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ふみちゃんよ。幸せおなかいっぱいで逝ってくれ〜 ①

ふみちゃんはわたしのおばあちゃんの名前。
ふみちゃんは小さい。
胃がんで胃をとってからもっと小さくなった。

153センチのわたしはふみちゃんといると
自分がでっかくなった気分になる。
22.5センチの足のサイズのわたしは
ふみちゃんといると、自分の足が大きいと勘違いしてしまう。

ふみちゃんは、四人の孫がいて、上3人男。
そして一番下の孫は女の子。わたしだ。
多分、特別に思われてる。いや、絶対特別。
生まれてから今日まで、 
すごくすごく愛情を注いで来てもらった。
だから、わたしもすごくすごく大好きだ。

そんなふみちゃんが、鬱病になった。

歳も歳だから、認知症かと思ったけど、
どうやら頭に異常はないみたい。
てことは、「心の病気」になっちゃったみたい。

鬱病になってから、
はじめてふみちゃんを見たとき、
ショックだったな。

顔つきが変わってしまっていたから。
わたしが知っている"おばあちゃん"の表情は
跡形もなく消えてしまっていたから。

わたしの目の前で、ポツリと呟いた。
「もうあの世に行ってしまいたい」

その時の、情景は今でも覚えてる。
大好きな大好きなおばあちゃんが
「今、死にたいくらいにしんどいんだ」
と気持ちを共感すると、
苦しくて苦しくて涙が出てしまった。

このまま、死んでしまうんじゃないか。
こんなに苦しいくらいなら、いっそ死んだ方がおばあちゃんは楽なんだろうか。

かける言葉もわからずに、
「わたしはもっと生きてほしいよ」と言ってしまった。言ってしまったと思った。
目の前で死にたいくらいに苦しい人に
かける言葉が「もっと生きてほしい」って
言っていい言葉なのだろうか。

あの時わたしが感じた無力感は一生忘れないと思う。
涙が止まらなかった帰り道の車の中も一生忘れないと思う。

家族が鬱になったとき、
家族が心の病気になったとき
家族ができることはなんだろうか。

わたしができることはなんだろうかと
考えて、考えて、過ぎた日々の記録です。

②につづく。

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