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趣味(後編)

前編では創世記からレースにハマるきっかけまでをお伝えしました。
しかし、F1ブームも長くは続かず別の道を模索し始めるのでした...





①黄金期

自分がF1を真剣に見始めた年、シューマッハー最初の引退の年でした。
当時、ホンダやトヨタ、純日本チームのスーパーアグリがF1にいた時代。
セナプロ時代にに次ぐ日本色が濃い時代であった。
しかし、そういうすごい時代だったにもかかわらず日本系チームには目もくれずひたすらフェラーリとシューマッハを応援していたのだ。
シューマッハが引退をし、ライコネンがその後釜に座りチャンピオン。
翌年には新星ハミルトンのチャンピオン。
その翌年には苦労人バトンのチャンピオン。
シーズン終盤には可夢偉の鮮烈なデビュー。
昔のF1を知らない自分からするとおもしろくてたまらないのであった。
ただ、その陰でリーマンショックの影響でホンダとトヨタの撤退。
さらには数々の伝説を残したスーパーアグリのシーズン途中での撤退。
F1に残る日本色は可夢偉だけとなってしまったのだ。
その可夢偉も数年後の日本グランプリで日本人3人目となる表彰台を獲得。
その後数年間はF1を見続けてはいたものの、今思えばあの時が一番F1に熱中していたのだなと思う。
そう、もうあの時にピークを迎えており何か違うレースを模索し始めていたのだ。





②とある女子との出会い

最初に言っておくが、恋の話ではない。

前年にまずまずの成績を残したにも関わらず可夢偉はシートを失った。
F1に残る日本的なものは日本グランプリだけとなった。
そして、度重なるレギュレーションの変更、レギュレーションの変更により醜いマシンとなったF1、ターボエンジン導入によるF1らしいエンジン音の半減。メルセデスのボロ勝ち。
もはや自分の中ではF1を見る価値がなくなっていたのだ。

そんなぴーさん少年も気づけば高校生。
地元からほど近い工業高校へ通っていたのであった。
工業高校にいるのは大半が男。
クラスに一人か二人女子がいればいいというレベルの男女比である。
そんな貴重な女子が自分のレース人生を変える人になろうとは...

とある日、その女子が話しかけてきた。
”昨日のロッシ、カッコよかったよね”

ロッシとは、ヴァレンティーノ・ロッシの事。
2輪の世界チャンピオンを9度獲得。
世界中に山ほどファンがおり、motogp界はロッシファンで成り立っているという話もあるほどすごいライダー。
その当時はヤマハのトップライダーであった。
現在もトップライダーである。

いくらF1ファンの自分でも知っているようなビッグネームである。
しかもその名前が同じクラスの女子から出てくるとは衝撃以外のなにものでもなかったのだ。

しかしその当時motogpは見ておらず、ましてや昨日のロッシがカッコよかったのさえ知らなかったのである。
そこで返した返事というのが


”俺motogp見て無いねん”

なんとお粗末な対応だ。

F1が自分的に面白くなくなっていき、他のカテゴリーを探していた時の出来事でありmotogpでも見てみようかなと思っていくのであった。






③男前

男前は男が見ても男前である。

motogpを見始めて色々な事に衝撃を受けた。
①レース距離が短い。
F1は大体1.5時間ほどあり、何も起こらないと実は苦痛だった。
motogpは長くても1時間ほどであり、ちょうどいい長さなのだ。
②日本メーカーが強い
ホンダ、ヤマハが常にトップ争いをしている訳で履いているタイヤもブリヂストン。これは日本人のためのレースじゃないかとさえ思った。

そんなトップチームであるレプソルホンダに一人の男が移籍してくるのであった。

ケーシー・ストーナー

https://www.youtube.com/watch?v=PwcyZ0AX3zQ

2007年に初めて最高峰クラスチャンピオン獲得。
2011年、4年間在籍したイタリアメーカードゥカティからホンダに移籍。
移籍初年度にチャンピオンとなった。
2012年引退。

motogpにハマるきっかけの大半はロッシであると思うが、自分はストーナーの魅力にはまってしまったのだ。

何を言おう彼は男前なのだ(笑)

ロッシも男前なのだがストーナーも男前である。
そして嫁が美人。
子供めっちゃかわいい。
そして何よりライダーとして速い。

人が羨むもの全てを網羅しているではないか。

そんなストーナーをすごいなーと思っていたらいつの間にかファンになっていたのであった。
ホンダでチャンピオンを獲得しこれからホンダでガンガン勝ってくれるだろうと思っていた矢先、事件が起こるのであった。

引退発表

当時ストーナーは27歳。
まだまだライダーとして十分やっていける年齢ではあったが色々あったのだろう。
もうストーナーの走りは見れないのか、生で見たかったな、などモヤモヤしていたが一人のファンとして暖かく見守ることにしました。

その無念が晴らされる日が思わぬ形でやってくるとは思いもしなかった・・・






④8耐

2輪世界耐久選手権の中の1戦。
三重県の鈴鹿サーキットで毎年7月末に行われるレース。
名前の通り、8時間ぶっ通しで走り続けるレースである。

自分が8耐と出会ったのはそれも偶然であった。
たまたまautosportのサイトを見ていると広告に”ワールドチャンピオン、ケビン・シュワンツ参戦!!”と書いてあったのだ。

シュワンツとは、93年500CC世界チャンピオン。

もちろん現役は引退。
年齢も50くらいだったと思う。
確か、鈴鹿には忘れ物があると言って出てきたような...
これも男前である。
1スティントしか走っていないが現役ライダーと遜色ない走りを見せ、3位表彰台を獲得するのであった。
世界チャンピオンが急に参戦してくるレースって何なん?
って事で8耐にものめりこんでいくのであった。

シュワンツがやってくる前までは8耐の人気はそんなになく当時の映像を見ていると客がまばらであった。
80~90年代はSBKから500ccからメーカーイチ押しのライダーがやってきて、もはやオールスター戦のようになっており観客動員数も凄かったのである。

自分がちゃんと8耐を見始めたころ、2015年の話である。
ヤマハが新型R1を発表し、全日本ロードを席捲。
それを8耐に持ってくるというのであった。
ライダーはエース中須賀、motogpからエスパルガロ、スミスというもはや勝ちに行ったメーカー主体のドリームチームであった。
一方のホンダは新型マシンもなく、メーカー主体のチームもなく(あくまでもサポート)こりゃ勝てるのか?と思っていた。
そんな中、とんでもないニュースが飛び込んできた。

ストーナー8耐参戦

衝撃的過ぎて軽く引きました。
実は引退後、ずっとホンダのテストライダーをやっていたのだ。
本人も8耐に出たかったようだ。

これはまたとないチャンスだと思い、慣れないネットでチケットを頼み、初めて特急券を買いに行き、二度とこんなチャンスはないと思い始発の電車に乗って気合十分で鈴鹿に乗り込んだのでした。

現地に到着してグランドスタンドに入るとホームストレートでライダーがエンジニアと打ち合わせをしているではないか。
その距離スタンドからわずか20Mほど。
テレビで見てる人が目の前に!!と小学生レベルの興奮を覚えたのだった。

レースがスタートし、ストーナーは次のライダーだったのでまだ走ってはいなかった。ホンダチームがピットインしストーナーに交代。
ピットロードから出てくるではないか。
自分はちょうどピットロードの出口が真ん前に見える席に座っていたのだ。
ストーナーがピットロードからコースに出る。
丁度100M先にストーナーがいる。
これがあこがれのライダーと一番近づいた瞬間であった。

レースの方はというとその数周後にトラブルによりストーナー転倒。
けがをして母国オーストラリアへと帰っていったのであった。

その後ホンダはワークスとして8耐に復活。
数々のメーカーがファクトリー参戦することによって昔のような注目度が戻るのであった。

引退しても、趣味の写真をアップしたり、家族との他愛無い動画をアップしたりと存在感を放っております。





⑤あとがき

今もなおレース観戦の趣味は続いております。
今までの中で一番続いている趣味であります。
この趣味がキッカケで世界選手権ライダーと食事を共にする機会もいただけました。(またその話は後日)
人と巡り合える、人から学べるそのようなことをこの趣味から教えていただきました。
今はこういうご時世なので何もないですが、あの楽しい時間が戻ってくることを期待したいと思います。

長くなりましたが最後までありがとうございました。

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関西在住。 エンジニア(機械設計)。 モタスポ全般。 自分の過去の経験や考えを発信することで今悩んでる人の支えにでもなれたら...
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