで太陽がないと死んじゃうの?」
質問が面白くて、一生懸命応えています。
(たまにもう勘弁してくれ〜と思ってしまいますが。)

私も小さい頃いろんなことを知りたくて知りたくてたまらなかったです。
特に宇宙や星のことが気になって、思いを巡らせていたなぁと息子との会話で思い出します。

大人になっても、なんでだろう、どうしてだろうとよく思います。
最近、空の本質は「知りたい」という欲求だという文を読んで、すごくしっくりきました。
(空くう=全ての存在の根源と言われています)

でも純粋に「なんで?」「どうして?」と思っても気軽に言えないことが多いように感じます。

たとえばコロナについても、「どうして知り合いには誰もいないのに芸能人ばっかりなるんだろう?」とか「本当に都市封鎖って効果があるのかな?」と反対意見ではなくて純粋な疑問が湧いても、気軽に話題にしづらい空気を感じてしまうことがあります。

いまは調べる方法がたくさんあるので、情報を拾って精査して納得していますが、それは自分の中だけのこと。
話題にできない空気を感じたり、人からよく思われないようなことは遠慮して黙っていたり、そんな場面が多々あります。

私はいわゆる優等生タイプの子どもでした。
母がヒステリーを起こさないように空気を読んで発言したり、大人が喜ぶような言葉を選んだり。
そんな自分を振り返って嫌な気持ちになることもあったけれど、子どもなりに周りを気遣って頑張って生きてたんだなぁと今では過去の自分を労う気持ちです。
親や大人、周りの人に認めて欲しい、愛されたい、そういう気持ちが強かった。
そんな状況の中で、人の心を読んで求められる発言をするスキルが身についてしまいました。

震災のあと長女を産んで、今まで当たり前だと思っていたことがどんどん崩れていって、たくさんの疑問が湧きました。
常識と言われてきたことも、本当にそうなの?と改めて考えるきっかけになりました。

ひとつひとつ調べて、話を聞きにいって、自分の中で納得する答えを見つけても、それを話題にしたり伝えたりするのは躊躇してしまうことがたくさんあります。

娘はワクチンを打ったあと、何週間もうんちがでなくなり本当に悩みました。
そのときたくさん調べてワクチンの成分や副作用など知らなかったことを知りました。
もしかしたらその病気を防ぐ効果はあるのかもしれませんが、それ以上に受ける代償は大きいかもしれないと思います。そんなことを考えることもなく、「みんなが打つから」「受けろって言われるから」当たり前のように何も考えずに判断していたことにゾッとしてしまいました。

インフルエンザワクチンを摂取した年に、生まれて初めてインフルエンザになったという友人が二人います笑
それって摂取する意味あるの?って思いませんか?
そして日々健康な身体づくりを意識していれば、インフルエンザって全然怖くないです。むしろ高熱を出せば癌細胞は死滅するし、身体の大掃除になります。

そもそも血液に直接何か入れるのって本当に大丈夫なのかなって気になります。人間の身体のシステムは本当に精密で信じられるけれど、人間のすることは100%信用はできない・・
ワクチン作ってる会社ってめちゃくちゃ儲かってるって言うし・・
とか。ここには書ききれませんがとにかく疑問がいっぱいです。

でもただ疑問を持つだけで、「ワクチン反対派」「面倒臭い自然派のひと」なんて言われるから黙ってきました。笑

保健師さんに検診の度に怒られるし(打たない説明したらさらに怒られるし)、虐待だと騒がれるのも怖いし、わからないフリをしてやり過ごしてきました。

同じように、言っても仕方ないから黙ってる人は多いと思います。

他にもたくさん言いたくても言えなかったことがあります。

学校で毎日飲む牛乳。搾乳するために妊娠させられて、ホルモン剤を投与されて、それを繰り返したあと屠殺される牛のことを思うと切ない気持ちになります。本当にそこまでして毎日飲む必要あるのかな?好きな人がたまに飲めばよくないかな?って思ってしまいます。

でも学校で牛乳飲まなくなったら酪農家の人が仕事なくなるのかなとか、学校や幼稚園があることで助かってるし細かいこと言いづらいなーとか、息子は牛乳が好きなのでみんなが飲んでるのに飲みたいのを我慢させるのは嫌だなとか考えると何も言えなくなってしまう。

学校や保育のあり方もいろいろ思うところがあったとしても、伝えるのを躊躇してしまう私がいます。娘が不登校を経験しているからこそ、みんながただ安心して通える場所があることは本当にありがたいことだと改めてわかったし、先生たちも毎日一生懸命なことが伝わってくるからです。

病院や薬、普段はまったくお世話にならずにすんでいるけれど、保育園に登園許可証が必要ですと言われれば、病院を受診して、断るのが面倒で飲まない薬をもらってしまう。このシステムだと病院も製薬会社も儲かり続けるし、みんな何も考えずに病院行くし、でも病院と薬が必要なこともあるし・・この仕組みを変えるのって難しいんだろうなぁと思ってました。

必要な部分もあるけれど、必要のない部分も多い。一度乗ってしまうと流されるまま、そんなシステムの中にみんな生きています。

日々の暮らしの中でこういうふうに思うことが書ききれないくらい山のようにあります。

今まで空気を読んで、周りの人の気持ちを考えて、批判されるのが怖くて、言えないことがたくさんありました。
なんだかそういうことが苦しくなってきました。

いろいろな事情があるかもしれない、発展のためには必要なことだったのかもしれない。

戦いたいわけじゃない。
ただ自分の中で純粋に沸いた思いや疑問をなかったことにしたくないだけなんです。本当のことを知りたいし、わからないまま、よくないかもしれないことを子どもや自分にしたくないだけなんです。

私たちが死んだあとも、子どもたちや孫たちその先に続く命が幸せに生きられるようにできることをしたい。

子どもたちの純粋な疑問に応えていると、たくさんのことを思います。
「なんで」「どうして」に可能性を感じます。

コロナをきっかけに変えなきゃいけないことがたくさん見えてきて、今まで簡単に変えられないと諦めていたことも諦めなくていいのかもしれないと希望を感じています。

自分と違う意見があっても、自分と違う考え方の人がいても、戦う必要なんてないんだと思います。
自分で考えて感じて決めること、選ぶこと。諦めたくないし、同じように違う選択をする人も尊重したい。

だからもしこれを読んでくれた人がワクチンを打っていたとしても、毎日牛乳を飲んでいても、否定したいわけじゃないんです。戦いたいわけじゃないんです。

ただそんな選択もあるんだね、そんな考えもあるんだね、そんなことに疑問を持つんだねってまずは受け止めてもらえたら嬉しいなって思います。

「今までありがとう、私たちが進化発展するのに必要でした。でももう大丈夫です。」
今までのシステムを、そんな気持ちで終わらせて変えていくときが来ているのかもしれません。

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二児の母。娘の不登校をきっかけに沖縄へ母子移住。子どもたちは二人とも繊細なHSPっ子。元SE。畑をやること、踊ること、旅することが好きです。