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【好きな落語家、好きなネタ】第7回 三代目桂春団治

4コマ漫画家兼落語作家にして「落語音源コレクター」の顔も持つ私なかむらが、自分の音源コレクションと観覧体験を元に、好きな落語家さんのネタのベタな思い出をひたすら書き綴るコラムです。
第7回は、2016年に亡くなった先代桂春団治師について。

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かつて「上方落語四天王」と呼ばれたのが、六代目笑福亭松鶴師、桂米朝師、五代目桂文枝師とこの三代目春団治師。上方落語ファンの間では長く「三代目」の愛称で親しまれました。

じつは私も、客席から「三代目ッ!」と掛け声をかけたことが一度だけあります。
2005年4月7日、場所は新宿末広亭。今の林家正蔵師がこぶ平から九代目を襲名する記念興行で、上方の落語家が連日ゲスト枠で出演していたのです。
開演前から末広亭の前で1時間近く並び、上手桟敷席の最前列という好位置をキープ。
「声掛けたいな~どうしようかな~」と思っているうちに春団治師の出囃子が鳴って、登場した途端、私の左手に座っていた客が「待ってました!」の声。それにつられるように、私も「三代目ッ!」と続けられたのでした。
この日の春団治師が演じた『代書屋』の一挙手一投足は、今も記憶の中に残ります。あの新宿末広亭という魅惑の空間の魔力かもしれません。

「上方落語四天王」の中で一番最近まで高座でご活躍だったこともあり、東京在住時は熱心に生高座をおっかけた大御所でした。
上方落語特有の三味線・太鼓・笛・鉦によるお囃子演奏とともに見せる、日本舞踊で培った美しい所作の数々。アドリブを一切挟まない、型を寸分も揺るがせにしない展開。まるで上方落語の「様式美」を後世に残すために高座に上がっておられたのか、晩年はそう実感するほどでした。

春団治師は、持ちネタを厳選してすべて「完成品」に仕立て上げた名人でした。言い換えれば、とても持ちネタの少ないのが特徴の一つでもありました。
市販CDシリーズでリリースされた演目は、
★「春団治三代 三代目桂春団治」1~7巻(クラウン、1999年)
『宇治の柴舟』『月並丁稚』『野崎詣り』『子ほめ』『皿屋敷』『高尾』『親子茶屋』『寄合酒』『いかけ屋』『代書屋』『祝のし』『お玉牛』『寿限無』『平林』『有馬小便』
★「ビクター落語上方篇 三代目桂春団治」1~5巻(ビクター伝統文化振興財団、2002年)
『いかけ屋』『祝のし』『豆屋』『皿屋敷』『宇治の柴舟』『寿限無』『野崎詣り』『寄合酒』『お玉牛』『代書屋』『高尾』『子ほめ』『親子茶屋』『月並丁稚』『有馬小便』

てな具合で、ほぼ一緒。違うのはクラウン版に『平林』、ビクター版に『豆屋』がそれぞれ収録されている所だけ。スタッフさん一生懸命探したんだろーなー。
とはいえ、残りの共通14演目の中には『宇治の柴舟』『月並丁稚』『有馬小便』なんてなかなか聴く機会の少ないネタもあるのがおもしろいです。

放送エアチェックで多かったのは、この中では尺が長めだった『皿屋敷』、
夫婦ネタの『祝のし』、お茶屋ネタの『親子茶屋』、仕草が多い『お玉牛』、よくウケた『代書屋』あたりかな。幽霊ネタの『高尾』は『皿屋敷』とかぶるので放送回数が少なくて、さらにいくつかのネタは晩年高座にかけなくなってたはず。

私が生で聴けた(見られた)のは、先述『代書屋』以外では『皿屋敷』2回、『親子茶屋』2回、『お玉牛』、『野崎詣り』、『いかけ屋』、『祝のし』の計9回。『いかけ屋』のマクラに『寿限無』を加えておられました。
一門会の高座とか特別興行の口上などは、いつもと違う春団治師の挨拶が聴けた、その特別感が嬉しかったと記憶しております。

もうひとつ、春団治師の注目ポイントといえば「羽織の脱ぎ方」。上方落語好きの間では定番の話題ですが。
座布団に姿勢よく座って、二言三言しゃべりながら羽織紐をスッとほどき、両袖を引っ張ってそのまま一気にシュッと下に脱いで落とす。脱いだ瞬間、下の着物の胸に大きく付いた抱き紋がパッと現れる。
この「スッ・シュッ・パッ」の一連の動きが、実に見事な「様式美」なのです。

羽織の脱ぎ方の美しさは多くの人が知る所なのですが、それと別に私がある市販ソフトで見つけて驚いたのは、「羽織の拾い方」。
一席終えて、サゲ囃子とともに立ち上がると、座布団の後方に脱いだ形で残っている羽織の襟に、手持ちの扇子の先を差し込み、ヒョイと持ち上げ、クルクルッと扇子にからめて丸めてひとまとめ。
それを抱えてペコリと頭を下げて、お囃子とともに退場する春団治師。
思わず「な…なんてかっこええんやー!」と内心絶叫しました。

とにかく美しくてかっこよかった師匠でした。
こればっかりは一朝一夕で真似できるものではないし、ひょっとしたら書いてるうちに自分の脳内で過剰に美化してるかもしれないので、あんまりオススメできた文ではありませんが、新宿末広亭の「三代目ッ!」の記憶だけは、忘れようったって忘れられません。(第7回・了)

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