うめさん_覚醒2up

TSUCHIGUMO~夜明けのないまち~ 02

02

 赤池だ。

 わかりきっていることなのに、勇助は再確認をする。

 教室に、赤池が、一人で、自分の席に座っている。勇助はそのすぐ後ろの席。机の側面に通学鞄が引っ掛けてある。何をしに教室に来たのかを一瞬忘れてしまっていたが、目的はその鞄だった。

 今ここには、赤池と自分以外に誰もいない。

 赤池は相変わらずタブレット端末を眺めている。勇助には気づいていない可能性がある。

 しんと静まり返った教室。二人きり。

 勇助は右手と右足が同時に出ていることさえ気づかずに、ゆっくりと前へ進んだ。

 チャンスだ。声をかけろ。

 歩きながらシミュレーションをする。

 赤池のすぐ横を通って自分の席に行き、鞄を先に取ってから、そのついでという感じでさりげなく声をかけよう。まずは、どうして一人で教室に残っているのかを尋ねる。反応次第で会話を続け、気持ち悪い奴だと思われないように、自分が今教室に戻ってきた理由を説明するのもいいかもしれない。あ、そこから進路の話になれば最高の展開が期待できるんじゃないか?

 考えている内に、すでに赤池は目の前。少し遅い気もするが、ようやく勇助の存在に気づいたらしい。赤池は視線をちらりと勇助に向け、すぐにタブレットに戻す。

 一気に臆病風が吹いてくる。

 赤池は俺のことなんて相手にしていないのではないか。

 だがこんなチャンスは滅多に訪れない。逃すわけにはいかない。当たって砕けろだ。何も、いきなり愛の告白をするわけじゃあるまいし、軽く話しかけるだけだ。

 チャンスは目の前にある。必要なのは──

 勇気だけだ。

 横目で赤池の姿を見つつ、鞄を手に取る。なんとなく、鞄の中身を少し漁るふりをする。さあ行け! 話しかけろ、勇助!

「あかっ……」

 その時、教室の戸が開いた。

「戀ちゃんごめーん! 遅くなっちゃったあ!」

 赤池の友達だ。キャピキャピした高い声が教室に響く。

 勇助は迷ったあげく、開いていた口をすぐさま閉じ、できる限り急いで自分の席に座った。机の中の物を鞄に入れるふりをしようとするも、机には何も入っておらず、中でガタゴトと腕が虚しい音を鳴らした。だが赤池に話しかけようとしていたことを悟られてはいけないと思い、逆に鞄から机へとノート類を戻していくことにした。ゆっくりと。時間をかけて。

「あの男さあ、会ってみたらあんまりカッコ良くなくてさー。早く帰りたくなっちゃったのに、結構しつこくて」

 赤池の友達は、別のクラスの男子から呼び出しを受けていたらしい。告白されたがタイプじゃなかったらしく、でも逆恨みされても困るからという理由で、やんわりと言葉を選んで断ってきたのだという。赤池はその告白タイムが終わるのを待っていたのだ。

 赤池はタブレットを鞄に仕舞い、ゆっくりと立ち上がった。友達に待たされた文句を言うわけでもなく、勇助に目をくれるでもない。虚ろな顔で、ただそこに立っているという印象を受けた。勇助は、すぐに視線を鞄へ戻す。

 逃してしまった。絶好のチャンスを。

 二人は教室を出ていく。去り際、こんな台詞が聞こえてきた。

「ちょっとぉ。あいつ、戀ちゃんのこと見てたよ。もしかして気ぃあるんじゃない? ね、どう思う? あたし的にはちょっと気色悪《キショ》いかもー」

 勇助は思わず固まった。友達は声を潜めたつもりだったのかもしれないが、そもそも声が大きい所為かこちらに届いてしまった。廊下に出てからも何かしら喋っているのだろうが、わざわざ聞き耳を立てようとは思えなかった。

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