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「お笑い芸人」は笑わせるのに不利か

 友人とお笑いライブに行ったんです。当然ながら、舞台上の芸人は一生懸命笑わせにきますし、観客もそれなりにウケていました。でも、隣の友人に何となく目をやると、ほとんど笑ってないんです。真顔で舞台を凝視していたかと思えば、ウトウトしている時もある。ライブが終わると私、つい聞いてしまいました。

「つまんなかった?」
「星野が悪いわけじゃないけど、今日のはちょっとな」

 そのあと、私たちは映画を見に行きました。ご存じの通り、映画館では本編の前に他の映画のCMやらNO MORE 映画泥棒やら、短い映像がいろいろ続きます。しかし、そこはちょっとでも客に楽しんでもらおうと頑張るのが映画業界ですから、いろいろ小ネタを仕込んできます。隙あらば軽めのジョークやギャグなんかを披露しますし、短い映像の中にもキチンとフリやオチを入れてきます。とは言え、あくまで小ネタなんで爆笑するというよりはクスッとするくらいのものがほとんどです。いや、全部と言っていいかもしれない。

 ふと隣を見ると、友人はそんな小ネタの数々には笑うんです。こう言っては何ですが、お笑いという目線で見ればライブで頑張る芸人のほうが高度なことをしていると思うんです。新しいお笑いを作ろうと日々心血を注いでいるのが芸人ですから当然です。映画だって手を抜いているとは全然思いませんけれども、小ネタですから1発1発の笑いは弱めですし、ウケの取り方も王道寄りなものが多いです。映画は別にお笑いだけがメインのエンターテイメントではありませんから、それで全く問題ないんです。ただ、友人の反応が気になったんです。「小ネタでそんな笑うなら、さっきのライブでもっと笑ってもよくないか」と。

 何なら映画本編のちょっとしたジョークにも笑うんです。お笑いライブでウトウトしていた人間とは思えません。何だったら、アニメやドラマを見ればギャグパートで普通に笑ってましたし、日常生活でも友人知人の冗談にはとてもよく笑っています。

 映画を満喫した私、どうしても友人に聞いてしまいました。

「映画だとすげえ笑うじゃん。芸人のお笑いにだけ厳しくない?」
「そりゃそうだよ。お笑い芸人は笑わせるのが仕事なんだから厳しくなるに決まってんじゃん」

 お笑い芸人は面白いことをするのが専門の仕事なんだから面白いのがそもそも当たり前という考え方だったんです。一方、それ以外の方々は時に笑わせる必要があるかもしれませんが、必ずしも笑わせなければならない仕事ではない。友人はそこを明確に区別していました。

 人を笑わせるためにはハードルを下げておくほうがいいという考え方があります。「これは本当に面白い話なんだけど」と前置きしてエピソードトークを展開すると大抵地獄を見るのはこのためです。相手を期待させすぎるとロクなことにならないというのは非常によくある話であり、お笑いも例外ではないのでしょう。

 そう考えると「お笑い芸人」という肩書はハードルを上げる効果があるのかもしれません。何しろ肩書に「お笑い」という文字がしっかり入っています。客も無意識のうちに「じゃあ笑わせてもらいましょうか」みたいな姿勢になっているかもしれない。お笑い芸人はどうしてもスベることと隣り合わせの職業ですが、スベる原因として肩書による期待の増加があるのかもしれない。

 お笑い芸人以外の方々はその点では比較的、気楽な立場です。スベればしんどいのは芸人と同じでしょうが、お笑い芸人ほど仕事の評価に直結することはまずありません。せいぜい「あの人、仕事はできるんだけどギャグは寒いよね」くらいなもんです。それに、逐一笑いを狙っているなんて周囲の方々も思っていないでしょうから、時々ポロッと面白いことを言えば思ったよりウケることもあるでしょう。

 たまに役者やアイドル、スポーツ選手などで面白い言動をする方が人気を博します。大泉洋さんとか滝沢カレンさんとか引退されましたけど杉谷拳士さんとか、挙げればキリがありません。そんな方々が面白いのは本人の魅力ももちろん大きな理由ですけれども、「芸人でない」という点も一因になっている可能性があります。お笑い芸人でないのに面白いという意外性がウケている。そういう意味では、お笑い芸人よりも人を笑わせるのに有利な立場ではあります。

 ただ、ひたすらお笑いをやろうとする場合、他業種は自分の業態が足かせになると思われます。見てる側としては「そんなにお笑いして本業は大丈夫?」となりますし、「そんなやりたいなら芸人になればいいじゃん」となるでしょう。単純に「ふざけすぎ」と怒る方もいるかもしれない。お笑い芸人だって、ウケの取り方によっては怒られる場合もあるでしょうけれども、少なくともウケを狙い続ける行為に違和感を抱かれはしない。「芸人だからね」が強力な免罪符みたいになるわけです。そういう意味ではお笑い芸人は特殊な職業であり、専門的な仕事とも言えます。

 笑いを得るのは不利ですが、笑いを得続けようとするのならば有利。それがお笑い芸人という肩書きだと思われます。ただ、総合的に見て有利なのか不利なのか、それとも互いに打ち消し合ってトントンなのか。これは数値化できるものでもないので、何とも言えません。それに、どんな不利な状況でも笑いを取る人は取りますし、実際にそうやって生き残ってきた方々が今でもご活躍です。だから、芸人という肩書きの影響はそこまで大きくないのかもしれませんね。

 そもそも私の友人が特殊な考えの持ち主だっただけという事実に気づきそうになりましたが、何とか見て見ぬふりできました。こんな文章をここまでお読みくださり、ありがとうございました。

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