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『オリンピック・デザイン・マーケティング:エンブレム問題からオープンデザインへ』の補遺①

 このページは『オリンピック・デザイン・マーケティング:エンブレム問題からオープンデザインへ』(河出書房新社、2017年)のエクストラコンテンツです。本書に関する基本情報(推薦文、著者インタビュー、まえがき、目次、トークイベント、書評、関連情報など)は http://d.hatena.ne.jp/oxyfunk/20171120 にまとめてありますので、そちらをご覧下さい。

 本書を執筆した動機や狙いは http://web.kawade.co.jp/bungei/1711/ に書きましたが、本書の出発点は2015年夏のエンブレム問題にあります。当時、この問題は「パクリかどうか?」と「出来レースかどうか?」という論点に局所化され、これらがネット炎上論や知的財産権論との関連でしか語られなかったことに本書は強い問題意識を持っています。

 そこで本書はオリンピックをめぐってデザイナーと広告代理店がどのような関係にあったのかを歴史的に整理し、その上で「パクリかどうか?」や「出来レースかどうか?」という論点が持つ意味、そして佐野研二郎さんや野老朝雄さんによるエンブレムが持つ意味を明らかにしようとしました。ネット炎上論や知的財産権論の事例として当てはまる部分だけを論じるのではなく、デザインと広告の歴史のなかでエンブレム問題を捉えることにしたのです。

 発売して一ヶ月半くらいが経ち、ありがたい感想をいくつか頂きました。そのなかでも印象的だったのは、複数の方が「探偵のようだ」と評して下さったことです。著者の専門は社会学なので、これは予想もしない反応でした。

 ある方によると、本書はシャーロック・ホームズとその助手であるジョン・ワトソンのやりとりとして読むことができるそうです。つまり、エンブレム問題という「事件の謎」に頭を抱えるワトソンに対して、ホームズが少しずつ「解」を探し当てるストーリーになっているというわけです。

 ここで本書が具体的に何を書いたのかは触れません。ただしこの感想は、本書が何を達成しているのかを言い当てているように思います。それはワトソンとホームズが同じものを見ながらも、まだ気付けていないワトソンに対してホームズがツッコミを入れているということです。

 つまり多くの人が同じエンブレムを見ていたにもかかわらず、まだ十分には気付かれていない点があった。本書はそれを特定できたからこそ、「探偵のようだ」という感想を頂けたのだと思います。

 また、本書には「丹念な調査だ」という感想も頂いております。おそらくですが、これは当時のエンブレム問題が「見た目」の印象だけで語られていたことを踏まえているのだと思います。エンブレム問題では多くの人びとが「見え方」に関する発言をしましたが、その見解はなかなか収斂しませんでした。

 そこで本書は「見え方」から説明するのではなく、「作り方」と「使い方」の歴史をそれぞれ調べることにしました。そして現在に至るまでの「作り方」と「使い方」のバランスを示すことで、エンブレム問題の歴史的な位置を明らかにしました。

 つまり「見え方」の問題だと思っていたら、「作り方」と「使い方」の歴史から説明できる部分もあった。本書はこれを特定できたからこそ、「丹念な調査だ」という感想を頂けたのだと思います。

 さらに、本書に対して「冷静な書き方だ」という声も複数ありました。おそらく、これは当時のエンブレム問題が「悪者探し」になっていたことを踏まえているのだと思います。エンブレム問題では佐野研二郎氏や電通の高崎卓馬氏を「悪者」扱いする指摘が相次ぎ、当時の関係者はそのまま業務を続けるのが難しくなってしまいました。

 そこで本書は「誰が悪者だったのか」を特定するのではなく、公開された資料から「何が問題だったのか」を調べることにしました。そして誰もが良いエンブレムを作ろうとしたにもかかわらず、誰もが望まない結果に至ったプロセスを明らかにしました。

 つまり誰かに問題があったというより、関係者それぞれの立場でどうしても無視できない部分があり、それらの調停の仕方に問題があった。本書はこれを特定できたからこそ、「冷静な書き方だ」という感想を頂けたのだと思います。

 新しいエンブレムを使ったキャンペーンが行われるなか、エンブレム問題はもう「過去」のことかもしれません。それでは2020年の東京大会終了後に『公式報告書』が刊行される時、エンブレム問題は一体どのように書かれるのでしょうか。

 わずか数行で済まされてしまうかもしれない歴史記述に対し、本書がそれなりに追体験可能な歴史記述になっていることを強く願います。そして本書の登場人物たちが、いつか本書をお読みになる日がやってくればいいなと願っております。

▼関連イベント
『オリンピック・デザイン・マーケティング』発売記念
加島卓+河尻亨一トークイベント「2020年の東京とデザイン」
日時:2018年1月17日(水)19時〜20時半
場所:二子玉川・蔦屋家電
参加費:①書籍付き参加チケット¥2,484(税込)、②参加チケットのみ¥800(税込)
※本書をお読みになっていなくても参加できます。
詳細: http://real.tsite.jp/futakotamagawa/event/2017/12/2020.html

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メディア論、社会学、広告史・デザイン史。『〈広告制作者〉の歴史社会学』、『オリンピック・デザイン・マーケティング』、『文化人とは何か?』ほか。twitter : oxyfunk
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