うめさん_覚醒2up

TSUCHIGUMO~夜明けのないまち~  17

17

 ボロく、汚く、安く、そして一畳程度という狭さで、かつ出入り口の戸が無い部屋で、勇助と一条は横並びで座り、お互いに目を背け合って話していた。

「服って、どこに売ってるんだ? っていうか、売ってるのか?」

「知らないっす」

「仮にどこかに売ってたとして、この格好で買いに行くのか?」

「行きたくないっす」

「高くて買えなかったらどうなるんだ?」

「泣くっす」

 スメルラヴァーズという名の、鼻の長い化物の襲撃をなんとかやり過ごしたが、こんな堂々巡りの会話を繰り返している。

 幸い命は助かったが衣服を奪われ、二人は下着姿のまま、これからどうするかを考えるはめになった。

 最も簡単な解決策は、この格好のまま、服の替えを探し歩くことだ。 ……それは二人もわかっている。恥さえ忍べば不可能では無い。

 だが年頃の男女が半裸でまちを歩くことは、なかなかハードルが高い。まして服を入手する方法もわからず、延々とまちを彷徨う恐れがあると思えば、なおさら行動に移すのは難しかった。

 化物らが迫っている危機的状況であったからこそ今まではあまり考えずに済んでいたが、こうして束の間の平穏が訪れてみれば、様々な思いが否応なく浮かんでくる。

 例えば勇助であれば──ゲームの世界だというのに一条の体がエロすぎることや、赤池という想いを寄せる相手がいながら、気の迷いが起きそうで困っていること、むしろゲーム世界のおかげで身体的反応が出なくて助かった……などのことを考えていた。

 他方で一条は──かつてちょっと気になっていた先輩と、二年の時を経て再会したかと思えば、こんな場所で、こんな格好で、二人きりになっちゃうなんて……と、今さらながら、静かに苦悶していたりする。

 ……もちろん、勇助はそんな後輩の気持ちに気づいていないが。

 ましてこのゲーム世界はプレイヤーの表情を隠し、生理的な反応も隠す。悲しいかな、女性経験の無い勇助には、その思いを察することは不可能だろう。

 ……だからこそ、こんな言葉をかけてしまったりするのだ。

「お前なぁ、さっきからちゃんと考えてるのかよ? 全然話が進んでない気がするぞ?」

 勇助に悪気は無かったが、このままこんな平行線の議論をしていたら……と想像して、苛立っていた。極端な話をすれば、このままだと何も行動しないにも係わらず宿に連泊しなければならなくなるし、その分、クリアが遠ざかるのだ。

「か、考えてますよ!」

 一条が語気を強める。

「先輩こそ、さっきから同じことばかり言って。それに応じる側の身にもなってくださいよ! ボケ老人っすか!」

「何だよ、急にっ」

 勇助もつい声を荒げた。

「だったらお前も何か提案しろよ。俺だけ考えても限界があると思ってるから、お前に相談してるんじゃねえか。ここでのプレイ経験は、お前の方が長いんだからな!」

「長かろうが、知らないものは知らないし、嫌なものは嫌っすから! じゃあ提案しますけど、先輩が男気を見せて、一人で外に探しに行くっていうのはどうっすか!? 男だし、見られても平気でしょう!?」

「はあ!?」

 勇助は思わず立ち上がり、隣で体育座りしている一条を見下ろした。

 彼女の胸の谷間が見えたが、今は気にしている場合ではない。

「じゃあ、その間、お前はどうするんだよ?」

「ここで待つっす」

「もし途中で俺が襲われて、死んでたらどうするんだ?」

「……困るっす。だから死なないでください」

 表情には現れなくても感情はある。一条の無茶な言い分に、勇助は怒りが湧いた。

 確かに女の子が半裸でまちを歩き、他の男性プレーヤーの目にさらされるのは避けたいし、彼女の気持ちもわかる。

 だがこの世界ではどんな敵が待ち構えているかわからないので、常に油断できない。勇助が一人でまちへ出て、本当に帰って来られなくなる可能性は充分あるのだ。

 リスクはとても大きい……それは一条もわかっているはずだが。

「……それとも先輩は、自分がいないと何もできない人なんすか? ……そっか、チキンっすもんね!」

 一条はそういうと、両手の人差し指を立て、「チキチキッ、チッキーズ!」と投げやりに声を上げた。確か、少し前にテレビに出て話題になった、芸人コンビのネタだ。

 勇助は完全に頭にきた。

「そうかよ。じゃあその提案に乗ってやるよ! お前はここで、何日も待ち続ければいい!」

 はっと一条が顔を上げる。その仕草に、勇助も一瞬、躊躇《ためら》いを覚える。

 だがお互いに、吐いた言葉を呑むことはできなかった。

 勇助は自分の言葉が嘘ではないと証明するため、急ぎ足で部屋を出ようとした。 

 ──が、それは意外なものによって阻まれた。

 壊された出入り口の前に、なんとあの、『フロントマン鈴木』が立ちはだかったのだ。

「どわああ!」

 勇助は驚きのあまり後ろに飛び退いて、背中から床に倒れた。一条も悲鳴を上げた。受け身を取ろうとするも、一条の体にぶつかり、それがゲーム内での攻撃と見なされたのか、微かに黄色い火花が散った。

「な、なんでお前が……!?」

 顔だけの『鈴木』ではなく、きちんと全身フロントマンの服装をした『鈴木』だった。視界のレーダーには敵としての反応はないが、そんなことは今さら問題じゃない。とにかくあの『鈴木』が、すぐ目の前に立っているのだ。

 逃げ場なんて無い。

 絶体絶命の状況。気づけば勇助の腕に、一条がしがみついていた。

 勇助が急いで武器を取り出そうとした瞬間、『鈴木』が口を開いた。

「お客様…………ドアの修繕に参りました」

「へっ?」

 『鈴木』は低い声でそう言うと、軽くお辞儀をした。命がけの追いかけっこをした際に散々聞いた声だ。

※※※

 言葉通り、『鈴木』によるドアの修復作業が始まった。

 その様子を、勇助と一条はぽかんと眺めていた。

 ドアの修復は、かなり簡単な作業に見えた。

 『鈴木』はどこから持ってきたのか、出入り口に新しいドアをはめこみ、その上下の端を、木づちでコツコツと叩いた。

 ネジやくぎ、蝶番《ちょうつがい》の金具などを使用した様子は一切なかったが、それでもドアは取り付けられ、見事に開閉するようになった。

 さすがはゲーム……リアリティを追求する箇所と、そうじゃない箇所がはっきりしている。

 作業が終わると、『鈴木』はどこへともなく行ってしまった。

 奴は謎が多い。さっきフロントで女性に尋ねた時は非番だと言われたのに、今はフロントマンの格好で、ドアの取り付けという仕事をしに来た。 ……そして、この建物の屋根裏には、ナイフで刺された死体があった。

 このゲームの敵は設定がしっかりされていると思っていたのだが……何が何なのか……いまいち繋がらない。

「びっくりした……」

 二人はへたり込んだ体勢のまま、お互いの顔を見合わせ、気まずそうに、そっと体を離した──と言っても、一畳のスペースしかないので、ほとんど離れていないが。

「す、すまん……」

 先に勇助が謝った。肌に触れたこと然《しか》り、口論の際に感情的になったこと然り。いろんな意味を込めた謝罪だった。

「いえ、こちらこそ……。それより自分、今のショックで良いアイディアを思いついたっす」

 一条が胸などをそっと隠しながら言う。

「アイディア?」

 勇助が聞き返す。

「いろいろと悩みましたが、こうするのがベストな気がしますね」

 一条は一人でうんうんと頷いてみせた。勇助は、早く言えよ、とは言わず、次の言葉を待った。

「──助けを呼びましょう。自分たちの代わりに、他のプレーヤーに服を買ってきてもらうんっす」

「助けを呼ぶって、誰を……?」

 尋ねたそばから、勇助はすぐに気づいた。

「お前が一緒に組んでたっていう、あいつか?」

 勇助は『フロントマン鈴木』の顔に追いかけられていた際、その男に助けを求め、結果、冷たくあしらわれ、見捨てられた経験がある。あの時の悔しさを思い出すと、怒りがこみ上げてくる。

「あの男が、そんな人助けをするようには思えないけどな。こっちの足元を見て、高額請求してくるんじゃねえか?」

 勇助が皮肉たっぷりに言うと、一条は横に強く首を振った。

「確かにあの人は、がめついし、ゲスいっす。自分も好きじゃないっす。でも、さっきちらっと話しましたけど、女の人がもう一人一緒にいて、その人はとても良くしてくれる信頼できる人なんです。だからその人にお願いすれば、もしかしたら……」

「そういえば話してたな。女のプレーヤーがどうとかって。だけど今回は俺もいるし、事情が変わってくるんじゃないか? それにお前は一度、チームを勝手に抜けてきちゃったわけだし、それでも助けてくれるのか?」

 一条は「んー」と唸りつつも、

「きっと大丈夫っす。あの人は──コイさんは、そんな細かいことは気にしません」

 そう断言した。

 …………コイ?

 突然現れた名前に、勇助はどきりとした。

 コイさんって何だ? ニックネームか? それともそういう苗字で小井、己斐、故意……? 

 勇助は、恐るおそる尋ねた。

「コイって……それが、その女のプレーヤーの名前なのか?」

「はい。本名みたいっすよ。『恋愛』の『恋』の字そのままで、コイって」

 一条は空中で文字を描くように、指を動かした。

「本当は、旧漢字で『戀』って書くらしいっす。珍しい名前っすよねえ、可愛いし」

「……お前の、河音《かわね》っていう名前も、充分珍しいだろ……」

「おっ……先輩に名前で呼ばれるなんて、レアっすね。もう一回お願いします」

「いや、河音……」

「やば、なんかウケる」

 一条は口元を押さえて笑い声を上げた。ゲームの仕様上、顔は笑っていないが。

 一方で勇助はといえば、そんな会話をしつつも、どこか上の空だった。

 戀。

 ……本名でそんな名前の女の子が、そう何人も存在するだろうか?

「なあ、その戀って人、苗字はわかるか?」

 勇助は尋ねた。

「いやあ、そこまでは聞いてないっすね」

「そうか……」

 勇助は思い出していた。

 最後に会った日の、あの女の子の、どこかうつろな表情……。

 たった一度だけ見て、心を奪われた、無邪気なその笑顔……。

「それより、あの二人は自分のことを『河音』って名前で呼ぶんですよね。いっそ、先輩もそれに合わせて統一してはどうっすか? もしも2人と合流したら、呼び名が混ざってややこしくなりますし……」

 一条が、そわそわと自分の頭を掻きながら言った。

「そう、だな……」

 勇助はほとんど話を聞いていなかったが、主旨を理解し、頷いた。

 彼の頭の中は、それどころではなかった。

 ──その戀という名前のプレーヤーは、自分が想いを寄せ、この狂ったゲームの世界に入り込む、きっかけとなった人のことではないだろうか。

 戀。

 赤池戀。

 勇助の中で、それはもう、確信に近かった。

 ……しかし、その戀というプレーヤーが赤池戀であると仮定した場合、辻褄が合わないことがある。

 一条──もとい『河音』がゲーム内で戀に出会ったのは、二週間前なのだ。

 それなのに勇助は、三日前に赤池戀と会っている。 ……それも、現実世界の学校で。

 このゲームにいる戀が、本当に赤池戀その人だとするのなら、現実世界で見た彼女は一体何者なのだ?

 頭が混乱してきた。

 ──ああ、考えてもしょうがねえ!

 勇助は髪をぐしゃぐしゃと掻き回し、すっと立ち上がった。

「よし、お前の案を試してみよう。その人に会ってみたい」


(どんなかっこいい台詞でも、パンツ一丁では締まらない。河音の言う戀とは、赤池のことなのか、それとも──18へつづく)


表紙画 : 梅澤まゆみ
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