見出し画像

コミュニティFMに手を振って 第14話

そして『帯城ナイト 帯城のラジオ放送を盛り上げるためのトークショー』当日。
会場は大勢の観客で埋まっている。客層がまた独特。宮崎の仕事関係者やクライアント、キラーソフトエージェンシーのファン。おそらくこれで6割近く占められている。そしてFMビート関係者や古くからのクライアント、それとFMビートのファンが4割。正直完全アウエーも覚悟していたので、ファンや関係者が4割近く観客席にいることがとても心強い。
本番前のリハーサルは私と会場スタッフのみで行った。宮崎が会場にやって来たのは本番10分前。このまま来なければいいのにと願った瞬間に、気持ちを見透かしたかのように宮崎がやって来た。
 宮崎の隣には局長。まるで宮崎の秘書のようだ。
「司会担当の安原さんです」
局長が宮崎に紹介するが、宮崎はスマホを見ていて聞いているのかわからない。
「よろしくお願いします」
私が言うと、目はスマホのまま「よろしく」とだけ答えた。
「予定通り6時半に始めます。宮崎さん、安原さん、舞台袖で準備お願いします」
 舞台ディレクターは長内。長内の指示に従い私と宮崎は舞台袖へ向かう。宮崎は相変わらずスマホを見ている。簡単な進行表はあるが一切打ち合わせをしていない。
「打ち合わせなしですけど、大丈夫ですか」
 私は不安になり宮崎に聞く。宮崎はやっとスマホから私へと目線を向ける。
「打ち合わせなんかいらないでしょ。帯城のことを話す。ラジオの未来を話す。それだけ。よろしく」
 6時半になり、会場の明かりが消え館内は静まる。音楽が流れ、ステージに明かりが灯される。長内からのキューが出て私はステージに。あれ?私を追い越してステージに行く男。宮崎だ。
「はい、皆さんこんばんは。宮崎でーす」
 宮崎の挨拶にホールは拍手音が広がる。台本では私が登場し、今日のイベントの趣旨を話し、それから宮崎登場と書いていたのに。
「宮崎さん、出るの早いですよ」
咄嗟に私が言うと
「すみません。早くて。でも、早漏じゃないですよ」
 宮崎の下ネタにも笑い声と拍手がこだまする。だけど…会場全体がというわけではない。4割程度は笑っていない。宮崎は立て続けにギャグを飛ばし客席にコールレスポンスを求める。6割が盛り上がり、4割は静まる。その落差はとても異様な光景であった。
「宮崎さん、せっかく椅子も用意されていますので座りましょう」
 このまま宮崎のペースで喋らせるわけにはいかない。私は強引に宮崎を座らせた。
「宮崎さんは帯城生まれ。18歳まで帯城に住んでいました。宮崎さんにとって帯城ってどんな街でしたか?」
「大嫌いでした」
 大好きですとか僕を育ててくれた故郷ですとか言うと思っていたので意外だった。
「東京はいいな。都会はいいなぁって思いながらの子供時代でした。子供の頃には帯城の本当の良さに気づかなかった。これが正直な気持ちです」
 マイナスのことを話してからプラスのトークに戻す。そうすることで相手の感じるプラスへの振れ幅を強くする。宮崎のラジオで話していた会話術を実践している。大嫌いと言いながら、本当に伝えたいことを後に持ってくる。観客からの拍手も気のせいか6割から7割へ増えたように感じる。
「宮崎さんはこの秋、ご自身の会社キラーソフトエージェンシーの帯城支社を創設したわけですが、宮崎さんから見た今の帯城って…」
「酷いです」
 私の質問へ食い気味で宮崎がかぶせる。
「酷いとこばかりですね。帯城は」
「例えばどんなところが?」
「ある旅行会社のアンケートによると、帯城を訪れた人のリピーター率が全国の観光地の中でも下位の方らしいんです。リピーター率の第一位は沖縄。北海道では札幌や旭山動物園のある旭川市は上位なのに。それから帯城には十勝川温泉がありますが、ここも観光雑誌の温泉ランキングでは行きたい温泉も大好きな温泉でもいずれもランキングに入っていません。定山渓や湯の川、登別温泉はランクインしているのに。それにもう一つ。帯城には地元発祥料理や名物グルメが多い。それなのにその知名度が思ったより低い。豚丼、中華ちらし、コーンバターチャーハンなどなど。どれも単体では人気があるがそれが名所として広がっていない。札幌のラーメンやスープカレー。ラーメンだとラーメン横丁が賑わっている。だけど帯城には美味しいものや名物グルメはあるのにそれが単体で終わって連携されていない」
 宮崎のトークが止まらない。そうですよねと合わせるのもイエスマンみたいで嫌だ。だけど、反論するのも違うような気がする。だから宮崎の暴走気味のトークへ頷くこともあるが、時には首を傾げたり、一歩下がってみたり、小さな自己主張をするのがやっと。勢い良く喋り続ける宮崎論。 
「その原因って、ラジオにも責任があるんですよ」
その矛先が突然私に向かう。
「ラジオを聞く人の中には、観光客もいる。レンタカーを借りてカーラジオでFMビートを聞く。だけどずっと音楽が流れている。土曜と日曜って生放送ないですよね。一番観光客が集う土日に生プログラムがない。そんな地域ラジオ。おかしいと思いません?」
 宮崎の掛け声に、拍手と歓声が飛ぶ。その後も地域メディアの在り方を宮崎が語る。地元を愛し、地元経済を回すために、さらには観光客が多く訪れこの町にお金を落とすため地域メディアは地域を盛り上げる役割が必要。それをやらないFMビートは問題である。そう宮崎は捲し上げる。ステージの上のFMビート関係者は私一人。まるで公開処刑にあっている気分だ。
 宮崎の攻撃はまだ終わらない。
「私がこの帯城にキラーソフトエージェンシーの支社を作った一番の理由は、私の生まれ故郷帯城を盛り上げたい。もっと熱い街にしたいからです。FMビートの親会社である帯満亭と帯城電力が不祥事によってその役割を果たせない状況になりました。そこで私は帯城の街を盛り上げるために必要不可欠なラジオというメディアを我々に手伝わせてほしい。そう申し出たのですが…断られてしまいました」
 観客がざわつく。ざわついている中、あえて宮崎は話さない。完全に宮崎劇場だ。
「先ほど私が言ったこと撤回させてください。帯城が大嫌いと言いましたが…それは嘘です。大嫌いだったら、この街に弊社の支社なんか作りません。逆です逆。大好きなんです。帯城が!」
 場内拍手。8割くらいの人の拍手が聞こえる。
「帯城支社を置いた理由の一つは、帯城の経済を活発化させることです。経済の活発化とは何か?いたってシンプル。ここにいる皆さん。そして帯城市民が全員今よりも月に1万円ずつお金を稼ぐのです。私の会社は副業を推進しています。副業にはいろいろな方法があります。時間の都合で話せませんが、今の仕事以外にお金を稼ぐ。パソコンやスマホを使って副収入を上げることは難しくありません。月1万円って言うと大変に聞こえるかもしれませんが、1日にして300円ちょっと。これは誰でもスマホで得られる副収入です。帯城市民全員が月1万円の副収入を得る。するとどうでしょう。帯城の人口は20万人ですから月にして20億円も市民の収入が増えるわけです」
 静まる会場。
「インターネットからの収益ですから、帯城市外からの入るのがほとんど。年に240億円。これだけの収入が帯城市に入る。経済が大きく回るのは火を見るより明らかです!」
 さらにIT長者の帯城市民計画。今使っていない市役所の旧社宅をフリーランスのIT関係者に無償提供すべきと提案する。
「私のSNSには何万人とフォロワーがいます。その中にはWEBデザイナーやイラストレーター、アフィリエイターなどフリーランスで生活している人が多々います。テレワークなんて言葉ここ何年かで聞いた方もいるでしょうが、彼らはそのずっと前からテレワーク生活をしています。日本や世界を旅しながら仕事をする人もいますし、今日はスタバ、明日は公園のベンチって自由気ままに働いている人も多いのです。そして彼らのなかには、機会があれば北海道に住みたい人も多いんです。ですから彼らの受け口を用意する。住居をタダにして市民になってもらう。タダでも市は潤うんです。なぜかわかりますか?そう彼らは大金持ち。多くの税金を市に落としてくれるのです」
 宮崎の独壇場。帯城のラジオを盛り上げる話はどこ行った?宮崎は帯城の未来を語りまくる。こうすれば経済が回る、金持ちになると。それはまるで政治家のようだったり宗教の教祖だったり。観客は宮崎の話に引き込まれる。宮崎がさまざまな説や案を唱え、手を振り上げると、それに合わせて観客も拍手や歓声を上げる。私は合の手すら入れられない。そしてこの人に任せたら帯城は大きな街になるのでは?と錯覚しそうに…そんなわけがない。
宮崎が参入して既存の番組が全てなくなった名古屋東エフエム。関係者に話を聞きたくて、ネット内を探しているうちに、元社員で昼の生番組を担当していた飯塚さんという男性と連絡が取れた。最初は私のことを警戒していたが、今のFMビートの状況、そして私の正直な気持ちを伝えると、話がしたい。と連絡先を教えてくれた。
「最初は番組のスポンサーになりたいと局にやって来ました。30分番組を購入してくれたのですが、通常番組の倍以上の料金を支払ってくれたんです。彼はラジオが大好きで、だからこそ応援したいと熱く語りました。その頃スポンサー収入も手詰まりでして、我々の給料も滞り始めていたんです。そんな時でしたから最初は救世主かと思いましたよ」
 救世主はたびたび局に訪れスポットCMを購入。知り合いのクライアントを紹介してくれる。
「ラジオには可能性がある。その可能性を私は後押ししたい」
 そのうち宮崎は局の非常勤職員となる。
「給料は確か月4万だったと思います。本人は無給でいいと言ってましたが、気持ちだけでもとこの金額になったはずです。でも宮崎は4万どころじゃない利益をどんどん局に運んでくれる。週1ペースで局に顔を出すのですが、彼が来るたびに新しいスポンサーが決まり、新しい仕事の案を持ってくる」
 宮崎は局の救世主。スタッフは誰も宮崎を疑わなかった。当然ながら宮崎の立場はどんどん強くなる。
「次々増えるクライアントは、こぞって宮崎を局長にすべきという。その頃には局長の権限も権威もなく、実質宮崎がトップみたいなものでした。スポンサーが増えるたびに宮崎の色がついた番組が増えていく。おかしいなとは思いましたが、広告収入が増え我々の給料も出る。そしてある日、局長が夜逃げ同然に名古屋から消えました。後で聞いたのですが宮崎個人からかなりの金額を借金していたそうです。ある時払いの催促無し。しかも無利子でどんどん貸してくれたらしいです。いくら利息がないと言っても全く返済できる見通しがないまま借金が増える一方。そんな時、宮崎は局長に借金の棒引きを提案した。その条件は『局の経営権を宮崎に委託する』という契約書を書かせた。局長はその条件に従い、姿を消しました」
 宮崎が名古屋東エフエムのトップに立つと、局の方針も一気に変わる。
「局長には宮崎の息のかかった人間がなりました。外部から3人スタッフが入り、大変なことになったと気づかされました」
 番組改編や局の営業を動かすのはこの3人。この頃になると宮崎が局に来る回数は一気に減ったそう。
「私はまだこの時、ほんの少しでも宮崎の言った言葉。ラジオが好きを信じたいと思っていました。悪いのは外部から来た3人。宮崎に話せば何とかなるのではと…」
 実際たまに訪れる宮崎に相談すると、親身になって話を聞いてくれたという。
「宮崎は言うのです。悪いようにはしないから。俺を信じてくれと。だけど、局はどんどん宮崎の思いのまま。一人また一人とメンバーが離れていき、私の番組も終了。その時でさえ、宮崎は悪いようにはしないからと言いました。悪いようにしかならなかったのに」
 局を追われた飯塚さんは今ラジオと全く違う仕事をしているそう。
「あの男には気をつけろ」
 飯塚さんが、電話を切る間際にこういった。
「安原さん。もしかしたらもう手遅れかもしれませんが、もし宮崎と話す機会があるのなら、負けないでください」
 負けない。そうだ。まだ負けてはいけないのだ。
 
 イベントは宮崎の独壇場。帯城のラジオについて語るというテーマはどこへやら。宮崎は帯城市民がお金持ちになる方法を話し続ける。会場内も途方もない宮崎の話に耳を傾け続ける。ラジオがどうした。宮崎ファンかアンチかなんて関係のない空気だ。時計を見ると終演時間10分前である。このまま終わってしまえば宮崎の思うつぼ。何か言わなきゃ何か…。
私は宮崎に聞く。
「あのぅ宮崎さん」
 気持ちよく喋る宮崎の言葉の途中に大きな声で遮る。
「宮崎さん、帯城を好きなんですよね?」
明らかに不機嫌な顔をする宮崎。
「帯城は嫌いだって言ったり好きだって言ったり今日のこの時間の中でも何度も意見が変わっていますが、要するに帯城が好きなんですよね?」
まるで子供が先生に質問するような、そんなトーンで私は聞いた。宮崎は子供に諭すように答える。
「私は帯城が大好きですよ。だからこそ…」
 観客に訴えようとする宮崎を私は遮る。
「じゃあ宮崎さんにひとつ質問させてください」
「質問…ですか?」
「宮崎さんは帯城の何が一番好きですか?」
ポカーンとする宮崎。私はもう一度言う。
「宮崎さんが帯城で一番好きなものをお答えください」
 宮崎は少し困った顔をした。
「一番好きなものと言っても答えるのは難しいですね」
「どうしてですか?」
「何度も話していますが帯城はいい街です。食べ物もおいしいし温泉や観光施設も充実している。人だっていい人ばかりだし気候だって春夏秋冬がはっきりしている。ほかにも…って言いきれないほど。帯城にはいいところがあります」
 そういって会場にポーズを決める。これを決めると会場から拍手が来る。はじめは6割程度だった拍手が今では、会場のほぼ全員が拍手をする。それでも私は宮崎と拍手を遮ってやる。お前のペースにさせるものか。負けない。私は負けない。
「宮崎さん、人の話を聞いていますか?」
「はぁ?」
「私の質問は、帯城の何が一番好きですかですよ。帯城の好きなものを一つだけ答えてください」
「だからね。一番と言ってこれですって簡単に言えるものではないんですよ」
 あれ、宮崎少し動揺している?これまでの自信満々の表情が少し崩れた。行くなら今だ。
「昔見た映画で、ある女性に2人の男性がプロポーズしたんです。1人はイケメン。もう1人は見るからに冴えない男。女性は2人に言いました。私の一番好きなところはどこ?イケメン君は、性格が良い、自分と相性が合うなど幾つもいいこともペラペラと喋る。だけど一番好きなところを言ってくれない。そしてもう1人の男は、こう言ったんです。あなたの笑顔が一番好き。そして幾つになってもお婆ちゃんになってもあなたの笑顔を一番好きと言える自信がある」
 宮崎はポカーンとしている。宮崎だけじゃない。観客も。そうなることはお見通しだ。私は続ける。
「実はそのイケメン君。結婚詐欺師だったんです。調子のいいこといっぱい喋ったけど、結局女性の一番好きなところという質問に答えられなかったんです。女性のこと好きじゃないから」
 私は深呼吸をして、宮崎の目を見て、大きな声で言う。
「詐欺師ですからね」
 宮崎は目を丸くして、一瞬固まる。
「宮崎さん、もう一度聞きます。宮崎さんが帯城の一番好きなところ。言ってください」
 不思議なものである。食べ物でも自然でも人でも、何でもいいからそう答えたらそれで終わっていたかもしれない質問で、一気に形勢が逆転した。
「だから何度も言うように…」
 宮崎に講釈は言わせない。
「つまり宮崎さんは、帯城の一番好きなところを言えないってことですね。映画の中で女性の一番好きなところを答えられなかった詐欺師と同じで」
 宮崎の鼻の穴が大きく広がる。怒っている。絶対に怒っている。そりゃそうだよね。怒らせるために言っているのだから。怒ると人は理性を失う。理性を失った宮崎は私に言う…というか怒鳴る。
「じゃあお前が言ってみろ。お前は帯城の何が一番好きなんだ?」
「お・ま・え?」
 まるで、お・も・て・な・しと言ったあの人のように、わざとゆっくり言ってみる。もっと怒れ、宮崎。
「お前だよお前。お前の一番好きな帯城を言ってみろ」
「お前じゃわかりません。名前で言ってください」
「え、あっ」
「私はずっとあなたのことを宮崎さんって呼んでいます。宮崎さんも聞きたいことあるなら私の名前呼んでいただけませんか」
「いや、あのぉ、ちょっとド忘れしちゃって」
 宮崎は狼狽している。
「日本の経済のことや帯城市のいろんなデータがしっかり頭に入っている宮崎さんが、目の前の私の名前を忘れたんですか?あなたが大好きなラジオ局のパーソナリティである私の名前。今日一緒にステージに立っている、たった一人の名前。宮崎さんは忘れたんですか?」
「いや、あの…」
「忘れたんじゃなくて覚える気がないんですよね。あなたがラジオ局を自分のものにしたら、私なんて切るつもりだったんですから」
「お前、いい加減にしろ」
「だからお前って誰ですか!」
 ホントは足がガタガタ震えていたよ。宮崎に殴られるかも。そう思ってドキドキしていたよ。でも引き下がれない。私の本気を宮崎も感じたのだろう。少しトーンがダウンした。
「名前を忘れたことは謝ります。だから答えてください。あなたが帯城の一番好きなところはどこですか?」
 私は答える。嘘偽りない答えを。
「空です。私は帯城の青空が好きです」
 私が答えた瞬間、宮崎は演技かかった笑い声を上げる。
「空?青空?私に向かって散々喧嘩を吹っかけて、お前…いや、あなたの一番好きな帯城は青空ですか?」
「はい。そうですよ」
 私は自信満々に答える。宮崎のわざとらしい笑い声がまだ続く。
「空ってあなたね。そりゃ帯城の自然は魅力的ですからね。だけど一番好きなものは青空ですって、そんな人が帯城のラジオパーソナリティをしているなんて笑わせますねぇ」
 宮崎は会場の同意を求めようとする。だけどさっきまでのコールアンドレスポンスは起こらない。
「以前私のラジオで、帯城の一番好きなところはどこ?という募集したことがありました。豚丼とか音楽とか温泉とかいろんな意見が出ましたが、一位は青空でした。街頭アンケートにFAXやメール。1000人を超えるアンケートの結果、およそ6割の人が青空と答えました。もちろん私も帯城の青空が大好きです。ということで、お時間になりました。帯城ナイト。この辺でお開きにしたいと思います。帯城の一番は何と聞かれ答えられないばかりか、6割の人が一番と答えた青空という答えをバカにして、大きな声で笑い飛ばした宮崎さん。今日はありがとうございました」
 そう答えて私は一目散にステージから逃げてやった。
 1人取り残された宮崎。会場からは5割くらいの拍手の音が聞こえたような気がした。
 
 これで一件落着…なわけがない。大変なのはこれからだ。控室に戻ると、長内と野本がいた。2人とも何とも言えない顔をしている。足がガクガク震えている私に気づいた野本が椅子を用意してくれる。ありがとうを言う余裕もなく私は座る。長内がペットボトルの水を私に差し出す。やっぱりありがとうも言わずに、それを飲もうとしたが、手が震えペットボトルを落としそうになる。なんとか水を口に含めやっと心が落ち着いて、ありがとうとお疲れ様を続けて言う。長内と野本は何も言わないが目は優しい。私はつい笑ってしまう。それと同時に2人も笑う。3人で笑っていると、野本のスマホが鳴る。
「TAIZENさんからLINE」
私に見せてくれる。
「安原、ロックじゃねーか!」
 相変わらずのTAIZENだ。言葉知らねぇのか。ロックって何だよ。生意気だし腹が立つ部分もあるが、青空が好きな男だ。ロックじゃねーかは、誉め言葉として受け取ろうと思う。もう少しこの時間に酔いしれたい気分だったが、ヤツがそうはさせてくれない。
ドカドカドカ。
うるさい足音が近づいてくる。顔を見なくても誰の足音かわかる。
宮崎と、そして局長がやって来た。宮崎は私を睨む。
「お疲れさまでした」
 全ての感情を押し殺しての言葉。もちろん目は笑っていない。私達は会釈をする。長い沈黙。会釈をしたまま私は下を向いている。宮崎の言葉を待っているが、なかなか話し出さない。1分以上は沈黙が続いた。このまま沈黙が続けばホールの利用時間で帰れるかも。私は時間稼ぎのためにずっと下を向いていたが、もちろんそうはいかない。
「やってくれましたね」
振り絞るような声で宮崎が言う。
はい。確かにやってしまいました。自分でもわかっています。あなたのプライドをズタズタにした罪は償います。
「この度は台本にないことを話し、不快な思いをさせてしまい大変申し訳ありませんでした。弁解の余地はございません。この責任は取らせていただきます。上司の指示に従います」
私だって覚悟している。上司にクビと言われれば、そのまま辞めるつもりだ。
「クビだ。お前なんかクビだ」
予想通りそう叫んだのは宮崎だ。またお前と言われた。私の名前を覚える気がない。だから私も宮崎の名前は知っているが、言わないことにする。
「あなたに私をクビにすることはできません」
「なんだと」
「あなたはクライアントですが、私の上司ではありません。だからあなたが私をクビにする権限はありません」
「お前、誰に向かってモノを言っていると思っているんだ!」
 相変わらず私をお前と呼ぶ宮崎は、ここ最近スポンサーになった企業名をスラスラ言う。私の名前は憶えていないのに。
「最近決まったクライアント。全て私が取ってきたクライアントだ。宮崎さんが関係するラジオ局ならぜひ!とみんな協力してくれたんだ」
 お前ら知らなかっただろうと言いたげなどや顔宮崎。そんなのわかっていましたよ。
 宮崎はFMビートの収支をベラベラと話す。現在の局の広告収入の85%が宮崎関連の企業。
「つまりわかるかな。お前達に支払われている給料も、FMビートが運営できているのも、全て私がいるからだ」
俺がいなければ局は潰れる。これを言えば私がひれ伏せるとでも思っていたのだろうか。私が何も言わず無表情で宮崎を見つめると、その表情が癪に障った様子だ。
「いいか。お前達がラジオを続けられるのは、俺のおかげなんだ。俺のおかげでこれだけの企業が広告を出している。私が手を引いたら、お前達どうなるのかわかってるだろう」
 脅しているのはわかったが、もう足は震えないし、水をいっぱい飲んだから喉も乾いていない。
覚悟はできている。それを言葉にするだけだ。そう思っていると、私より先に長内が言葉を発する。
「宮崎さんが取ってきた企業のCM。作りたくないです」
「私も」と野本。
予想外の言葉に、宮崎は動揺している。
「お前ら、3人まとめてクビにするぞ」
「だから会社の人じゃないあなたに私達をクビにすることはできないんです」
 またあなたと言ってあげた。宮崎の顔はゆでだこのように真っ赤。これ以上言い合っても意味がないと悟った宮崎は切り札を切る。
「私はあなた達の上司ではない。その通りだね。じゃあ上司にクビを切られなさい。沢村君」
 宮崎は沢村の肩を叩く。
「そうですね。ここまでこじられたら仕方ない。辞めてもらいましょう」
 沢村の言葉を聞き、宮崎は満面の笑みを浮かべる。しかしその笑みは次の言葉であっという間に消え伏せる。
「宮崎さん。FMビートのスポンサーから降りてください。あなたの連れて来た全ての企業と共に」
「おい、お前自分が何を言っているのかわかっているのか」
「十分すぎるほどわかっています」
「沢村、俺が降りたらFMビートは間違いなく潰れるぞ」
「そうなるでしょうね」
 局長はいつものように無表情。宮崎に何を言われても表情を崩さない。
「おい沢村。俺が撤退したらこいつらも守れないし、お前だって路頭に迷うんだぞ」
「そうなりますね」
局長は全く動じない。動じているのは宮崎一人。
 少しの間が空き、宮崎の生ツバを飲み込む音が室内に響く。
「沢村…正気なのか?」
「はい。正気です。今日のイベントではっきりしました。宮崎さん、あなた帯城のこともFMビートのことも好きじゃありませんよね。帯城を好きじゃない人に、ラジオを愛していない人に、この局は渡せません」
「渡せねぇって、俺が手を引いたら局は潰れてしまうんだぞ」
「潰れてしまう前に、こっちから潰してやります」
「おい…」
「あんたに局を乗っ取られるくらいなら、こんなラジオ局。潰れてしまえ!」
 いつも感情を表に出さない局長が、初めて声を荒げ宮崎に思いを訴える。
 局長が発したのは言葉だけ。もちろん手を出してはいないが、普段と全く違う局長の口調に宮崎はまるで殴られたかのようにフラッとよろけ、近くにあった椅子へ腰かける。
「沢村…いや、かっちゃん。潰れてしまえば無いでしょ。潰れてしまったら君の部下達は路頭に迷うし、かっちゃんだって」
「まっ、何とかなるでしょ」
 驚くほど狼狽した宮崎の姿を見て局長は冷静さを取り戻す。そしていつもの口調で、宮崎に、それから私達に向けて語り始める。
「宮崎さんが局にやって来て、いろいろな話を聞きました。私も局の運営継続のためには宮崎さんの力が必要かなと感じたこともありました。だけど…それは局のためというより、私のため。私の人生を保身するための考えでした。帯城電力があんなことになってしまって私の出世の道が完全に断たれてしまいました。そんな時に幼馴染みの宮崎さん。いえ…しげちゃんがやって来ました」
 宮崎広重でしげちゃんか…。こんな状態なのに、そんなこと冷静に考えている自分が不思議だった。
「しげちゃんはFMビートの電波が欲しい。局が続けば私の仕事も安泰だ。はじめはそう考えていました。だけど、しげちゃんや私のチャンスのために、FMビートを使うのはおかしいと思い始めました。FMビートは帯城市民のための放送局。地域のクライアントとパーソナリティ、地域のボランティアやスタッフが作り上げる番組に地域のリスナーが耳を傾ける。それがコミュニティFM。と偉そうなこと言ってしまいましたが、それに気づいたのがつい最近のことです。局長のくせにお恥ずかしい限り。私がもっと早くそれに気づいていればこんなことにならなかったかも」
 そう言って局長は宮崎に頭を大きく下げる。
「期待させるだけ期待させて、肯定するだけ肯定し、最後の最後に裏切る形になってしまい申し訳ありませんでした」
「おい、やめてくれよ。かっちゃん…」
 そう言ったきり宮崎は俯く。泣いてはいないようだが、この男にも少しは心というものがあったらしい。宮崎は何かを言おうとしたが、何を言っても嘘になると思ったのか、または新たな嘘を作ろうと考えているのか、そもそも嘘しかない男にとってここでできる最良のことは言葉を発しないこと。そう思ったのか、宮崎は局長の肩を一度だけ軽く叩き、そして我々三人へ軽く手を挙げ、控室を後にした。
 我々に謝る気はないようだ。でもこれ以上攻撃する気もないらしい。

#創作大賞2024 #お仕事小説部門

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?