うめさん_覚醒2up

ツチグモ~夜明けのないまち~ 18

18

 助けを呼ぶと言っても、どうやって呼ぶつもりなのか。

 一条──いや、河音《かわね》と一緒に部屋を出てから、勇助は尋ねてみた。

「何言ってるんすか先輩、電話を使うしかないでしょう。今朝、自分が先輩にしたみたいに」

 すると河音は当たり前のように答えた。勇助は「そうか」と納得したものの、すぐにまた不安になってくる。

「だけど大丈夫なのか? あの電話って、知らない奴が出る可能性もあるだろ?」

「そうっすね」

 この世界の連絡手段は、まちの特定の場所に設置されている、例の公衆電話しかない。そのうえ河音曰く、通常の設定だと相手を指定して電話することはおろか、特定の電話機を指定することもできないらしく、それをするには特殊な外付けの機器を購入する必要があると言う。

 案の定、おそろしく高額な代物だった。

 この世界は、現実以上に、金、金、金である。

 二人は薄暗い階段を並んで下りる。足を運ぶたび、床が大きくきしむ。

 河音が、下着しか身に着けていない胸元を片手で隠しつつ、

「でもあの時の自分は、先輩には通じるんじゃないかなぁって、思ってました」

 もう片方の手を耳に当て、電話をする仕草をした。 

「どうして?」

「まあ、女の勘というやつっすね」

「……そうかい」

 勇助は肩を落とし、溜息を吐いた。

 こいつに過度な期待をしてはいけないのだろうな……などと考えていると、

「なんつって、冗談っすよ」

 河音がおどけた声を上げ、勇助の肩を叩いた。ゲームシステム側からそれが攻撃とみなされたのか、小さな黄色い火花が散った。

「実は、ちゃんと根拠があるんすよ」

「え、そうなの?」

 ──だったら最初からそう言ってくれよと思いつつ、勇助は河音の説明を待った。

「まず、先輩が初心者中の初心者で、仲間がいなかったってことが理由っすね。先輩は電話のシステムをよく知らないはずだから、もしかしたら『俺あての電話じゃないか?』って思うかもしれないでしょう? 逆に先輩が慣れたプレーヤーで、すでにその電話が町中で鳴ってるってことを知っていれば、『俺には関係ないかも』と感じて、出ない可能性があるじゃないっすか。チキンだから」

「なるほど、確かに」

 勇助は今朝の状況を思い出しうなずく。

「──っておい、チキンは余計だろ」

 そのツッコミを無視して、河音は続けた。

「それと、『なぜ『鈴木』の脅威が去ったんだろう?』と不思議に思っているはずなので、そのタイミングで電話が鳴れば反応してくれると思ったっす。もちろん、先輩がちゃんと生きてればの話ですけど」

 全くその通りだった。

 勇助はあの時、『鈴木』から逃げ切れた理由がわからず釈然としなかった。そのため電話が鳴った際、それが自分に向けられたものではないかと感じたのだった。

 勇助は感心した。

「……お前って、けっこう考えてるんだなぁ」

「意外そうに言わないでください、失礼っすね」

 二人はそんな話をしながら、『はいがん荘』フロントの前を通過した。

 カウンターテーブルの奥に、一台の黒電話が置かれている。

 そこにはやはり、正装した女性職員のNPCが静かに立っているだけで、『鈴木』の姿は無かった。

 通過する際、女性は軽く会釈をした。

 顔を上げた後は、勇助たちの姿をずっと目で追い、そして二人が電話の前に立つと、そのままじいっと見つめ続けた。

 襲ってくるのではないかと勇助が警戒していると、横で河音が囁いた。

「たぶん大丈夫っすよ。今朝、自分が電話を使った時も、あんな感じでしたから」

「そ、そっか」

 どうやら単に、あのNPCはこちらを見ているだけのようだった。

 それより、と河音が愚痴るように言う。

「電話、少し料金が高いんすよね。三十秒で五百円必要なんで」

「高っ!」

 勇助は驚いた。現実世界で公衆電話を利用したことはほとんど無いが、確か一分で十円くらいだったような……。

「これで全然繋がらなかったら、地味に痛手なんですよね……」

「……俺も後で払うよ」

「そう言ってもらえるとありがたいっす……」

 河音が受話器を取りながら、弱々しく言った。

 電話機の型は、古いのダイヤル式の黒電話。現実世界では、もはやお目にかかれない代物である。正面に0から9までの数字が三日月状に並び、その上に回転ダイヤルが付いている。

 勇助は操作方法を知らないので、どうやって扱うのかと興味津々で観察していたのだが、思っていた結果と異なり、やや拍子抜けした。

 河音はダイヤル操作することなく、受話器を持ち、立っているだけだった。それなのに、数秒で小さなコール音がした。受話器から漏れている音だ。

 どうやら受話器さえ取れば、あとは視界のメニュー画面で操作できるようだ。

「とりあえず、あの二人がまだ『ハのまち』にいると想定して、この範囲限定でかけるっす」

 河音が言った。初期設定では、この『TSUCHIGUMO』の世界全体か、まち単位での範囲指定ができるらしい。

 それ以外は別売りの機器が必要。

 勇助はうなずき、見守った。なるべく河音に対し性的な興奮が湧かないような箇所に目を向ける。束ねた髪のてっぺんとか、裸足のつま先とか……。

 それを見て、そういえば自分だけは靴を履いたままだなと気づく。例の汁がまったく付いていなかったので、脱がなくて済んだというわけだ。

 ……裸に靴だけ履いているという格好は、むしろ間抜けに見える気がするのだが。

 コール音は長く続いた。二十回ほど音がしたものの、まだ誰も応答しない。

 やはり誰からかかってきたかわからない電話を受けるのは、みんな抵抗があるようだ。電話に出ても良い事があるとは限らないので、問題に巻き込まれるのを避けるべく、無視するプレーヤーが多いのだろう。

 河音自身も、何度か無視したことがあるという。心当たりのない電話に積極的に出ようとする奴の方が、この世界では変わり者なのだ。

「これ、ずっと誰も出ない場合、どうなるんだ?」

 勇助が尋ねた。

「大体、一分くらいコールすると、勝手に回線が切られるっす」

「金は?」

「返ってきません」

「マジかよ」

「マジっす」

 会話しているそばから、ガチャン、という音が漏れた。コインが機械に落ちるような音がして、河音は黙って受話器を置く。

「案の定、誰も出ないっすね」

 河音はそう言い、もう一度受話器を上げる。二回目の挑戦だ。

 コール音が鳴る。とりあえず誰か出てくれと願う。

「服のお願いをする前に、二人に電話を取ってもらうっていうハードルがあるとはな」

「そうっすね」

 トゥルル……という音が、むなしく鳴り続く。

「あると思うか? 勝算は」

「……ぶっちゃけ、半々っすかね」

 無情にも、再びコール音は途絶えた。静かな室内で、カシャンカシャンというコインの落下音演出が、空虚感を余計に煽る。

「自分が二人と別れたのは数時間前。戀さんは、自分がどうしてるかを心配してくれてる可能性があります。そのタイミングで電話が鳴ったら、『もしかしたら』って思ってくれるんじゃないかと……」

 河音は先ほどと同じルーティンで、改めて電話をかける。

「……まあ、自分が見限られていなければの話ですけど」

 すると数回のコール後、音が途切れた。

 河音がパッと顔を上げた。誰かが電話を取ったのだ。

「もしもし」

 勇助は息を呑み、受話器に耳を近づける。

 どうやら相手からの応答は無いようだ。こちらの様子をうかがっているのだろうか。

「自分は河音といいます。そちらはどなたですか?」

『…………』

 ブツッ。

 数秒の沈黙の後、電話を切られた。また、コインの落下音がむなしく響く。

「どうやら、人違いだったようです」

 河音は受話器を置き、溜息をついた。

「すみません、やっぱり別の手を考えることになるかもしれないっす。次は、全てのまち対象に電話をかけてみるつもりですが……2人が出る可能性は、さらに減るでしょうね」

 河音が力無く受話器を取る。

「ちょっと待ってくれ、もう一回だけ『ハのまち』単体でやってくれないか」

 勇助が言った。

「でもこの電話で二千円使うことになるんすよ? 新しい服が何円するかわからない以上、ここで無駄遣いは……」

「いいから、すぐに」

「……」

 河音はうなずき、コールを開始した。

「朝、お前からの電話が鳴った時を思い出したんだ」

 コール音が鳴る間、勇助は説明した。

 今朝、『フロントマン鈴木』との追いかけっこの後、勇助は河音からの電話に出た。

「もしもその時に、俺が電話に出なかったらどうなっていたか、考えてみろ」

 あの時、河音はいわゆる『秘密の質問』によって、お互いの本人確認をした。二人しか知らない情報を、暗号として用いたわけだ。

 もしその際に相手が勇助でなかった場合は、彼女はすぐに電話を切ったはずだ。

 そしてもう一度電話をかけ、目当ての相手──つまり勇助が出るまで、それを繰り返したはず。

 勇助からすれば、一度出なかった電話が再びすぐに鳴り出したら、『やはり自分が目当てなのだろうか』と考え始めるだろう。

 だからこのやり取りが続けば続くほど、絞り込みがかけられていることになり、相手はやきもきするはずなのだ。少しでも心当たりがあるとすれば、なおさらである。

 ──説明している途中で、コール音が止まった。

 河音は慌てて声を上げる。

「も、もしもし、自分は河音と申します。そちらは──」

『良かった……』

 聞こえた声に、河音が息を呑んだ。勇助も耳を傾ける。

『やっぱり河音さんだった。無事だったのね』

「!」

 河音が勇助を見た。受話器越しの声は小さくて、かなり聞き取り辛い。

『私、戀よ。心配していたわ、あなたのこと』

「戀さん!」 

 河音が興奮してお喋りをする横で、勇助は緊張しながら、じっと耳をすましていた。

 果たしてそれは赤池の声なのだろうか……判断できない自分が、歯がゆかった。


(電話の相手はあの赤池戀なのか? そして二人は勇助たちを助けてくれるのか──19へつづく)


表紙画 : 梅澤まゆみ

────────

この記事は全文公開の投げ銭制です。読者様のタイミングでご購入ください☆
一人でも多くの「面白い」が励みになりますので、SNSでのシェア等、応援よろしくお願いします。

尾崎ゆーじのwebサイトはこちら!

────────






お支払いとか、お礼とか、こちらのボタンからできます!