うめさん_覚醒2up

TSUCHIGUMO~夜明けのないまち~ 01

01

 赤池《あかいけ》が学校にタブレット端末を持って来ているのを、勇助《ゆうすけ》は以前から知っていた。りんごマークの付いていない端末で、勇助はわけもなく、ちょっぴり彼女を身近に感じることができた。

それでも、実際に手に取る姿をあまり見たことはなかったのだが、ここ最近、彼女はそれを熱心に見入ったり、ぼんやり眺めたりするようになっていた。

 何を見ているのだろうと気になった。調べ物か、あるいは小説か、漫画か。

 あくまでも憶測である。勇助は赤池がどんな女子なのかをよく知らないし、話をしたこともない。

 知りたいとは思っているのだが……。

 高校三年の六月初め。

 クラスで席替えがあり、赤池の真後ろの席になれたというのに、勇助は未だに一言も声をかけられずにいた。中間テストがつい先日に終わったばかりなので、結果の見せ合いっこやら、そこから進路の話やら、いろいろ会話の糸口はありそうなものだが、如何せん勇助は女子と話すのがあまり得意ではない。相手から話しかけられたら普通に応えることができるし、中学生の時には気兼ねなく話せる女子がいたものの、高校に入ってからはそういったこともなくなった。

 取り分けて容姿が良いわけでもなければ目立つ存在でもない勇助に、わざわざ自分から話しかけてくる女子なんていない。

 クラスの男友達がよく会話をする女子は目立つタイプが多く、勇助はそのキャピキャピした雰囲気に付いていけない。いざ会話が始まったら勇助はいつも口を閉ざし、遠くに座っている赤池の姿を眺めていた。

 小柄な体に小さな顔。短めの髪型も相まって、赤池は全体的にコンパクトにまとまっている。

 赤池。

 赤池恋《あかいけこい》。正式には『戀』と書くらしい。

 昔の漢字だ。

 彼女はキャピキャピとは正反対で、物静かなタイプだ。普段は赤いブックカバーを着用した文庫本を読んだり、顔を伏せて寝ていたり、その日に出た宿題をしていたりするが、今日は相変わらずタブレット端末の画面を眺めている。

 赤池はそうやって一人でいることが多い。だが級友から嫌われているというわけではないらしい。

 行動を共にするような女友達もいる。勇助はその子が苦手だ。席は赤池の隣。

 勇助のすぐ前で、しばしば赤池とその友達は話をしているが、赤池の声はあまり聞こえない。その女友達も耳を近づけて聞いているくらいだ。

 おかげで勇助まで肝心の情報が届かない。赤池の声は勇助の鼻先で霞《かすみ》のように消えていく。

 勇助はろくに話したこともない赤池のことが、いつからか気になって仕方がなくなっていた。

 自覚はある。

 これはいわゆる、恋というやつだ。

×××

 放課後、勇助は担任の教諭に呼び出され、職員室を訪れていた。進路調査の紙を出していなかったのだ。2回目の進路調査。前回は進学とだけ書き、希望の大学名は書かなかったが、今回はそうはいかないらしい。

 結局、回答はさらに一週間、先延ばしにしてもらった。

 職員室を出て教室へ鞄を取りに戻る。ふと窓に視線を移すと、すでに西日が赤く色づいていた。生徒に対して真面目なのは良いが、話が回りくどくて長いのが担任の悪いところだ。

 赤池はどこの大学に行くのだろう。

 勇助たちが通うD高校は普通校だ。おそらく赤池も進学すると思うのだが……。

 あわよくば同じ大学、いや同じ地域でもいい、偶然でも赤池に近づけるチャンスがある大学に行きたい。などと考え始めている自分に気づき、もはやストーカーのようだと自己嫌悪する。

 チャンスなら今も目の前にある。必要なのは──

 雨上がりのにおいがする廊下を渡り切り教室の戸を開けると、思わぬ光景に頭が真っ白になった。

 誰も居ない教室で、赤池戀が一人、席に座っていた。

お支払いとか、お礼とか、こちらのボタンからできます!