囚人カフェ

自粛が始まり、仕事を除いて以前の生活と1番変わった点は、落語みたいな話だがなんだかちょっと健康になったということ。
原因は明確。以前は本当に毎日浴びるように飲みに出掛けていたからだろう。
今は当然の如く外に飲みに出掛けることなどなく、家で飲むとしてもどういう訳かすぐ酔っ払ってしまって、缶ビール2本でいつもの朝5時のコンディションまで到達出来るようになった。
明らかに減った酒の量のおかげか毎朝目覚めがいい。目覚ましが鳴る前に起きれる。非常に健康的。
収入激減の不安を、健康を買い取ったという考えでどうにかプラマイに出来る程に。

確実にいつかはまた海賊のような生活に戻ってしまうとしても、今は自粛以前毎晩飲み歩いていた頃がもはや遠い昔に感じる。

思えば数々のお酒の失敗を繰り返してきた。
若い頃は恵比寿から新宿までゴミ収集車で運ばれたり、飲みの席で知らないおじさんと仲良くなって、トイレに行ってる間に財布盗られてたり。
その度反省してるし、もう明智の光秀ちゃんくらい信用がなく、2度と同じ過ちは起こさないと心に誓っているが、仕事に大遅刻したことも何度かあった。もしもう一度同じことがあったら、コロナがどうとか関係なくサスペンダーを舞台に置くことになるであろう。

遅刻も最悪であるが、別件で更にそれよりも最悪だったのは、遅刻どころか丸ごと飛ばしてしまったこと。なににも間に合わなかったのである。

まず、僕が一体なんの仕事を飛ばしてしまったか。
約1年半前、渋谷にある無限大ホールという吉本の若手が主戦場とする劇場があるビルの7階に、新たに2つの劇場が出来上がった。
場数の足りてない若手のことを思い、ライブをはしご出来る距離にと、吉本興行からのこれからの期待も込められていたと思う。
僕が飛ばしたのは、その未来ある新劇場のこけら落とし公演である。

こけら落とし公演というのは、その劇場の1発目の公演であり、これからの劇場の繁栄を願う大切な行事である。もちろん吉本の偉い方もたくさんいるし、普段若手の劇場には出ないような兄さん方もたくさんいた。僕はそのこけら落とし公演に1秒も間に合わなかったのだ。

その前の日、僕は千葉県は津田沼にいた。
上京する前にお世話になっていたキャバ嬢が引退するということで最後の挨拶に伺っていたのだ。
軽く飲んで帰るつもりが、昔の話に花が咲き、最後だからという大義名分のもとにそれはそれは浴びるように飲んだ。朝方5時になる頃には、酔拳2のジャッキー・チェンがラストスパートでガソリン飲んだ時と全く同じ顔色になっていた。要するにジャッキーでも絶対起きれない程飲んでいた。いや、ジャッキーならどうにかしたのかもしれない。それ故に彼は世界をまたにかけるスーパースターになれたのだろう。ジャッキーはたいしたもんだよ本当に。

それでも僕はまだ少しだけ理性が残っていて、むしろこのまま寝たらまずいというジャッジを下した。
そして8時くらいまで飲んだ。理性なんて残っちゃいなかったのだ。大バカ野郎である。
家に帰って寝るわけにはいかず、絵に描いた様な千鳥足で総武線に乗り込む。僕が覚えていたのはここまでだった。

パッと目が覚めた時電車の外の景色は何度も見たこのあるものだった。
本八幡駅。津田沼から見て市川の1つ手前である。
なんだまだ本八幡かと思い、再び眠りにつく前に時計に目をやる。
全然開演時間だった。というか開演して20分ほど経っていた。すっ飛び起きるってのはああいうことを言うのだと思う。
ババ抜きも出来ないくらい機能していない脳みそをフル回転させて状況を飲み込んでいく。
ここは本八幡。開演時間は過ぎている。今日なんのネタやろう。めでたいやつにしようこけら落としだし。いやめでたいネタってなんだよ。俺たちにそんなCAN YOU CELEBRATE?みたいなネタないだろ。ていうかちょっと待ってこれ今日何度目の本八幡?いや今そんなことはどうでもいい。携帯は充電が切れている。まずは携帯を充電しよう。

脳みそは死んでいたがどうにか電車から飛び降り携帯用充電器を購入。電源ON。

人生で1番連絡が来たのがM-1。2位がこの時である。めちゃめちゃな量の着信とLINE。
まずは相方である社長(畠中)に電話をかける。
社長はメロスが残していったあいつの気分だったであろう。とにかく早く来てくれの一点張りだった。
爆裂二日酔いのメロスはすぐさま再び電車に飛び乗り渋谷へと向かう。
なぜかTwitterの通知もかなりの量が来ていた。
社長と妹そしてゆにばーす川瀬さんまでもがTwitterで僕の捜索届けを出してくれていたのだ。僕のTL は僕の失踪で埋め尽くされた。

こうなった時、経験した方ならわかるかもしれないが、僕はもうまぶたを閉じることしか出来なかった。脳みそは完全にシャッターを降ろし、数多あるコマンドの中で残るのはそれのみであったのだ。

僕が劇場に到着すると、社長が本当に融資をお願いするときの社長みたいに頭を下げまくっていた。
僕の姿を確認すると、ゆっくりと首を横に振った。

そのまま、前支配人と吉本の偉い社員さんに2人で個室に連れていかれ、本当に鼻血出るくらい怒られた後、社長には本当に申し訳ないが連帯責任として僕達に判決が下った。

無限大ホールカフェでコーヒー200杯売るまでタダ働き

これが僕達の判決だった。
そして、僕のこの人生最大の失敗から下った判決は、二度と経験することのない貴重な体験へと繋がっていくのである。

無限大カフェというのは、2つの新劇場の間に出来た、吉本が運営するカフェのことである。
開演前にお客さんが一息入れられるように造らた新しい試みであった。
その劇場でコーヒーを200杯売ることが僕に出来る唯一の罪の償い方だったのだ。

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