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にがうりの人 #69 (隔たれた血)

 数日後、私は津田沼と高峰弁護士に連れられて郊外の街にいた。父が拘留されている拘置所である。ひっそりとした住宅地の中に突然現れるその敷地内に屹立する建物は異質そのものだった。そんな得体の知れない箱の中に父が捕らえられていると思うと、私の心はざわつき重くなった。

 私達は諸々の手続を終えると、刑務官に面会室へ通された。暗いグレーのその部屋は湿っぽい臭いがし、来る者を冷たく断罪するかの如く私達を取り囲んでいた。アクリル板で仕切られた向こう側はまるで異世界のように思え、言いようの無い閉塞感を覚えた。それらは私の芯を容赦なく締め付けるが、その感情が恐怖なのか悲しみなのか怒りなのか分からない。ただ鼓動だけは確実に早くなっていた。

 やがてそこへ刑務官に連れられた父が入室してきた。頬はげっそりと痩け生気がなく、うなだれ、目を伏せている。溢れるアイデアを筆に託し、いつも笑顔を絶やさなかった父はそこにいなかった。だが顔を上げ私を確認すると彼の目が変わるがそれも束の間、再び目を伏せた。一瞬ではあったが彼の目には私に何かを伝えようとし、そしてそれが伝わらないが故の諦めと悲しみが混じっていたように思えてならなかった。

「息子さん自らあなたに会いたいと希望されたのですよ」

 高峰弁護士の声色は胸の奥に染み込むようだった。父はそれでも顔を上げない。

「お父さん、息子さんに何か言って上げてください」

 津田沼のその声にようやく反応を示した父は顔を上げた。眼光が鋭い。私は密かに身震いし、一瞬、そこに存在するのが父ではない気がした。
 言い知れぬ感情が存在している。私には理解することは出来なかったが、その不穏な空気を感じ、肌をあわだてた。

「大丈夫です。息子さんの事は私が見ていますから」

 父は津田沼の言葉に表情一つ変えず、ただただ私を見ている。以前よりも幾分か窪んだその両目からは鋭いながらもどこか温もりを感じた。
 まぎれも無い父だった。犯罪者とは思えない。もちろん唯一の肉親であるが故、温情的になっていたこともあるだろう。だが、そこには頬はこけ、髪は乱れてはいても昔の優しい父がいた。沈黙の中、対峙しているだけなのに父が語りかけているようで、胸が苦しくなる。

「俺の」

 父は唐突に口を開いた。私は挙をつかれ、一瞬たじろぐ。まっすぐ私を見ている。

「父さんのような人間にはなるなよ」

 涙を浮かべていた。それが罪を犯したことによる後悔からなのか、息子との対面からなのか私には分からない。

「息子に何かあれば、その時は手を差し伸べてやってください」

 父は高峰弁護士に哀願した。

「心配はいりません。私も津田沼さんもいますから」

 高峰弁護士が相変わらず柔らかい口調で言う。津田沼も頷いた。

続く

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