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#BlackLivesMatter? それとも#AllLivesMatter? - マイノリティの声を奪う"正しさ"についてフェミニストの私が考えること

 #BlackLivesMatter

このハッシュタグをTwitterで見かけたことがある人も多いと思う。

2013年、アメリカ合衆国においてトレイボン・マーティンという黒人少年が警官に射殺されたことをきっかけに、その後も後を絶たない警官による無抵抗の黒人への暴力・殺人事件に対して「黒人の命は重要である」という言葉は大きなムーブメントとなって広がった。

自由の国と称されるアメリカでは、未だ根深い人種差別が残っており、本来市民を守るべき警官による暴力事件もまた、大きな問題であり続けている。

そして2020年5月25日に、再びこのBlack Lives Matterの運動が盛り上がる出来事が起きてしまった。アフリカ系アメリカ人のジョージ・フロイドが、警官によって首を押さえつけられ、死亡したのだ。

この事件をきっかけに、全米で抗議の声が広がった。差別や暴力の根絶と正義の実現を求め、1人ひとりの市民、セレブリティ、そして大企業までが声を上げている。

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(2018年ボストンの一般家庭の庭に掲げられたBlack Lives Matterのプラカード、筆者撮影)

しかし、このBlack Lives Matter運動が起こったのち、それに呼応する形でAll Lives Matter(すべての命が重要)というカウンタームーブメントが起こった。「重要なのは黒人の命だけじゃないよね?どんな人種であっても、命は大事だよね?」というわけだ。

「すべての命が重要」
この言葉だけで見るならば、それは圧倒的に正しい。しかし、文脈にそって理解するならば、それは圧倒的に正しくない"正しさ"だということがわかる。

今回は、このAll Lives Matterの正しくない"正しさ"について考えてみたいと思う。

「私はフェミニストではなくヒューマニタリアンだ」

2年前、筆者の私はとあるフェミニズム関連のイベントのため、オーストラリアの首都、シドニーを訪れた。その機会に古い友人と再開し、彼の友人含め6人ぐらいだったか、食事に行った。

話題がフェミニズムになったとき、1人の女性がこう言った。

「フェミニズムには賛成するけど、私はフェミニストというより、ヒューマニタリアンだと思ってる」

ヒューマニタリアンとは人道主義と訳され、簡単にいうならば人類愛によって平等や平和、人権の尊重を目指そうとする思想。性差別についての文脈で彼女がヒューマニタリアンというワードを出した理由を私は今でもよく考える。

フェミニズムが目指すのは、少なくとも私の信ずるフェミニズムが目指すのは、誰1人として性のあり方で差別を受けない公正な社会。おそらくヒューマニタリアンの彼女も、その点は共有していたと思う。だからこそ彼女にとって、"女性"の権利向上ではなく、"すべて"の人を包括する人類愛のアプローチの方がしっくりきただろう。

しかし私は、彼女のこの言葉から日本でも度々話題に上る「フェミニズムは女性だけのものではない」という議論を思い返し、モヤモヤする気持ちを感じた。

「男性も苦しんでいるのだから、女性の権利だけを主張するのはおかしい」
そんな考えの透けて見える、"みんなのフェミニズム"。

男性もこの社会の中で苦しんでいる。差別されてはいけないのは、女性だけではない。それは、圧倒的に正しい。でも、それは現状の社会のいびつさを鑑みたときに、正しくない"正しさ"なのではないだろうか。

モヤモヤを抱えながらも、オーストラリア英語を理解するに精一杯だった私は、そのモヤモヤをうまく言語化できずに、その食事会を終えた。

マイノリティの声を消し去ろうとする正しさ

話をBlack Lives MatterとAll Lives Matterに戻そう。

"すべて"の命が重要。これも圧倒的に正しい。しかし、このAll Lives Matterムーブメントは結果的にWhite Lives Matter(白人の命は重要だ)へと発展し、いつの間にかあからさまな白人至上主義運動に繋がってしまった。

厄介なのは、言葉だけを見るとどれも圧倒的に正しいということ。黒人の命も重要だし、白人の命も重要だし、すべての命が重要。それは間違いない。

そういう意味では「自分は差別主義者ではない」と考えている人にとってAll Lives Matterというスローガンは、もっとも理想に近いように感じられるかもしれない。しかし、スローガンとしての「All Lives Matter」はこの文脈では、正しくない正しさなのだ。

なぜなら「白人である」ということで、警官から不当な暴力を受けたり命を奪われたりすることは考えられないから。

この社会には厳然と人種差別が残り、黒人であることによって受ける暴力が存在している。その中で「黒人の命を大切にしろ」と主張することは、まさに命を脅かされた人種的マイノリティによる切実な要求。それに対して「重要なのは黒人の命だけなのか?」と発言することは、厳然と残る差別の構造の中で必死の声を上げているマイノリティの口を塞ぐ行為となってしまう。

BlackLivesMatterが批判するのは"白人の命"なのか

Aの人権を主張するとき、あたかもBの人権を否定していると捉えられることがある。今回の件で言えば、「黒人の人権を尊重する=白人の人権の否定」というわけだ。もしくはフェミニズムで考えるならば「女性の人権を主張する=男性の人権の否定」と。

でも、Aの人権を主張するときに否定されているのは、Bの人権ではない。Bの持つ特権だ。Aの人権を踏みつけることによって不当に得ているBの利益だ。

すべての人の人権が重要である、という言葉の圧倒的に正しいけれど、正しくない正しさ。

人種差別や性差別が完全に解消される未来がいつか来るとして、私はそのときに、晴れてヒューマニタリアンと名乗り「すべての命は重要だ」とプラカードを掲げることを夢見ている。

それまでは残念ながら、#BlackLivesMatterのハッシュタグで呟き続けるし、フェミニストを名乗り続けるだろう。

最後に、#BlackLivesMatterのムーブメントに共感し、アメリカ社会に残る人種差別に憤りを感じ、そして日本社会で人種的マジョリティである私が目を背けてはいけないことをここに共有したいと思う。

それは人種差別、そして警官による外国人への暴力が決して他国の話ではないということだ。

この社会には、厳然と差別が存在する。「私たちは、不平等な社会に生きている」ということを日々思い知らされるニュースが続く。Black Lives Matterに関する報道も、そしてこのクルド人男性が警官から受けた暴力も、目を背けてはいけない問題だ。

この厳然と差別の存在する社会で「声を上げない」ということは、その不平等な構造の強化に繋がってしまう。

パレットークではこれからも、こうした問題から目を背けることなく、怒りの声を消し去ることない発信に努めていきたいと考えている。

(文章:伊藤まり

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コメント (3)
「自由」という言葉だけで考えてしまうと、「差別するのも自分の自由だ」という人が現れるかもしれない……と愚考してみたり。
「自由」と「人権」(……かな?私の語彙ではこれしか出てこなかった)の上手いこと両立は出来ないものか……
「フェミニズムは女性だけのものではない」から「男性も苦しんでいるのだから、女性の権利だけを主張するのはおかしい」はかなり論理の飛躍があると思うのですが
コメント失礼します。

2016年アメリカのダラスで、犯罪容疑をかけられたわけでもない白人男性が警官数名に殺された事件があったそうです。警官の中には黒人もいましたが、この時は今のようなデモは一切起きませんでした。

北米社会で日本人は圧倒的にマイノリティで、コロナ騒動でアジア人はかなり差別を受けています。

警察による殺人は許されるものではないけれど、殺されたのは人種によるものだったのか、真相は正直わかりません。潔白な白人が殺された時は何もなかったのに、疑惑を持たれた黒人が殺された今回は暴動が起きるまでの騒ぎになる。これはマイノリティだけの問題なのでしょうか。
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