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【小説】魔女の告解室vol,3

前回までのあらすじ
 魔女と人が共に暮らす街。魔法の存在を隠すため、魔女達はいくつもの戒律を作り人と共存していた。
最年少の魔女エレナは、愛する男フーケの妻が、夫を愛していないことを知り、罠にはめて殺してしまう。
 妻を無くしたフーケは悲しみに暮れていた。そんな彼を助けるために、エレナは魔法を駆使して彼を励まそうといている。それを覗く魔女がいた。


第三章  紙と噓


「長老様。こうも遅くまで魔法を使われていてはお体にさわります。どうかお休みになってください」


町にある唯一の図書館。その最奥に位置する館長室は夜更けだというのにまだ明かりが漏れている。人々はこの館長室に置かれた、幅3メートルはあろうかという古い文机に座す、穏やかそうな老人が、世界最古の魔女だということなど知らない。


「すまないね。心配はいらないよ。ようやく希望を見つけたのだから。この時をワシは何世紀と待ったことか……」


窓の外を見つめる、長老の顔の至るところに刻まれた深いしわの上を涙が伝ってゆく。ひび割れ、白くなった唇が涙を含み、潤いを取り戻してゆく。


「こちらに暖かいお飲み物を置いてゆきますので、どうかお体をご自愛くださいませ」


20後半くらいのまだ若い女が静かに告げる。世話人もやはり魔女である。木のコップに手を当てると、湯気が薄い光の筋となって部屋の空気へ溶け込んでいった。世話人が出てゆくと、長老はまとっていた黒のローブを脱ぎ、『魔女名簿』と書かれた5000頁もある古書を開いた。


「神様。あなたの導きに従い、今日まで醜く生き永らえたワシじゃが、遂にあなたより賜った使命を果たすことができそうですじゃ」


長老の瞳は、『魔女名簿』の最後の頁にある、「エレナ・セントフィーリア」の名前を映していた。もちろん最初の頁には長老の名前が記されている。5000頁。途方もない魔女の血脈を示す文献である。名前の下には出生日・出生地・家系譜が詳細に書き込まれており、今ではその名前の大半に黒い横線が引かれていた。


「親愛なるエレナ。明日の正午、図書館にてそなたの来訪を待つ。この老婆めと、ささやかな昼食を共にしてはくれまいか。返事は、ワシのフクロウに持たせるがよい」


手紙を書き終えると、長老は机の置物のフクロウを撫でた。すると、フクロウの目に光が灯り、固く張り付いていた翼が開かれてゆく。今や一つの命を宿したフクロウに手紙を咥えさせると、フクロウは夜の街へ音もなく羽ばたいて行った。

✒ ✒ ✒

「長老にはお見通しだったてわけね、私の罪が。でも、もういまさらよ。あの女は始末したし、それに自白の魔法でも使われない限り、私のことはさばけないわ。その手の魔法はいくら長老でもおいそれと使えるものじゃない。ここで逃げたりなんかすれば、それこそ私が犯人でしたって告白するようなものじゃない」


朝まで悩んだ末、エレナは長老の招待を受けることにした。


「いいこと?エレナ。失礼のないようにね。長老は私たち貴族の魔女を妬んでいるに違いないわ。どんな難癖をつけられるか分かったものじゃない」


貴族など下らない。なぜそんな地位に縋りつくのだろう、母様は。私たち魔女にとって人間の作った地位や名誉などどうでもいいじゃないの。私たちは望めばなんだってできるのに。


「わかっております。お母さま。そつなく振る舞ってまいります」


図書館までの道すがら、彼女は「望めばなんだってできる」という酷く矛盾した考えに胸を痛ませていた。


「噓よ。望めばなんだってできるなんて。私は、心から愛した人と一緒になる事すらできないじゃない!魔女なんて惨めなだけよ。魔法は制約されているし、それに‥。魔法で彼の心を私に向けさせたってちっとも嬉しくなんかないわ。愛する人を奴隷にしてまで自分のモノにするなんて、それこそ狂っている。あぁ。魔女に生まれつかなければよかったのだわ。そうすれば私は彼と結ばれたのに‥。いえ、それも噓よ。例え魔女でなかったとしても、貴族の家に生まれた私と彼が結ばれるなんてことは有り得ない。人の世も、魔女の世もどちらもろくでなしなんだわ。この世界が狂っているんだわ」


18歳にして、エレナは絶望していた。町の娘たちが自由に恋をして、子供を作り、幸せに暮らしている。彼女は実らなかった恋のために、その青春を学問への追求に費やした。


そんなことから、図書館は思い出のある場所だった。魔女の歴史に、人間の歴史。自然の成り立ちや、占星術。特に錬金術の話などは何度読んでも可笑しくて笑ってしまった。人間の大きな間違えが幼いエレナを夢中にさせたのだった。


「錬金術の極致は賢者の石の精製である。その石はあらゆる者を金に変えたり、病気を治したりする力を持つと信じられている。本書は賢者の石を神が想像したものだと言う、蒙昧な輩に苦言を呈するものである。賢者の石は、然るべき素材に加えて、科学の、人間の叡智によってこそ作られる物である。かの錬金術師は……」


と人間の書物にあるが事実は全く異なる。そのことを知ったのは、エレナが幼い頃に、長老に読み聞かせて貰った魔女の絵本であった。


「むかし、むかし……。ある村に若い魔女が人間の夫と二人で暮らしていました。彼女は夫に自分が魔女だということを隠していましたが、二人はとても仲が良く、幸せでした。そんなある年、村では疫病が大流行しました。お金持ちの村長たちは疫病の蔓延のなか、お金欲しさに、村人たちに仕事をさせ続けました。彼女の夫は、糞尿を肥料に変えて畑にまく仕事をしていたので、すぐに病気になってしまったのです。医者に見せるお金もなければ、満足に栄養を取れるほどの食事もなかったので、夫はみるみるうちに弱ってゆきました。彼女は考えました。自分の命で夫の命を救おうと。ついに彼女は、自分の寿命を石に変えてしまいました。しかし、彼女が石になるやいなや、夫は息を引き取ってしまいました。その後、彼女の家から見つかった石は人間に持ち出されてどこかへなくなってしまいました」


その石はどこにいったの?そういくら聞いても長老は答えてくれなかった。仕方なく、他の魔女たちに聞くしかなかったエレナは、そこで恐ろしい話を聞く。


「絵本というのはね、エレナちゃん。教訓が隠されているのよ?」

「きょうくん?」

「そう。教訓。人間に盗まれた石はねぇ、お金に変えられてしまったの。折角命をかけたのにね。それにね、魔女は命の流れを操作しちゃいけないのよ。そんなことをしたら、自然はたちまち壊されてしまうでしょう?きっと天罰が下ったのねその魔女には」

「いいえ、違うわ。人間は醜く汚いというのが、この絵本の教訓よ。魔女は自分たちだけで子孫を残すことができないから、仕方なく人間を利用するしかないのよ。もし天罰が下ったのなら、人間なんかに本気で恋をした魔女を戒めるためだわ」

「ちょっと!やめなさいよ。エレナはまだ子供なのよ?」

「こういうことはねぇ。早めに教えておいた方がいいのさ。年を取ってからじゃ仕方がないからねぇ。あの女のように……。」


✒ ✒ ✒ ✒


図書館の扉をくぐると、世話人に導かれて館長室の向かった。


「エレナ様。お着替えを」


エレナが着ていた黒のドレスに触れると、肩のでる深紅のドレスに変わった。魔女の集いでエレナが着用する正装である。魔女の中で最高権力者である長老との対面を前にエレナは緊張していた。


「私のしたことは間違っていない」


首元にかかった十字架を握ると、エレナは部屋へと入った。


「いらっしゃい、エレナ」


目の前には、エレナが今までみたどんな女性よりも美しい、貴婦人が座っていた。

                                                                                                    (続く)

2020年6月21日   『魔女の告解室』   taiti











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