杉山さん

カテゴリーで分ける時代は終わる ー 杉山文野が見据える、2020年の先

「このオリンピック憲章の定める権利および自由は人種、肌の色、性別、性的指向、言語、宗教、 政治的またはその他の意見、 国あるいは社会的な出身、 財産、 出自やその他の身分など の理由による、 いかなる種類の差別も受けることなく、 確実に享受されなければならない。」
2014年、オリンピズムの根本原則に性的指向による差別の禁止が明記された。

来年、2020年にはこのオリンピック憲章を受け入れた上で、東京でのオリンピックが開催される。しかし、日本社会にはまだまだ性的指向によって不公正な扱いの残る制度がある。

そんな状況を変えようと、2000年代からLGBTQ+運動を牽引してきた1人が、杉山文野さんだ。

杉山さんは、フェンシング女子の元日本代表選手だ。現在はトランスジェンダー男性としてパートナーの女性と子育てをしている。2006年に自身の経験を織り交ぜた『ダブルハッピネス』を出版して以来、様々な発信や活動を続けている。渋谷区同性パートナーシップ条例の制定にも関わり、また今年は20万人以上が参加した東京レインボープライドの共同代表も務める。

20年近く日本のLGBTQ+運動の立役者として活躍している杉山さんは、2020年東京オリンピックに向けてどのような思いを抱いているのか、伺ってきた。

(文章:伊藤まり

リアルとルールのギャップを埋める

伊藤:昨年お生まれになったお子さんとの生活はどうですか?

杉山:最近は好みを主張することが増えて、嫌いなものもはっきりしてきたのが面白いですよ。炭水化物が大好きで、とにかく「米・パスタ・米・パスタ」という感じ。逆にお肉を差し出すと嫌がったりして、炭水化物女子だね(笑)。あ、女子というのは今のところだけどね(笑)

合田:かわいい(笑)。文野さんにお子さんが生まれたときの記事を読んで、自分にもこんな未来があるのかもしれないと思った人も多かったと思います。

杉山"新しい形の家族"と言われるけど、僕らはごくごく"普通"に生活しています。「トランスジェンダーが子どもを持ったら世の中が混乱するだろう」なんて思われていることもあるけど、生まれてみたら実は全然そんなことないもので。僕らのような家族の形が公になるのは、たしかに新しいケースかもしれない。だけどこれまでだって、本当はいろんな形の家族があったはずです。でも今は、法律上はないことにされてしまっている。ルールとリアルのギャップがどんどん大きくなってきてしまっているんですよ。

"トランスジェンダーの杉山文野さん(37)と、パートナーのあいさん(仮名、34)。ゲイの松中権さん(42)。2018年11月、3人に待望の赤ちゃんが生まれた。自分たちが子供を授かるなんて思っていなかった。生まれたのは赤ちゃんだけでなく、新しい「ファミリー」" BuzzFeed「ゲイとトランスジェンダー と母と子 新しいファミリーが生まれた」
杉山さんとのパートナー、あいさんは、杉山さんの古い友人である松中さんの精子提供を受け妊娠、出産。現在3人で協力しながら、子育てをしている。

伊藤:なるほど。現実に存在しているさまざまな家族が、制度上ではないことにされてしまっているということですよね。

杉山:でも最近では少しずつ、いろんな家族の形や生き方が知られるようになってきて、想定されているあり方と、リアルとのギャップが可視化されてきていますよね。ここで特別なことをする必要はまったくなく、「すべての国民はみな平等に」と言っている通り、LGBTQも含むすべての人に平等な婚姻の機会をつくればこのギャップは無理なく解消されますよね。

合田:むしろそうすることで、ようやく制度と現実の整合性が取れるようになっていくということですね。

杉山:そうそう。だからそういう意味で渋谷区のパートナーシップ制度は大きな意味がありました。LGBTQ+という言葉が知られるようになる前からずっとLGBTQ+の人たちはいのに、制度ができるまでは「LGBTQ+なんていない」ということにされてきたんです。社会の前提条件を変えることができたな、と。

杉山:ここ数年で「LGBTQ+という言葉を聞いたことない」という人が本当に減りましたよね。14年前に僕が本を出したときなんか、かろうじて「性同一性障害」という言葉は聞いたことある、というような感じで。

伊藤:それが今では、LGBTQ+という言葉を聞いたことない人の方が少ないかもしれない。なおさら婚姻平等が認められていない法律とリアルとのギャップが明らかになっていますね。

杉山:だいたい、これだけ少子化の問題が叫ばれてる中、LGBTQ +という理由だけで新たに子どもを産み育てたい人に対して「そんなことしたら社会が混乱する」と反対するのはある意味逆行じゃないの?って。

カテゴリーの時代は終わる

杉山:そういえば2020年のオリンピックでは、初めてトランスジェンダーの選手も出場するだろうと言われているんですよ。2016年のリオオリンピックを前に規定が変わって、一定の条件をクリアすれば、トランスジェンダーの選手も自認する性で出場できるようになったんです。

合田・伊藤:そうなんだ!

杉山:トランスジェンダー女性が女子競技に参加することは「ずるいんじゃない?」と思うかもしれないけど、女性の間でも背が高い女性や骨格の生まれつき大きな女性はいますよね。そう考えると「どこからが女子選手でどこからが男子選手」なんて、はっきり決められないはず。もう、カテゴリーで物事を語ることの限界がきてるんですよ。

合田:カテゴリーで物事を語ることの限界?

杉山:そう。これからの時代、物も人も情報も、はっきり分かれていると思っていたカテゴリーがスピードで交わってくるし、既にそうなっている。だからこそ、相手を見るときに「男」「女」や「日本人」「外国人」といった属性で見るんじゃなくて、個人として見ることが大切になってくると思いますよ。僕はここ最近、オリンピックっていつまで国別対抗で競技やるのかな?と考える機会が多くなりました。

合田:たしかに日本以外にルーツを持つ日本の選手も多いですもんね。

杉山:10年前と今とじゃ、日本人選手が並んだ写真を見ても全然違うもの。それに「健常者」と「障害者」の線引き。今は義足の技術もどんどん上がって、義足の選手の記録がものすごく伸びています。2本足がついている人は加齢と共に動きが退化していくけど、義足の技術は進化しかない。何をもって「健常」「障害」と言うのか、その線引きも変わってきますよね。

伊藤:なるほど…。でも、こうしたオリンピックなどの流れとは逆行して、SNSではトランスジェンダー女性に対するひどい差別が横行していますよね。

杉山:だいたいトランスジェンダー女性は、性犯罪の被害にあうことの方が圧倒的に多いのに、まるで加害者のように語られていますよね。たとえ、1人のトランスジェンダー女性が犯罪を犯したとしても、それはその人が犯罪を犯したのであって、属性全体を犯罪者扱いするのは間違っています。これはトランスジェンダー に限らず、全てのカテゴリーにおいて共通です。

伊藤:個人の話ではなく属性の話とされてしまうところが、まさに差別的な構造なのですが…。

合田:声を上げ続けるしかないけど、どうして頑なに理解してもらえないことって、あるんでしょう。

杉山:でもね、僕最近「同性婚に反対」って言っている人と話して、ちょっとなるほどなって思ったこともあって。

合田:ほうほう。

杉山:その人の時代は「社会はこういうもんだ」って叩き込まれて、何か意見を持っても、言えるような状況じゃなかった。「みんな我慢しても社会が良くなればその分生活がよくなる」と、よくも悪くも社会と一体感を持って生きてきた。だから、僕みたいな得体の知れない人が出てきて「社会を変えよう」だなんて言われると、社会と一緒に自分の生活まで変わってしまうような気がして不安な気持ちになるんだ、って。

杉山:なんか、わかるよね(笑)。僕らだって次の世代に「今までの時代は本当にだめだった、社会を変えるぞ!」なんて言われたら「いやいや、僕らもあの状況で、必死に頑張ってきたんだよ」って言いたくなるもの。

伊藤:たしかに。

杉山僕らはつい「過去が悪で、今からが善」って言いたくなっちゃうけど、過去からの積み重ねがあってこその今がある、だから、頑張ってきた世代を無下にしたり、過去を全否定するのはいけないなって。過去が悪いから変えるのではなく、今後をより良くするために変えるということを丁寧に伝える必要があると思います。

伊藤:〈過去=悪、今=善〉というカテゴリーにも限界があるってことですね。

合田:ついつい「そんなの古い!」とか「遅れてる!変えなきゃ」なんて言いたくなってしまうけど、本当にそうだな…、勉強になりました。

2020年のその先へ

合田:ついに2020年目前。LGBTQ+を取り巻く日本の状況はどう変わっていくと思いますか?

杉山:これまでは「LGBTQ+の人がいるんだよ」と当事者の可視化が大切でしたが、これからはむしろ課題の可視化。当事者がどんなことで困ってて、どんな苦しさがあるのか、そういうところを可視化して具体的に解決していく段階に入っていくと思います。

杉山:オリンピック自体に賛否両論はあるけれど、2020年は日本の多様性を取り巻く状況を大きく変えるチャンスであることは間違いないと思います。

伊藤:反対に「オリンピックが終わったら、LGBTQ+についてもブームが去ってしまうのでは?」という懸念もありますよね。

杉山:たしかに「LGBTQ+って流行ってたよね」という雰囲気で終わってしまっては意味がありません。ブームで終わらさないためには、形(=ルール)に落とし込むことが大事だと思います。具体的には「婚姻平等の実現・差別禁止法の制定・戸籍上の性別変更要件の緩和」の3つを叶えたいと思っています。もしこの3つが実現したら、LGBTQ+だけじゃなくて今の社会で生きづらさを抱えている人の希望にもなると思ってます。

合田:くわしくお願いします。

杉山:今まで権利を奪われて、辛い思いをしても泣き寝入りを強いられていた人たちが、声をあげて社会を変える。そうなったら「自分も声をあげていいんだ」と思える人が増えると思うんです。LGBTQ+は、そういう社会に向けた一つのきっかけに過ぎません。誰もが何かしらのマイノリティです。マイノリティに優しい社会はきっとマジョリティにとっても優しい社会になるのではないでしょうか。これからもLGBTQ +に限らず、誰もが安心して暮らせる社会を目指していきたいと思います。

2015年に渋谷区から始まったパートナーシップ制度は、4年の間に瞬く間に全国の自治体へと広がった。多くの人がLGBTQ+という言葉を知り、多様性や差別解消に向けた取り組みも次から次へと動き出している。

この変化の波はLGBTQ+当事者だけでなく、今まで社会での生きづらさを抱えていた多くの人の希望になるだろう。しかし同時に、変化に対して不安を抱える人が多くいるのも事実だ。

最後に杉山さんは、自分の子が「女の子だから」とか「トランスジェンダー男性の子どもだから」とか、そういうことで選択肢を奪われない社会にしたい。と話してくれた。

今までは日々を一生懸命生きて「今日死んでも後悔はないな」という風に思ってましたが、子どもが生まれてからは「どんなに一生懸命生きたとしても、今日は死ねねえな〜」って(笑)。2020年はもちろん大きな節目ですが、2020年を超えた先にどんな未来を残していくか、僕たち世代の責任としてしっかり考え行動していきたいんです。

そう語る杉山さんは、すでにオリンピックの先を見据えている。

(撮影:星野泰晴

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「こうあるべき」を、超えてゆく。をテーマに、LGBTQ+、フェミニズム、多様性について、漫画やインタビューを通して発信しています。セクシュアリティやジェンダーにかかわらず、一人ひとりの選択肢が無限に広がる世界へ。12月の特集テーマは「#今年がんばったで賞をあなたに」。

コメント1件

五輪で金メダルを狙う選手は、「何でもやる」意識が強い。https://code-g.jp/chemistry/113160823-013.php にある通り。
五輪女子種目が、元・男子選手ばかりになる恐れは、小さくない(医療系の記録を改竄されれば、元・男子となった理由をあぶり出しようがなくなる)。
それが果たしてフェアだろうか、という疑念。
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