あかねヒロユキ_0116

「自分らしく生きるのはそんなに難しくない」ロールモデルバトン|第3回あかね a.k.a ヒロユキ

Paletteでは、社会に溶け込み、"LGBTQ+として"だけでなく、"ひとりの社会人として"自分らしく生きている素敵なLGBTQ+のロールモデルをゲストに迎えて取材し、仕事やプライベートについて深掘りながら聞いていく企画を行っている。

ゲストには最後に「あなたの素敵だと思うLGBTQ+を紹介してほしい」とお願いし、次のゲストにバトンを渡していく。

第3回目は、渋谷道玄坂のゲイバー「男酒場 嵐」のママであり、バンドのボーカルとしても活動する、あかねa.k.a ヒロユキ氏をゲストに迎えた。

(インタビュアー:今井)

女の子っぽかった小学生時代

今井:あかねさんの小さい頃の話から聞かせてください。どんな子どもだったんですか?

あかね:小さい頃からすごく女の子っぽかったと思います。周りから見たら女の子っぽい男の子に見えてたんじゃないかなぁ。男女(おとこおんな)って呼ばれていました。

今井:自然に女の子っぽい振る舞いをしていたんですか?

あかね:僕はいたって普通にしてたんですよね。別に女の子っぽくしようとも思ってなかったですし、気づいたら女の子っぽくなってたんですよね。遊ぶのも女の子ばっかりだし、男の子のやる遊びは嫌いでした。ドッジボールとかすごく嫌でした(笑)

今井:ドッジボールって男の子大好きですよね。僕が小学生の時、男子は強制参加させられた記憶があります。

あかね:自分は男の子として、女の子の遊びが好きだったんです。男の子が仮面ライダーとかデジモンやってる時に自分はたまごっちを育てるのが好きで、カードキャプターさくらが好きだったんです。でも、別に女の子になりたいとかではなかったんですよね。

女の子っぽかったのが原因でいじめられた過去

今井:なるほど。そのころは友だちは多かったんですか?

あかね:実はめちゃくちゃいじめられてたんですよ。小学校4年生から6年生まで不登校でした。ずっと家で引きこもっていたんです。だから友達は多くなかったですね。でも、担任の先生がすごく優しい人で、毎日休憩時間に家まで迎えに来てくれるんですよ。それにはすごく助けられたなと思います。

今井:毎日って、すごく良い先生ですね。

あかね:親も最初は自分が怠惰で学校に行ってないと思ってたから、行け行けってうるさかったんですよ。親に学校でいじめられてる事実ってすごく言いにくいんです。でも、ちゃんと親にいじめられている事実を伝えることができたから救われたんです。いじめが原因ということがわかってからは親も理解してくれて、行かなくていいということになりました。

今井:親の理解ってすごく大切ですよね。あかねさんが事実を親にちゃんと言えたことは素晴らしかったですね。

あかね:そう思います。でも、いじめられていることを親に言えずに命を絶ってしまう子もたくさんいるじゃないですか。そう思うととても辛いですね。いじめられた事実を親に言えるって大切だけど、そもそもいじめはなくさないといけないです。

中学時代に学んだ人間関係

今井:中学時代の学校生活はどうでしたか?

あかね:中学時代は寮生活だったんですけど、中学生で寮に入っている人はいなくて、自分以外はみんな高校生で、しかもほとんどが体操部というなかなか男臭い環境だったんです。そこで上下関係とか、空気の読み方だったりとか、色々学びましたね。

今井:そのときに初恋とか?

あかね:そうそう(笑)先輩が初恋の相手でしたね。体操部でムキムキでかっこよくて(笑)

今井:自分がゲイであると気が付いたのはそのときが初めてだったんですか?

あかね:そうですね。小学4年生くらいの時にケインコスギさんがめちゃくちゃ好きで、かっこいいと思っていたんですが、その時は自分がゲイだという自覚はなくて、中学生になってその先輩と出会ってはじめて恋をして、自分はゲイなんだと自覚したんですね。

今井:性自認は中学生のときだったんですね。ゲイであると自覚をしてからは楽になりましたか?

あかね:いや、辛かったですね。隠してました。中学生の頃は、もう男性ばかりのところだったので何を言われるか分からない恐さがありました。「あいつゲイだぞ!パンツ隠せ!」とか言われるんじゃないかという恐怖と戦ってましたね。結局言われることはなかったですけど。

受け入れられた高校時代

今井:中学生だとLGBTについて正しい知識が少ない場合も考えられるし、知識がないゆえに他人へのアウティングも起きてしまうかもしれませんよね。

あかね:ゲイであることは公言せずに中学を卒業して、音楽高校に行くことにしたんです。9割は女子というほぼ女子校みたいな環境で自分は初めてゲイを公言して、女子たちと遊んでました(笑)

今井:なるほど。女の子相手の方が受け入れられやすかったんですね。ちなみにご両親にはいつカミングアウトされたんですか?

あかね:高校生の時ですね。母親はすんなり認めてくれたんですが、父親はなかなか受け入れてくれませんでしたね。

今井:厳格なお父さんだったんですね。

あかね:父は医者なので僕を跡取りにしたいという思惑もあったみたいで、僕が音楽の高校に入ることにも反対でした。でも、最近そんな父親が僕を認めてくれるきっかけがあったんです。

今井:おお!どんな話ですか?

あかね:たまたま父親が好きなアーティストと僕が仲良くってですね。2017年にそのアーティストのライブがあって僕が前座で歌わせてもらう機会があったんですよ。

今井:え?そのアーティストっていうのは?

あかね:SEKAI NO OWARIです。

今井:え〜〜!すごい!

あかね:ライブの時に楽屋に父を連れて行ってメンバーの前で紹介したんです。そしたら大喜びしてくれて、認めてくれたんです(笑)だから認められたのは本当に最近の話です。

今井:すごい話ですね。驚きました!

ゲイバーをやるきっかけ

今井:あかねさんがゲイバーをやるきっかけってなんだったんですか?

あかね:大学時代にゲイバーのママに「ちょっとうちで働いてみなさいよ」って言われてバイトをはじめたのがきっかけです。

今井:そんなに早くからやられてたんですね。

あかね:23歳の時に、そのバイト先のママさんにゲイバー出してみない?って誘われて、新宿二丁目のゲイバーの雇われママをやらせてもらうことになったんです。諸事情があって2年で辞めて、そのあとにここに来たんです。

今井:最近独立されたと聞きました。

あかね:ここはもともと青森の郷土料理屋さんで、そのお店のママさんにご縁をいただいて働かせてもらっていたんですけど、ある日ママさんにお店を移転することにしたよって言われたんです。そのタイミングで「独立をしたいのでこのお店を買い取らせてください」っていうのがきっかけではじめたのが2018年の10月です。

自分らしく生きるには

今井:本当にまだスタートしたばかりなんですね。最後にお聞きしたいのが、自分らしく生きる秘訣ってなんですか?

あかね:自分らしく生きられていると思いますよ。でも、僕より自分らしく生きてる人をたくさん知っています。そんな人たちの背中を見ているから多少なりとも自分らしくいることができているのかもしれません。

今井:ロールモデルがいるんですね。

あかね:漫画の主人公みたいな真っ直ぐな人っているじゃないですか?僕の周りには結構いるんですよね。でも、彼らみたいにはなれない。なれないけど、真似することはできるじゃないですか。

今井:確かに真似するだけって考えると簡単にできそうな気がします。

あかね自分らしく生きている人が周りにいれば、その人の背中を見て生きていけばいいんですよね。だから皆さんもまず自分の周りにそういう人がいないか探してみたらどうかしら?

今井:確かにそれで救われたり、生きるのが楽しくなったりするかもしれませんね。

今井:さて、最後に、次のバトンを渡す相手を決めます!あかねさんの素敵だと思うLGBTQ+の方を紹介していただけますか?

あかね:うちのゲイバーのスタッフでもあり、Twitterでは有名人のうっちーさんをご紹介します。お母さんとのLINEのやり取りがすごく面白くて、そのやり取りを公開して人気になった人。

今井:うっちーさん!Twitterの超有名人じゃないですか!それはすごく楽しみです!

パレットでは、引き続き"ひとりの社会人として"自分らしく生きている素敵なLGBTQ+のロールモデルの方を紹介していきます。

次回もお楽しみに!

(撮影:星野 泰晴)

この記事は、2019.01.15にウェブメディア「Palette」にリリースされたものです。

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

note.user.nickname || note.user.urlname

性のあり方や生き方の「こうあるべき」を超えてゆくためのメディアです。いただいたサポートは、コンテンツの制作費に使用させていただきます。宜しくお願い致します。

Twitterもやっています!
14
「こうあるべき」を、超えてゆく。をテーマに、LGBTQ+、フェミニズム、多様性について、漫画やインタビューを通して発信しています。セクシュアリティやジェンダーにかかわらず、一人ひとりの選択肢が無限に広がる世界へ。12月の特集テーマは「#今年がんばったで賞をあなたに」。
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。