うめさん_覚醒2up

TSUCHIGUMO~夜明けのないまち~ 11

11

 進むも地獄、戻るも地獄。

 勇助は焦った。

 もう、諦めるしかないのか? 安全な方法は存在しないのか?

 ショットガンを手に、扉へ向かう。

「お客さぁん、お待ちくださいよぉ」

 という顔面モンスターの低い声が、背中を押す。

 勇助が扉のかんぬきに手を掛けようとしたその時、視界の右端に、気になるものが見えた。

 メニュー画面上の映像ではない。

 そこに、正面からは見えない隠れた位置に、アイテムボックスが一つ置かれていた。

 アイテムボックスは玉手箱のようなデザインで、大きさは一般家庭用の薬箱程度だ。

 箱の色で中身のグレードが判別できるらしく、黒<茶<銀<金という具合に格付けされている。

 格が上になるほど、この世界に存在する個数が少なく、レアらしい。

 そこに置かれていた箱は、見るからに銀色だった!

 実物を見たのは初めてだった。銀色や金色のボックスになれば、敵を倒すための強力なアイテムや、本来かなり高額に設定されている便利なアイテムも入っているらしい。

 ──こんな時に、アイテムに気を取られていていいのか?

 という慎重な危険信号を発する自分と、

 ──この状況を打破するアイテムが入ってるんじゃないか?

 という強気な姿勢の自分が交錯した。

 だが迷ったのは一瞬だった。

 勇助は、さっとアイテムボックスのそばに駆け寄り、箱を十字に縛っている紐を解いた。

 ショットガン一丁で屋敷の敵と戦うのは、むしろ無謀だと考えたのだ。

 あの二体の骸と同じ結末を辿る気がしてならなかった。

 指先でつまんでいた紐はひゅるひゅると蛇のように箱から外れて宙に舞い、銀色の蓋が勝手に開いた。

「これは……!」

 入っていたのは『退魔手榴弾《たいましゅりゅうだん》×1』というアイテムだった。

 勇助は思わずガッツポーズした。

 簡単な武器の説明文のウィンドウが、視界に表示される。

『退魔手榴弾──いかなる敵も一瞬で爆破する爆弾』

 見た目はアクション映画で見たことのあるようなパイナップル型。色は紫色。

 視界のメニュー画面に半透明のポップアップウィンドウが現れて、

『今すぐ使用しますか?』

『YES・NO?』

 という質問を投げかけてくる。

 勇助はYES、YES、YES!! と強く念じた。

 するとショットガンが手から消え、代わりに紫色の手榴弾が出現した。

 視界に、使用方法を説明するウィンドウが現れる。

 手榴弾に目を向けると、それに従って赤矢印のアイコンが動いた。

『ピンを抜いて、対象にぶつけろ!』

 ざっくりした説明文だが、充分だ。赤矢印は手榴弾のてっぺんに刺さっている輪状のピンを示している。

 勇助はそのピンに指をかけ──また迷った。

 これを屋敷の中の敵に投げるか、それとも……

 どこまで慎重なのだと自分自身に苦笑し、勇助は思い切ってピンを抜いた。

「お客さん」

 敵の声に振り返る。

 鼓動が早鐘を打つ。危険レベル4.

 『フロントマン鈴木』は、もはや二十メートルほどの距離に迫っていた。

 もう少し近づくのを待ち、勇助はそのタイヤ大の顔面に向かって、手榴弾を投げた。

 不思議とコントロールに不安は感じなかった。もしかしたら、こういった場面においても、ゲームによる補正がかかっているのかもしれない。

 吹き飛べ、この野郎!

 紫色のそれはくるくると回転しながら弧を描き、勇助の狙い通り敵の眉間に命中した。

 どっ! という激しい音と、ゲーム演出らしい紫や赤、黄色などの光が弾けた。

 一瞬、爆風に煽られはしたが、さすがはゲーム。近くの家屋に影響はなく、勇助の顔に飛んできた砂や石が当たっても、痛くなかった。

 紫の煙が立ち昇る。

 もう鼓動も鳴っていない。

 見ると、敵の残骸らしきものが、爆破地点の地面に転がっていた。

 眼球や耳、鼻、下あご……そういった部位がバラバラになっていた。

「はは……やった……やった!」

 勇助は思わず声を上げ、その場に仰向けで倒れ込んだ。拳を高く掲げる。

 カラスたちのうるさい声が戻ってきて、それすらファンファーレに聞こえる。

 古い建物の合間から黄昏の空が見える。

 普段そんな空を見上げても感じないような、開放感と達成感を覚え、喜びがこみ上げる。

 そして喜びと共に、胸が高鳴る。

 ……胸が、高鳴る。

「え?」

 勇助は上体を起こした。

 胸が再び鼓動を打ち始めている。敵が近くにいる証拠だ。

 またかよ……!

 ショットガンを出現させ、舌打ちをする。

 異変はすぐに起きた。

 とくとく、どくん、どくん、どく、どくどくどく……。

 鼓動がものすごい勢いで、速く、大きくなる。もう危険レベルが3になった。

 レーダーには屋敷の中に待ち構えている敵しか表示されていない。つまり、屋敷内の敵に対して、鼓動が反応しているだけかもしれないが……。

 何か、違う気がする。

 予想は的中した。

 爆破地点に散らばっていた顔面の残骸が、もぞもぞと動き始めた。

「嘘だろ、おい……!」

 呆気にとられていると、顔の欠片たちは五秒も経たずに『フロントマン鈴木』を再形成してしまった。

 その目がこちらに向けられた瞬間、鼓動がさらに速くなった。

 薄ら笑いの顔が迫りくる。

「お客さん、逃げられませんよぉ」

 聞き慣れてしまった低い声。

 勇助は叫び、絶望した。

(次回、勇助は鈴木に何をされるのか? 12につづく)


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