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小説「光の物語」第80話 〜冬陽 7〜

「なんだ、もうシエーヌを追い出されたのか?」
王城に姿を現したマティアスをディアルが笑って迎える。
「人聞きの悪い・・・」
久しぶりに会う従兄弟の軽口にマティアスは顔をしかめた。


マティアスが王都に来たのは、シエーヌの現況と新たな国境線の守りについて話し合うためだ。
水場を隣国に奪われぬよう今のうちから守りを固めておく必要がある。
しかし国を挙げた道路整備は始まったばかり、大きな街道から作業を進めないと人手が足りなかった。


「まずは主要道ではないか?」国王グスタフがマティアスに尋ねる。「これからの季節に山の工事はできまい」
「はい。工事は春を待つことになりますが、今のうちに人員配備の計画を。あの山道での作業は難事です。かなり腕のある者でないと」
「しかし砲兵隊長のノイラートはヴェルーニャ国境に回っているな」
国王は工程表に目を落とす。
「それにノイラートが来れば、従者のゲオルグも参りましょう。奴をシエーヌに近づけるのは・・・」
「ふむ。たちの悪い遊び人らしいな」
ゲオルグはシエーヌの領主ナターリエに失恋の痛手を負わせた張本人だが、伯爵位を継いだ彼女に金目当てで再接近することは大いにあり得た。
自分の素行が露見していることをゲオルグ自身は知らないだけに、なおさら。


「その従者は遠ざけておくがよい。万一のことがあればシエーヌは跡目争いで荒れることになろう。貴賤結婚で生まれる子は相続権を持てぬゆえな」
「はい」
「物騒な隣国を間近に控えた地で内輪揉めをさせるわけにはいかん」
マティアスはゲオルグの仕打ちを知った時のナターリエを思い出していた。
あまりに痛々しかったあの姿。もう二度とあんな思いをしてほしくはない。


「領主のナターリエが貴族と身を固めれば話は早いのだが。まだその気にはならなそうか?」
「陛下、事件からまだほんの数ヶ月です。さすがに・・・」
国王はため息をつきつつ髭を撫でた。「まあそうであろうな。気の毒なことだ」


「ノイラート隊長が無理ならば、副隊長のシラーはどうでしょう?ちょうどブルゲンフェルト国境側が担当ですし・・・」
ディアルが提案し、三人は地図を広げて工程変更の相談にかかった。




「アーベルのばあやの知らせでは、ナターリエ嬢は王立修道院で子供たちに読み書きを教えているそうだ」
国王の執務室を出たディアルが口にする。
「ああ知ってる。今日会ったばかりだ」
マティアスの答えはディアルには意外だった。「そうなのか?」
「ちょっとシエーヌからの届け物があってな」結果思わぬ展開にはなってしまったが・・・わざわざ言うこともなかろう。変に勘繰られてはたまらない。
「元気にしていたか?」
「思ったよりは。だがまだ本調子とはいかないようだな」
あれ以来修道院の外に出ていないというくらいだから、打撃は相当なものだったろう。


「急かすのも何だが、できるだけ早く社交に戻るのが望ましいな。彼女には相応の相手と結婚する必要がある」
マティアスにはその言葉が不思議と癇に障る。まったくなんて気の早い奴だ。「ああ、そうだな」
「彼女に合いそうな相手をアルメリーアに見繕ってもらうかな。行儀見習いをしていたクリスティーネ嬢もいい相手と巡り会えたし」
余計なことを。ナターリエには時間が必要なのがわからないのか?「なるほど」
「物静かな令嬢のようだから、相手も落ち着いた男がいいのかな。本や詩を好むような・・・おい、どこへ行く?」
「ちょっと用を思い出した。またな」
むしゃくしゃしたマティアスはディアルと別れて回廊の先へと歩き出し、ディアルはそんな従兄弟の後ろ姿を首を傾げて見送った。



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