見出し画像

適当勇者の冒険

 ロールプレイングゲーム、すなわちRPGと言えば、今やゲームの一大ジャンルです。ゲームをする人はもちろん、ゲームを知らない人でもRPGという言葉くらい知っていても全然おかしくない。中でもメジャーなRPGともなりますと知名度は抜群で、ひとつの文化を形成していると言えます。

 私も幼少期からRPGに親しんできたため、RPGの基本システムにはスッカリ慣れています。最近はなかなかゲームをやれなくなってきましたが、それでも「今からRPGをやってくれたまえ」と謎の老紳士から依頼を受ければ、いつでもRPGを始められる状態は維持できていると言っていい。

 しかし、よく考えるとRPGというものは、知らない人にとっては理解するのが大変なシステムかもしれません。敵を倒す、レベルを上げる、お金を稼ぐ、情報を集める、などなど、クリアするためにやることは多いですし、それに伴って覚えなければいけないことも結構ある。面白さを腹の底から理解できるようになるまで、越えなければいけないハードルがいくつも存在しているように見えます。

 実際、私は幼少期に初めてRPGと出会った時、その面白さはもちろん、基本的なルールもよく分かっていませんでした。初めて出会ったRPGは日本RPGの絶対王者こと某ドラゴンクエストでございまして、この絶対王者を絶対王者たらしめた大きな要因のひとつに、RPGを知らない人でも理解しやすいように気を配ったゲームシステムがございます。そんな敷居の低いRPGでも、当時の私はつまずきまくっていました。

 とりあえず、王様から貰ったなけなしのお金を店で適当に散財し、街の外に出ればひたすら遠くを目指して歩き続ける。出てくるモンスターを倒したり逃げたり、効果を理解していない道具を使ってみたりしているうち、HPがなくなって死亡する。そんなことを繰り返していました。「ピンチになったら宿屋に泊まる」とか「経験値を貯めてレベルを上げて強くなる」とか、そういう基本ルールがなかなか理解できなかったんです。

 基本ルールが理解できてきても、迷走は終わりません。最初の街から冒険を始めるも、進行状況が気に入らなかったらデータを消して最初から始めるという、よく分からない独自の遊びをしていたんです。自分でもどうしてこんな遊び方をしていたのかよく分かりませんけれども、まあRPGをまだよく分かってなかったんでしょうね。

 某ドラゴンクエストと言えば、主人公の名前を自分で決められる場合が非常に多いゲームです。ですから、最初は自分の名前を入れて冒険を楽しんでいたんですが、そのうちいろんな名前をつけるようになるんです。「まないた」とか「みちのく」みたいな、ふざけるにしても中途半端な名前をつけたり、勇者に「ゆうしゃ」と名づけて王様に「ゆけ、勇者のゆうしゃよ!」と言わせて楽しんだりしていました。

 不思議なことに、こんな適当に名前をつけていたって、そのうち「次はどんな名前をつけよう」と悩むようになるわけです。名前なんてそこら中に転がっているわけですから、無尽蔵の資源なはずなのに、自分なりに妙なこだわりがあるのかネタが枯渇してしまったんです。某ドラゴンクエストは名前をつけてから冒険の旅が始まるため、私の冒険は始まる前から挫折の危機を迎えるようになったわけです。それも毎回。

 その日も名づけの段階で冒険が止まっていました。しかし、私は冒険するためにゲームをしているわけで、名づけるためじゃないんです。名前なんてとっとと決めて冒険の旅に出たい。無意識の私もそう思っていたのでしょう。コントローラー上で指が滑り、適当な文字をいくつか入力して名前を確定させてしまったんです。王様の前に参上した勇者の名前は「すせそ」、もう適当の極みみたいな名前です。

 この名前でいい感じに力が抜けたのでしょうか。勇者すせその冒険は、ビックリするくらい順調に進みました。道中で変な敵にボコられることもなく、何だったら敵を倒したらちょっとレアなアイテムを拾うわけです。このデータは消すに惜しい。そう思うに充分すぎる成果でした。しかし、名前は「すせそ」です。

 考えた結果、すせそのデータを保存し、すせそとして冒険を継続する決心をしました。より順調な冒険をするために小遣いをはたいて攻略本を買い、ゲームの体制を整えてゆきました。その結果、無事にラスボスを撃破、世界に平和をもたらしました。もちろん、もたらしたのは「すせそ」です。

 でも、長いこと冒険を共にしていると、「すせそ」という名前の適当さに慣れて、ちゃんとした人名として扱うようになるんです。お陰で、今でもサ行の一覧を見るとあの時の冒険が蘇ります。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?