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コミュニティFMに手を振って 第12話

その男は局長と共にやって来た。宮崎広重。47歳。株式会社キラーソフトエージェンシーCEO。帯城市出身で高校卒業後東京へ。IT会社に勤務後独立。10年前にキラーソフトエージェンシーを創立した。WEB制作や動画コンテンツ、イベントの企画制作などを運営している会社のようで、6年前に大阪、3年前に名古屋と福岡に支社を作り、今年の秋、帯広に北海道支社を作ったばかり。資本金や取引先の企業名を見るだけでも、その規模の大きさはわかる。そんなすごい人がなぜFMビートに?
「かっちゃんとは幼馴染でね」
 かっちゃんって誰?照れくさそうに局長が手を挙げる。沢村勝。勝と書いてまさると読むが、子供の頃はかっちゃんと呼ばれていたらしい。
「僕とかっちゃんは同じ小学校で僕が一つ上。毎日遊んでいた仲なんです」
 宮崎社長は「○○組のものです」と冗談で言われても信じてしまうような見た目なのだが、喋り始めると人懐っこい目をして和やかな雰囲気が漂う。大きな会社の社長さんが、吹けば飛ぶようなラジオ局の局長さんと幼馴染だったなんて。えっ、あれ…もしかして?
「我が社は東京に本社がありまして、大阪、名古屋、福岡に続く4社目の支社を帯城市に作りました。社内では反対意見も多かったんですよ。なんで札幌じゃないんだって」
 確かに。
「でも僕は帯城で生まれ帯城に育ててもらった。ここで育った18年間がなければ今の自分は無いと言っても過言ではない。だからこの街でビジネスを展開させたい。そう思い帯城支社を作ったのです」
 帯城支社には本社からの出向社員が3人。現地で募集した2人の5名という小規模からスタートさせるという。
「うちの仕事はインターネットを使ったものが多いのですが、この世界って詳しい人と詳しくない人の差が激しいんです。スマホやタブレットを使いさまざまな娯楽や出会い、ビジネスチャンスが広がることを知らない人が多すぎるのです。だからその可能性やチャンスの出会いを我々が提供できたらと思っています」
 宮崎は何枚かのパンフレットやチラシを見せてくれる。私達はそれぞれ興味を持ったチラシを手に取る。局長は取らなかった。チラシの内容より種類の数量でまず圧倒される。ホームページ制作やプロバイダーやメルマガ取得といったものから、60代からのパソコン・スマホ教室、小学生でもできる動画編集、スマホ一つで副収入、WEBで営業、電子書籍の作り方…これだけでも宮崎の会社の規模の大きさを感じるが、見れば見るほど何をやっている会社なのかわからなくなる。
「WEB主流の世界になり、大手広告代理店の広告収入もインターネットがテレビを抜く時代ではありますが、先細ったツールだって、やり方次第で日の目が出るんです。新聞とか雑誌とか…ラジオとかね」
 一瞬宮崎の目が光る。
「帯城に支社出して、FMビートには挨拶をしたいと思っていたのですが、かっちゃんが局長とはね。近いうちに広告の相談もさせてください」
 宮崎は深々と頭を下げる。ほぼ一方的に喋り続け、私が出したコーヒーに口をつけることなくおよそ30分で宮崎は局を後にした。宮崎の拠点は東京だが、しばらく月の半分程度帯城にいるらしく、その本気度を感じる。というか、キラーソフトエージェンシーの業績がどうのは私には関係ない。それより「近いうちに広告の相談もさせてください」このフレーズに私達は浮足立つ。
「広告費結構期待できるのでは?」
私が言うと、
「結構どころじゃないかもね」 
と野本。
 だけど…。私達はあらためて山のようにテーブルに置かれたチラシを何枚か手に取る。
 
・1日5分スマホチェックをするだけで、誰でも月30万円稼げる極裏テクニック
・1日30分の動画視聴時間を確保するだけで月収300万円稼げるビジネス
・FX自動売買ソフトプログラム講座
・せどり革命。宝の山がうようよ眠っている場所教えます
・ハゲでデブの安月給40代サラリーマンが、モデル級の20代女子をモノにした「スーパーキラーLINE術」
・法律に従ってある動きをするだけで、自然に貯金通帳にお金が増える極意塾
・あるものを持って出かけるだけで1日1万円がもらえるグレーな方法
ううん、怪しすぎる…私がそう感じていると
「まっ、怪しくても金出してくれるなら」
 と長内。我々は局長の顔を見る。普段ならお金になりそうな案件なら、目を¥マークにして躍起になる局長が随分と冷めている。幼馴染みだから?
「金だけ…かな」
 局長が捨て台詞のように呟いた言葉がずっと私の頭の中に残っていた。
この日の夜。
私は、インターネットで宮崎のことを調べてみた。
キラーソフトエージェンシーと打ち込むと、
キラーソフトエージェンシー 詐欺
キラーソフトエージェンシー ねずみ講
キラーソフトエージェンシー 洗脳ビジネス
キラーソフトエージェンシー 悪評
キラーソフトエージェンシー 危険
見事なまでにマイナスイメージの項目が並ぶ。
次に社長の宮崎を検索する。
これがまたひどい。詐欺師、騙された。身ぐるみ剝がされた。親身なふりして近づいて気が付いたら全財産を…などなど。
人の噂なんか全部鵜吞みにする必要はない。
全部本当ではないだろうが、火のないところに煙がたつはずない。その中でも特に気になるのが洗脳ビジネス。
宮崎は情報商材と呼ばれる媒体で、数多くのマニュアルを発売している。
それらは、価格が万単位と高額なのだが、その後行われる購入者向けのセミナーやコンサルタントがさらに高額。万単位のマニュアルを購読した人には、特別ご招待としてセミナーやイベントのお誘いが届く。その価格が数10万だったり100万単位なんてものもあるらしい。そして一度でも商品を購入したりイベントに参加した人へは、次々と「お得な情報」の案内が届く。掲示板やSNSの中には、「1000万円以上騙し取られた」と書き込まれたものもあった。
 この手のビジネスの場合、『騙す方が悪いが騙される方も悪い』という言葉を聞くことがある。
 楽して儲かる
 簡単に儲かる
 誰でも儲かる
 そんな口車に乗るからいけない。もっともだが、そもそも騙す方は絶対に悪い。宮崎は騙しているのか?悪い人なのか?悪い人だったら…。
「安原さん、これ見た?」
 長内のAMビートの放送中、放送準備をする私に野本がスマホの画面を見せる。そこに書かれていたのは
『名古屋東エフエム乗っ取り?』
 記事によると1年前、キラーソフトエージェンシーのスタッフ2人が名古屋東エフエムの親会社・株式会社ナソットの取締役に就任したという。ナソットはラジオ局とフリーペーパー、自社ビルの運営をしていたが経営悪化。名古屋東エフエムのクライアントであるキラーソフトエージェンシーが同社の株の半分以上を取得。ラジオ制作部長に息のかかった人間を採用し、番組改編で既存の番組のほとんどを終了させた。そしてこれまでと全く異なるジャンルの新番組が続出。番組の多くは、キラーソフトエージェンシーのビジネスに直結するようなものばかり。宮崎も「前向きラジオ」なる番組を担当。「前向きラジオ」はWEBでも配信されている。
 野本と私は、先週の放送を聞いてみる。
「悩んでいることがあるなら、悩みが解消した時にその悩みが笑い話として話せる時のことを想像しましょう。あんなに悩んだのに、あんなに苦しんだのに今となっては笑い話だね…と。そんな少し未来に笑い話になることをあなたは今悩んでいる。そう考えたらあなたの悩みなんてちっぽけなこと。そう思いませんか?」
 番組は終始こんな感じ。意味がありそうで意味がない。深いのかもしれないが、正直言って私の心には響かない。だけど宮崎信者の心にはバンバン響くのだろう。
 野本が言う。
「私は好きじゃないけど、好きな人の気持ちわからなくもないわ」
 野本はTAIZENの信者。私が聞いても1ミリも心に響かない歌や言葉に心を動かしている自分を、あえて自虐的に表現したのだろう。
「好きな人の気持ちわからなくもない」
 好きな人は好きでいい。だけど、その好きな人を増やすだけのツールにラジオを使って欲しくない。宮崎の「前向きラジオ」では、多くのCMが流れる。月1万円からの財テク講座やスマホでゲームをするだけでお小遣いを稼げる裏テクニック、心の悩みを解消できるお守り、身につけるだけで運気が上がるペンダント…。聞けば聞くほど如何わしさ満載だが、「前向きラジオ」で心が前向きになっているリスナーにとっては、救いの声に聞こえるのか?
 さらに番組内ではこんなPRも。
「来月13日に異文化交流会を行います」
 名古屋市内のホテルで開催される交流会の参加費は3万円。特別ゲストと紹介される人の名前は全く聞いたことがない人ばかりだが、さっきのCMで名前が出ていた人達だ。
 
続いて名古屋東エフエム関連の掲示板をチェックする。局を絶賛する人、誹謗する人。どっちの書き込みも溢れているが、その中で「昔の名古屋東エフエム」というカテゴリーを見つけた。ここでは、キラーソフトエージェンシーが参入する前の名古屋東エフエムのファンが、過去の番組やパーソナリティのことを書きこんでいる。
 金曜夜の「BANBANナイト」のファンでした。DJの坂東さんって今何しているんでしょう?また聞きたいです。
 「朝です名古屋」を毎日聞いていました。あの番組を聞きながら家事をするのが私のルーティーンでした。
 日曜日に放送されていた名古屋ジャズ研究会の番組好きでした。
 この人達は純粋に名古屋東エフエムのファンであったのだろう。このカテゴリーだけは誹謗中傷コメントがないが、それほど盛り上がっている雰囲気ではない。つまりファンはいたが、それほど多くない。自分で言うと辛いが今のFMビートと一緒だ。名古屋東エフエムはキラーソフトエージェンシーに買収され、宮崎の傘下になった。そしてFMビートも、今…。
 その何日か後の午後1時。宮崎が局長とともにやって来た(長内が朝の放送を担当することになってから、会議は午後1時に変更している)。
「今日は番組改編についての話を持って来たんだ」
 番組改編?局のスタッフでも、現時点ではクライアントでもない宮崎が番組改編などという言葉を使い、私達は緊張する。
「かっちゃん、いや、沢村局長には何回か話をしているのだが、自分の一存では決めれないの繰り返しでさ。で、君達現場スタッフに直接話をさせてほしいと頼んだのさ」
 局長は額に汗をかいている。嫌な予感しか湧いてこない。
「私が名古屋東エフエムで番組を持っていることは知っていますか?」
「前向きラジオ」だ。私達は知っているし、WEB内で配信されているアーカイヴも何本も聞いた。もちろん長内も聞いているが、私達は誰一人頷かなかった。宮崎は私達の反応など無視して話を続ける。
「1時間番組ですが好評でね。番組は名古屋でしか聞けないのですが、ネット配信もあり、毎週多くの聴取者がいます。この番組をFMビートでも放送していただきたいと考えています」
 放送時間はおまかせ。番組の広告費は通常番組の2倍は払うと宮崎が言う。
「番組の編成もあるでしょうから放送時間はお任せしますよ」
 「前向きラジオ」が流れること前提の話し方だが、誰一人了承していない。
「それと今空いている平日の午後1時から3時。あの枠。弊社に買わせてください」
 ミュージックラインと言う名の音楽タイム。この時間を買わせろと宮崎が言う。
「私達キラーソフトエージェンシーは、日本全国でさまざまなセミナーや講演会の活動をしています。セミナー時に収録している音源をこの時間に流させてください」
「それはラジオ放送向けではなく、セミナーのお客様に向けて話している模様をそのままラジオで流すということですか?」
 長内が恐る恐る聞く。
「そうです。セミナーによっては2時間以上のもあり長いものは編集も必要かもしれませんね。そしてラジオでは音声だけですが、その模様をWEBで動画配信します」
 動画配信はキラーソフトエージェンシーの有料会員が見られる。月額2万円!ラジオを使い、有料動画配信の会員を増やすことが狙いだという。
「ラジオ向けじゃないセミナーをラジオから流すのは、リスナーに失礼では?」
「では、ミュージックラインという音楽を流しっぱなしの番組は、リスナーに失礼は無いのですか?」
そうはっきり言われると反論できない。何も言えない(言わない)野本と私の代弁とばかりに長内が喋る。
「先ほど宮崎さん、前向きラジオの放送時間、番組の編成にお任せしますと言いましたよね。それでいうと、1時から2時間セミナー音声が流れるのは、番組の編成上おかしいです」
 長内はタイムテーブルを宮崎に見せ説明を始める。
「まず朝9時からのAMビートは主婦とドライバーがターゲット。その流れのまま正午のミュージックランチBOX。この番組はお昼休みのサラリーマンやOL層が増えます。そして音楽リクエストの流れのまま午後1時からのミュージックライン。ご指摘の通り音楽番組ではありますが、午前中から続く番組の流れを加味した編成になっています」
 宮崎は長内の説明にオーバーなほどに頷く。時々「ほぉ」とか「えぇ」などと言葉を発し、長内も喋りにくそうだ。それでも長内は懸命に説明をする。多少強引な部分も感じたが、少なくても今の番組編成の中にセミナーの音声が組み込まれる隙は無い。
「確かにそうですね。AMビート、ランチボックス、ミュージックラインからアフタヌーンシャウトへと続く流れの中に、我々のプログラムが入るのは編成上浮いてしまいますね」
 わかってくれた。
「では、どうでしょう?9時から19時まで。これを全てセミナー講師の番組に変更してみては?」
 何もわかっていなかった。私達は唖然とする。否定、反対以前の問題。宮崎だって反対されるのを百も承知だろう。そうだ。あの言葉だ。昨日の夜聞いた、過去の「前向きラジオ」。
「感謝の言葉が欲しい時、恩を必売っても簡単には伝わらない時がある。そんな時はあえて怒らせるのです。マイナスの感情から自分の誠意を見せる。その振れ幅によって、自分への評価が高まり感謝の気持ちが向くこともあります」
 今宮崎がやっていることは、まさにこれではないか。私達の番組を終わらせようとしている。反対は承知のうえ。マイナスからの説得。説得の先には、膨大な資金がある。資金のない私達は反発をしながらも弱っていく。そこに宮崎が近づく。理想だけではどうしようもない現実に、宮崎は財力をちらつかせる。そして私達は最後には感謝する。宮崎のおかげで局は残る…と。敵意剥き出しの私達に怯むでも脅すでもなく、飄々とした態度の宮崎を見ていると、最終的にはこの男に従うことになるのではと思ってしまう。さらに宮崎は、名古屋東エフエムの話を始める。
「名古屋東エフエムのことはご存知ですよね?ネットの中で叩かれまくっているので、怒っている人もいるのですが、私が参入する前と後ではリスナーの数も広告収入も大幅に増加しています。名古屋東エフエムの聴取範囲人口がおよそ300万人。ラジオは聴取率1%あれば人気の世界。コミュニティFMだとそれが0.1%ともいわれています。名古屋東エフエムの聴取率が0.1%だとすると3000人。局の人は1万人以上リスナーがいると言ってましたが、番組のメール数やイベントの参加人数、プレゼントへの応募数から割り出しても3000人という人数は妥当だなと感じていました」
 宮崎は名古屋東エフエムの広告料金を喋り出す。スポットCMから提供クレジット、番組パッケージまで。スラスラ淀みなく流暢に語る宮崎のトークに感心している自分がいる。もし彼との出会いがマイナスイメージじゃなければ、そして彼の言葉を信じてみようと耳を傾けていたならば、もしかしたら私は宮崎を信じてしまったかも。それくらい彼の語り口には説得力がある。
「ラジオのリスナーがこちらに聴取意思を向ける人。メールやハガキ、イベント、公開録音参加、直接局に来る人もいるでしょう。それらは1割、多くても3割と言われています。名古屋東エフエムですと、リスナーが3000人と考えて多くて900人。毎日番組に寄せられるメールは50通程度。映画券やホテルの宿泊券などプレゼント公募には200通ほどのメールが届く。公開放送やイベントの集客は平均50人。重複している人は大目に見ても300人。300万人が聞こえる地域で動いてくれる聴取者は300人程度というのがわかるでしょう。彼らが、番組内で紹介したお店に来店し、CMで流れたイベントを訪れる。当たり前ですが300人のリスナー全員が行動はしませんよね。紹介したお店に300人も一気に訪れたらとんでもないことになりますもんね」
 この間、私が番組で紹介したハンバーグ専門店。「開店3周年記念の特別定食を期間限定で販売します」
 番組聴いたでドリンクサービス。開局当初の失敗もあったので、局長や長内らにも伝え、SNSでも何度も発信した。その結果1週間で37人ものお客が「ラジオ聴いた」と訪れたと店長に感謝された。その37人には、局長や長内の友達、私の母も含まれている。
 FMビートの聴取可能人口はおよそ30万人。名古屋東エフエムのちょうど10分の1。
 ハンバーグ店に行動を起こしたのが三十七人。一方的に数字を捲し立てる宮崎であるが、妙に説得力を感じてしまう。
「名古屋東エフエムで行動を起こすリスナーが300人。ただし彼らがみんなスポンサーの商品を購入し、イベントに来るわけではありません。沢村局長ならご存知でしょうが局の運営費が月に何百万とかかるわけです。広告費だけで運営するのは正直大変ですよね」
 局長は頷く。もちろん苦笑いだ。
「私どもキラーソフトエージェンシーは、名古屋東エフエムの番組制作権利を得て1年前から制作運営をスタートしています。そして4か月前から黒字経営となっています」
 宮崎の目が光る。鼻の穴が大きく膨らむ。
「これが名古屋東エフエムのタイムテーブルです。朝9時から夜9時まで12時間全て自社制作です」
 宮崎は我々にタイムテーブルを手渡す。
「ゼロから投資大百科」
「いい女になりたい人だけ聞くラジオ」
「生まれる前の話、死んだ後の話」
「お金に好かれる、ヒーリングミュージック」
「前向きラジオ」
さまざまな番組が細切れでプログラムされている。
 前向きラジオは宮崎の番組。この番組は、月曜の19時から始まり、火曜15時、水曜9時、木曜12時、金曜の11時、土曜16時、日曜10時。週に7回放送されているが、火曜から日曜までは再放送。ほとんどのプログラムが週に複数回放送されている。
「放送された番組は全て我々のサイトにて無料で聞くことができます。名古屋東エフエムで放送中の15本の番組、これがいつでも聴ける。それも…」
 ここで宮崎は喋るのを止め、私たち一人一人の目を見る。セミナーでもこのやり方で喋っているんだろうな。私は宮崎の鼻を見る。面接などで緊張する人は他人の鼻を見よう。そうすると相手からは目を見ているように感じると本に書いてあったから。
「いつでもインターネットで聴ける。それも…ラジオ聴取エリアだけでなく日本中。いや世界中でこの放送を聴くことができます」
 ラジオの聴取率が0.1%として、名古屋の聴取人口300万人だと3000人。そのうち行動人口は10分の1で300人と宮崎は言っていた。ところがインターネット放送になら、日本国内に限っても聴取可能人口は一億人を超える。
「我々のサイトの一日の平均アクセス数は25万アクセスです」
300人、900人の規模から、一気に数字が伸びた。
「前向きラジオの聴取人数は一回の放送につき平均して5万人です。これは実人数です」
 宮崎の鼻の穴がさらに広がる。さすがに年商何百億の会社の社長であり、全国各地でセミナーをしているだけのことはある。声の強弱をつけ、怒らせるようなことも言い、その合間に数字を並べ、最終的には凄いですね、と言わざる得ない着地点へ進む。関心はしていたが、だからって従う筋合いはない。心の中で私は思いながら長内と野本も顔を見ると、彼らも一緒。宮崎のトークを聞きながらも、一ミリも怯む様子がない。局長は…心ここにあらずと言った表情だ。
その後も名古屋東エフエムで配信しているコンテンツで、いかに利益が出ているかを説明する。ラジオ×HP×イベント×ツール。会社に利益が出る仕組みを得意げに話す。
確かによくできている仕組みだ。でも…宮崎に聞いてみる。
「あの…」
「何か質問ですか?」
宮崎のビジネスが結果を出しているのはわかったが、私には大きな疑問が湧いたのだ。
「前向きラジオにしても他の番組にしても、名古屋東エフエムで放送後、動画サイトで公開。名古屋東エフエムでは名古屋市近郊しか聞こえないのに、動画サイトは世界中に発信している。ですよね?」
「ええ」
「名古屋東エフエムで番組を流す意味って何なんですか?正直なところキラーソフトエージェンシーのサイトでの集客だけで十分すぎるほど採算を得ていると思うんですけど」
 ですけど。
 ここで私は言葉を止めた。その続きは言わなかった。自分のWEBサイトで集客できているんだからラジオは必要ないでしょう。FMビートで前向きラジオやほかの番組を流す必要なんかないでしょ…と。
「公共の電波…だからですよ」
 宮崎は私の目を睨みつける。ヤバイ。飲み込まれる。鼻だ。鼻を見れ!
「我々の業績はわかっていただけたと思います。我々のビジネスは顧客あってのもの。その顧客を得るためには信頼が大事です。お金が儲かりますよ!心が豊かになりますよ!幸せになりますよ!いくら言ってもそこにバックボーンがないと信頼がついてこないのです。そこで我々が最初にやったのが書籍でした。自費出版社を作り、私や他の先生の書籍を次々発行する。販売場所はラクゾンのみ。我々は自分達の本を買い占めラクゾンのランキングで一位に…あっ、こんな秘密な話ここでしちゃやばかったですかね」
 やばかったという割には、宮崎の顔に焦りはない。
「皆さんは仲間だからいいですね」
 仲間…宮崎は仲間にベストセラーのトリックを話す。ラクゾンの部門別ランキングでは1000部も売れると一位になることができる。一冊1000円で100万円。これだけの予算でテレビによく出る評論家や大学教授の本を押さえて宮崎の書籍が売り上げ一位に輝いた。ラクゾンで一番売れている作家。この肩書でキラーソフトエージェンシーの知名度もサイトのアクセス数もサイト内で販売している商品やセミナーの申し込みも伸びたそうだ。
「ラジオも本当は県域放送を狙っていたのですが、金額的にも社内のガードも厳しくて」
 結果安い予算で買収できガードの甘すぎる名古屋東エフエムを自分達の食い物にした…とそこまでの話を、我々に宮崎が話尽くした。
「いやぁ、私一人でべらべらしゃべり過ぎちゃいましたね。気に障った部分があったら謝ります。最後にこれだけ言わせてください。名古屋東エフエムの聴取エリアは300万人、FMビートの聴取エリアはその10分の1の30万人。規模が少なくても問題ないことは今の話しでわかっていただきましたね。ラジオ局の規模や聴取エリア、リスナーの人数など関係ありません。我々が制作に加われば、FMビートの広告収入が上がることを、お約束しましょう」
 宮崎は自信満々の表情で局長を見る。局長は軽く会釈をしたが、全く目元が笑っていない。長内と野本に関しては敵意まるだしの目をしている。宮崎だってこうなるのは予測済みだろう。
「感謝の言葉が欲しい時、恩を必売っても簡単には伝わらない時がある。そんな時はあえて怒らせるのです。マイナスの感情から自分の誠意を見せる。その振れ幅によって、自分への評価が高まり感謝の気持ちが向くこともあります」
 
宮崎は、私達を怒らせるというミッションに成功した。頭の中ではその先、さらにその先のプランまであるに違いない。「前向きラジオ」のネット化や別番組の案を持ってきた宮崎だったが、私達が返事をしなかったこともあり、それらは現実化されず翌日からも放送は今まで通り変わらぬ放送を続けている。しかし広告収入は伸びない。局長も頑張ってくれているが、親会社のサポートが途絶え、ほかの大口スポンサーも契約が打ち切られた状態のまま。局長が必死に集めるスポットCMも焼け石に水が如く、局の運営費に消えていった。

#創作大賞2024 #お仕事小説部門

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