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サーチ終盤に襲って来たパンデミック_問われるサーチャーの価値観④_コラム024

セミナーを開催します

サーチャー候補向け: 8月3日(火) 19時~
https://peatix.com/event/1984187
サーチャーインタビュー: 8月11日(水) 19時~
https://peatix.com/event/1995622/

先回7月28日の経営者様向けセミナーは満員御礼でした。ありがとうございました。㈱サーチファンド・ジャパンと私からサーチ活動の詳細をお話する場になってます、是非ご参加下さい。

迫りくるパンデミックの恐怖

これまで3回にわたって、いとこ同士のサーチャーペア Buck Jack Capital のケース を取り上げて来ました。2年半もの間、苦労してようやく見つけた理想的な相手との調印直前で、前代未聞のパンデミック襲来です。

蔓延が深刻化すれば、当然のことながら様々な業界が打撃を受けます。特に対面治療を基本とする病院・クリニックなどは、患者さんが来院できなくなれば壊滅的な状況になることは容易に想像できます。

このケースが描かれた2020年2月時点では、米国内で感染被害がどこまで広がるのか見えなかったですが、既にカリフォルニアをはじめいくつかの州がロックダウンされていたことから、その被害が甚大なものになるだろうことは十分予測できたでしょう。

投資先の業績が落ちると言う事は、その直前で合意した買収価額やスキームも変更を迫られます。将来生み出すキャッシュフローを現在価値に割り戻して企業価値が試算される訳ですから、業績が悪くなる、すなわち将来のキャッシュフローが減れば、現在価値も下がると言うことです。

買い手にとっては初期投資を抑えられるので良いことのように思えますが、もちろんそんなはずはなく、事業自体の棄損は、その後の経営のバトンを貰う側にとっては良い情報なはずがありません。特に今回はようなパンデミックの影響がどれほどの大きさなのか、いつまで続くのか予測できない状況です。

投資先企業のビジネスはこの先どうなるのか。 ここまで相手先とかなり親密な関係を築いているとはいえ、Buck Jack Capital の二人には先行きは予想できなかったと思いますが、ここでオーナー夫妻が動きます。

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オーナー経営者はパンデミックにどう対処したか

Despite the increased threat of the pandemic, Ty Shandy reassured Colt and Franklin that the clinic could rely on the same teletherapy technology used during snow days to operate through a local lockdown. In addition, the clinic was outperforming Colt’s original model, with EBITDA growing from an original run-rate of $2.1 million to $2.4 million. 
(意訳)パンデミックの脅威が高まているにもかかわらず、タイ・シャンディは、雪が降って患者が通えない日に使う遠隔治療を使えばロックダウン後も乗り切れることを伝え、二人を安心させた。またクリニックはコルトの当初の財務モデルが示した予測を上回る業績を上げており、EBITDAは210万ドルから240万ドルにまで成長していた。

前代未聞の事態に対して、経営者がどれだけ臨機応変に対応するのか。

こういうときは企業のビジネスモデル云々ではなく、シャンディー夫妻の経営者としての能力が試される場面だったと思います。

この文章を読む限り、大雪時など通院できないとき用の遠隔治療ツールを既にこのクリニックは導入済みだったようです。遠隔オペレーションを全面的に導入し、「これで事業は当面維持できるよ」と示したオーナー夫妻はさすがというか、このご夫婦が、医者としてだけでなく経営者としても優れたペアだと言うことがうかがい知れます。

更に経営者夫妻は、買い手候補であるサーチャーに対しても以下のようなメッセージを送るのを忘れていません。

“Since we opened the new clinic this month, that strategic acquirer started calling us again but we’re honoring our handshake. The closing date is ten days from now. You can’t leave us high and dry again—promise you’ll close?”
(意訳)「今月新しいクリニックをオープンしてから、もう片方の買い手候補からまた電話がかかって来たけれど、あなたちを優先しているわよ。クロージングは10日後。まさか、"また" 私たちを見捨てることはしないでね、きっと契約すると約束してくれない?」

「"また" 私たちを見捨てることはしないでね」というのは、実はパンデミックより前に、別の理由で契約を先延ばしにしていたことがあったのですが、そうした経緯を踏まえてのコメントです。サーチャーとしては、かつて土壇場で待ったをかけた "実績" があるため、ある種のオブリゲーションを感じている訳です。「前回こちらから話を止めたし、さすがにもう一回やるのは相手に申し訳ない」という心理が、この感染危機に相まって、二重三重に彼らを追い詰めているように見受けられます。

売り手側に相手を追い詰める意図があったかどうかわかりませんが、過去の交渉時の実績を踏まえて念を押すのは、ある意味で当然の行為だと思います。

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そして、止めに入る投資家(当然ですね)

“I got a call earlier today from Mitch Cohen,” she told Colt. “He was just getting out of a UVA board meeting and told me, ‘People much smarter than me think we’re going to be living on another planet soon.' He said we should delay, and that, ‘Never have I ever, ever, ever in my life seen anything like this.’”
(意訳)「今日、ミッチ・コーエンから電話があったわ」彼女はコルトに伝えた。「ちょうどUVA(ヴァージニア大学)の理事会から出て来たところだったみたいで、『頭の良い人たちが言うには、人類は近い内に別の惑星に移住することになるだろう』って言ってた。私達の買収は延期すべきで、『こんなことは前代未聞だ』って」。

投資家であるミッチ・コーエン氏は延期せよ(He said we should delay)と仰っる訳ですが、それが一時的な延期なのか、本件そのものをご破算に戻した方が良いとまで考えているのか、ここでは判然としません。しかし、取り乱している様子はよく分かります。このような状態でLOI調印とはいきそうにありません。

最後に迫られる決断

感染症の専門家ですら見通せない状況で、この先を予測はするのは現実的でありません。投資家の言う通り、一旦は延期が正しい判断だと思います。しかし、この延期はサーチャーの二人にとってはただの判断保留ではありませんでした。

Making this decision dispassionately would be difficult. Exhausted from two-and-a-half years of searching—and facing the prospect of running out of money—Franklin concluded, “If we failed to acquire the Shandy Clinic, our search would be over. Do we close on Monday or not?”
(意訳)冷静な判断を下すのが難しい決断だった。2年半に及ぶサーチ活動に疲れ果て資金不足にも直面していたフランクリンはこう結論付けた「シャンディクリニックを買収できなければ、我々のサーチ活動は終了だ。次の月曜日までに決めなければならない、調印か破談のどちらかを」。

なんと、ケース資料はここで終わりなのです。本件の結末が書かれていないのです。MBAのケースというのは、学生に考えたり議論してもらう材料を提供するものですので、敢えて書かなかっただけかも知れません。

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私が同じ立場だったらどうするか

自分事として考えてみます。

この二人にとってベストな決着は「コロナが終息して落ち着いて話し合いが出来る状態になるまで話をペンディングにし、その間の関係をつなぎとめておくこと」だと思います。その際にネックなのは2つ。①断られて相手方に話が行ってしまうこと、②受け入れられてもサーチ活動資金が枯渇すること。

まず①ですが、ここで「結構です、もう一方の相手方と交渉を進めるので」と言われたら確かに御終いですから、中々切り出しにくいのも事実です。しかしこの状況下で「もう一方の相手方」とまともな交渉が出来るかというと、現実には難しいのではないかと思います。

サーチャーにとってこの長い交渉が大変だったということは、売り手であるシャンディー夫妻にとっても同じだったろうと思います。先行きが見えない中でもっと良い買い手が見つかる可能性は高くはないと思います。そんな中で、これまで築き上げてきた関係を解消する可能性は高くはないと思います。

オブリゲーションがありつつも「この緊急事態下でM&A調印するのは無理です、すいませんが待ってください」と正直に切り出した方が良いと思います。

もちろん、それに応じるかどうかは相手次第です。何らかの手付金、つまり破談になった場合にこちらが被るリスクを差し出すことを求められるかも知れません。その手付金の資金と、再開までの活動資金(半年になるのか、1年先になるのか)、この2つを合わせて投資家に示談します。

「これ以上良い企業は見つかりそうもない、この企業で必ず決めるし、相手方も待ってくれると約束してくれている、だからそのための手付金+当面の活動資金を追加で出して下さい」

と、拝み倒すしかないと思います。そして、他の案件サーチを当面停止し、活動費や普段の衣食住に関する出費を極力抑えるなど(どこまでのコストカットになるか分かりませんが)、出来ることはすべてやる。

それが今できるベストな打ち手だと思います。もしこれがダメなのであれば、仮に優先交渉権を保持できなくとも、二番目の交渉ポジションを保持する(いくつか方法はありますが、契約で縛るのは難しいかもしれませんね)。

二人のサーチャーが実際にどんな手を打ったかも書かれていませんので、事実は予測するしかありません。

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本当の結末は・・・

ケースに結末が記載されていませんでしたので、ここからはネット検索からの推測です。

ファンドのホームページは
二人の立ち上げたと思われるBuck Jack Capitalのウェブサイトは現在閉じてしまっています。恐らく活動をしていないと思われます。
http://buckjackcapital.com/

シャンディクリニックのホームページは
現在もクリニックは営業継続しているようですが、経営者としてシャンディ夫妻の写真が載っており(けっこう以前のもののように見えます)、Buck Jack Capitalなど他の経営主体らしき人物や組織は見当たりません。
https://www.shandyclinic.com/

これをみる限りBuck Jack Capitalによるシャンディ・クリニックの事業承継は日の目をみなかったとみてよいと思います(違ったらゴメンナサイ)

苦難の末にようやくたどり着いた理想のお相手からの事業承継が、パンデミック等不幸も重なって時間切れ。サーチ活動を通して得たものを二人が今後にどういかしていっているのかは知る由もありません。

私自身は彼らとは何の関係もない立場ですが、サーチ活動という同じ目標に向けて必死で努力した二人が、将来別の形でもよいので企業経営に携わったり、起業したりして、彼らなりの満足いく方法での成功を勝ち得て欲しいと思います(陳腐な感想でまとめてしまいました)。

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#サーチファンド #事業承継


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