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コミュニティFMに手を振って 第9話

次の月曜日。掃除ロボの長内が私に言う。
「安原さん9時からよろしく」
「よろしくって何ですか?」
「那波さん達今日休みだって。代わりに3時間喋って」
「…えっ?」
モーニングシャウトは那波ら9人が日替わりで務める。メインは那波だが、毎回3-4名が集まり、皆の都合が合わず那波一人の放送の時も。その時は、いつものギャハハ感がなく、帯城の芸術とか文化とかをまじめに話す。いつもと違う那波のトーンに最初は意外性を感じたが、会話がちっとも膨らまず同じような話の繰り返し。本人も途中で気づいたようで、『ここからは懐かしのニューミュージック特集です』と音楽かけまくりの番組になった。その日の放送終了後、
「1人で3時間は大変だわ。次1人の時、安原さん手伝ってね」
と言われたことはあったが、その那波も欠席。
「安原さん9時からよろしく」
マジ…ですか。
毎週金曜も3時間の生放送だが、一週間かけて番組の準備をしている。ところがモーニングシャウトを放送するよう命じられたのは本番20分前。準備の時間は、ほとんどない…。
「おはようございます。モーニングシャウトの時間です。本日は那波さんがお休みでして、私安原みちるが担当します。いつもはアフタヌーンシャウトを担当しておりまして、金曜午後から夕方の3時間。週末モードのプログラムをお送りしているのですが、今日は月曜朝。いつもと全く異なる時間での生放送。正午まで3時間、安原にお付き合いよろしくお願いします」
朝9時台は天気の話や新聞拾い読み、今日は何の日なんて話題で乗り切ったが、まだ10時にもなっていない。普段ギャハハの笑い声をむかつきながら聞いていたけど、ノープランであの人達は毎日3時間も喋っていたんだと感心してしまう。9時台最後の曲を流していると10時からのビートインフォメーション担当の野本が入ってきた。
「野本さん、代わってくれませんか?」
「嫌だ」
「じゃあ一緒に喋ってくれませんか?」
「絶対に嫌だ」
野本は目すら合わせてくれない。
「午前10時になりました。ここからの時間は…」
原稿通りに野本がインフォメーションを読み上げる。モーニングシャウトはあと1時間50分も残されている。私は何を話せばいいのだろう。
放送を終え、マイクをオフにした野本が立ち上がる。
「好きなこと喋ればいいじゃない」
「え?」
「あんたの喋りたいこと喋っちゃいなよ」
野本が私の肩をポーンと叩く。痛いっ。そして痛さと同時に脳みそに何かがピリリッと響いた。そうだ。私は悪くない。休んだ那波が悪いのだ。
「昨日コンビニに行った時の話なんですけど」
私は何の脈略もなく話し始めた。
「親子の客がいたんですよ。小学1年くらいの男の子。会話の流れから名前はケンちゃん。お婆ちゃんからお小遣いをもらえたので好きなもの買っていいよって感じ。子供はテンション高くて、何にしよう?なんてはしゃいでいたんです。お母さんは500円まで。無駄遣いダメよって注意するけど、子供が好きなものって親から見たら無駄遣い。アニメのキャラがついたお菓子とか、おまけの方が大きいガムとかを欲しがるんです。でもお母さんは、こんなのガム一個しかついてないじゃないと却下する。そういえばケンちゃんノート無くなったわよねとお母さんが文具コーナーに連れてくの。でもケンちゃんは聞いてないの。お小遣いでノートなんて買う気にならない。ケンちゃんどうするのかなと思ったらドラえもんとかしんちゃんの文庫本を物色し始めたの。そうしたらお母さん、漫画はこの間買ったばかりじゃないってまた却下。次はお母さんがこの靴下いいじゃないって、アニメのキャラクター付きの靴下を見せる。でもケンちゃんは見向きもしない。ケンちゃん次はカードゲームを手に取るも、「カードなんてすぐ無くすんだから」とやっぱり却下。ケンちゃんのテンショングングン下がっちゃって、お母さんが鉛筆いいんじゃない?ディズニーのキャラクター鉛筆あるわよ。ケンちゃんも、もういいよって感じでその鉛筆を無造作に持ち、これでいい、だって。明らかに不満そうな顔で。すると今度はお母さん。ケンちゃんの好きなもの買っていいって言ってるのに、なんで嫌そうな顔するのせっかくお婆ちゃんが…そこまで言いかけた時についにケンちゃん爆発したんです。好きなもの買っていいって言うだけでお母さん好きなもの全部ダメダメ言うじゃない。もう何もいらない!そう叫んでお店を出たんです。結構大きな声だったからお店の人もお客もみんな注目しちゃって。気まずくなったお母さん、ハハハッなんて苦笑いして退散。シーンとしたお店の中で誰かが笑って私もそれにつられて笑ってみんなが笑いで一つになりました。不思議な空間でした」
ここまで一気に喋って曲をかける。半ばやけくそ気味に喋り始めたが、曲が流れている間にメールが立て続けに届く。
「さっき私がコンビニで見た風景のことを喋ったのですが、この件でメールいただきました。ラジオネーム・エヌさん。安原さんこのお店って、〇〇じゃありませんか?私もその時お店にいました…わっ、すごい。さすがにお店の名前は出せませんが、エヌさん。正解です」
ほかにもリスナーが体験したコンビニでの体験話やコンビニでのエピソードメールが何通か届く。さすがに●●店のバイトの態度がむかつくといったクレームは紹介しなかったが、私の思いつきから話したトークからリスナーのリアクションがじわじわと届く。その後も飲食店の会計の時にお金を払うと言って譲らないおばさんのせいでなかなか私の会計の番が回ってこなかった話やバス停で並んでいた時に割り込んできた爺さんの話。番組スタートの時は、役に立つ情報をと意識してよそ行きのラジオをしていたが、野本から「那波の代わり」と言われてからは、好き勝手に話せるようになった。那波の代わり。何ならギャハハツとでも叫んでやろうか。そんな気持ちで喋れば喋るほど、メールが届く。といってもメッセージをくれているのは10人くらい。この前読んだあるDJの本に『ラジオは会話のキャッチボール』と書いてあった。同じ人が何回も送って来るのでひっきりなしにメールを読み続け、番組はエンディングが近づく。会話のキャッチボールってこういうことなのかな?
「エンディングが近づいておりますが、またメールいただきました。ラジオネームはカオリンのママさん。さっき安原さんバス停で割り込まれたって話していましたが、私も似たような経験あります。私の偏見になっちゃうかもしれませんが、お年寄りでマナー悪い人多くありません?最近の若いもんはって言葉ありますが、私からしたら最近のお年寄りは…ってツッコみたくなります。安原さんどう思います?っと。そうですね。これもみんながみんなじゃもちろんないですよ。しっかりしたお年寄りもたくさんいますし、最近の若いもんだって、無茶苦茶しっかりしている若者がいる反面、どうしようもないのもいて…私勢いに任せて腹の立ったこと話しちゃいましたけど、これだってうるさいな安原!と思った人も多いと思います。私の愚痴聞いて気分悪くした方ごめんなさい。とか言っているうちにもうお別れの時間になりました。モーニングシャウト安原みちるがお送りしました。明日は那波さんが登場すると思います。最後まで聞いていただきありがとうございました」
正午からのインフォメーションを担当する長内に席を譲りスタジオを出る。スタジオを出た瞬間ドッと疲れが出た。休憩室に行くと野本がいた。
「お昼どうする?」と聞かれたが、お腹が空いてないのでと告げると、「じゃ、私先行くね」と立ち上がる。そして私の方を振り返ってこう言う。
「ラジオだったね」
10分後、インフォメーションを終えた長内が、私に。
「ラジオだったね」
2人とも同じことを言う。それ以上のことは言わない。私もその言葉以上の会話を求めない。ラジオ。そう。私は少しだけ、ラジオへの手応えを感じた。この日の夜、そろそろ帰ろうかと思っているところへ局長が戻ってきた。
「安原さん」
ラジオだったね、と言ってくれるかな?
「安原さん、急で悪いんだけど」
言ってくれなかった。CM録りの依頼だった。
「十勝川温泉ホテルが平日割引パックのCMを流すことになったんだ。明日の夕方からオンエアするから悪いんだけど、明日の朝までに作っておいて」
「明日の朝までですか?」
「明日ミーティング終わったらそのままホテルに音源持っていくからそれまでに」
 タイムリミットは明日の朝ってことは、要するに今日中に作れってことだ。
「確か何年か前に録ったCMがあるから、それと同じ感じで」
「同じじゃダメなんですか?」
「その喋った子、もう局にいないから。同じ原稿でもかまわないよ。十勝川温泉ホテルの支配人は、中身には文句言わないから。よろしくね」
そう言い残して局長は帰る。朝のラジオの感想を一切言わずに。
広告出稿表に過去CMがオンエアされた番組名が書かれている。録音編集室のパソコンから過去の放送データをチェックする。2年前の6月、4年前、6年前…2年おきに広告を出しているようだ。それぞれ番組の放送データからCMをチェックする。どれもほとんど同じだ。これだったら過去のテキスト参考にして作ればいいか。最後に10年前のCMをチェック。CMが流れていた番組名は、帯城活性化計画と書かれている。タイトルに惹かれ、番組を頭から聞いてみる。
「午後7時になりました。この時間は帯城活性化計画。こんばんは、長内信孝です」
 あつ、長内。声が若い。そしてテンションも高い!
「今週の帯城青年団ゲストは、この二人」
「山ちゃんです」
「まっつんです」
「この番組は、我々の生まれ育った町・帯城市をもっと活性化させよう!観光客が集まり、人口が増え、そして北海道ナンバーワン、はたまた日本ナンバーワン、いやいや世界ナンバーワンの街に帯城市がなるための方法をリスナーと一緒に考えようという番組です」
番組のタイトルからその内容は想像できたが、長内のこのテンションの高さは想像以上だ。10年前ということは、まだスカイエフエムがあった頃。長内は入社10年目。野本も局長もまだいない。私は…小学6年生だったのか。これまでも何本か過去の放送を聞いてみたが、そのどれもが若い、古い、懐かしい感じで終わっていた。ところが…この放送は、勢いに乗せられついつい聞いてしまう。番組は帯城市を活性化させるにはどうしたらいいか。リスナーからのハガキやメール、帯城市民への街頭インタビューで展開される。この日の放送で出た活性化案は、
・カジノ導入
・すすきのに負けない風俗街を作る
・帯城市にJリーグ球団を作る
・東京に文化戦争を仕掛ける
・総理大臣に住民票を帯城市に移してもらう
・東京タワーを毎日十センチずつ移動させて最終的に東京タワーを帯城市に移動させる。
番組の中ではそれらを茶化すことなくひとつひとつ真剣に討論する。
「総理には、帯城名物の食べ物を毎日宅配便で送りましょう」
「豚丼、お菓子、中華丼と日替わりでね」
「そしてそれを1年続けてパタッと送るのをやめる」
「えっ、どうして?」
「総理も毎日楽しみにしていたのに、急に来なくなったら寂しいしょ?で、そして一週間後にまた送る。そこには帯城市の住民票も入れておくのです」
「なるほどぉ」
なるほどじゃないよ!10年も前の放送なのに、私は長内の案にツッコミを入れる。60分間ずっとこのテンション。放送データを調べるとこの番組は半年で終了したらしい。他の週の放送も聞いてみる。もう一本、もう一本。気づいたら4本目の放送を聞いている。時計を見ると11時になろうとしている。我に返った時、後ろを見ると、なんと長内の姿が。
「何やってるんだ」
長内は酒臭い。飲んでいたらしく、帰る前に局のトイレを借りようと思ったら電気がついていたので…ということだった。
「続いての帯城活性化計画は…」
スピーカーから長内の声が流れる。
「あっ…」
気まずい空気が流れる。10年前のラジオを聴く私と、10年前に喋っていた長内。
「十勝川温泉ホテルのCMをですね…」
私が説明している間も10年前の長内はハイテンションで喋り続ける。
「いっそのこと帯城って地名を変えちゃう手もあるよね。地名をニッポンにするの。ニッポン市。」
「日本の国にあるニッポン市」
「これで帯城を知らない人は誰もいなくなる。先々週の放送で話した総理大臣もニッポン市に引っ越してもらう」
「なるほどぉ」
 くだらなっ…言葉に出さずに感じた私の前で長内は言葉で発する。
「くだらねぇなぁ」
 その言い方はあえて自虐的に、そして照れ隠しもあるようだ。 
くだらないけれど、一生懸命くだらないことを話しているので、この番組のテーマである帯城活性化。むしろ地元愛をも感じる。
「これ半年くらいやってたんだよなぁ」
長内が懐かしそうに言う。
「面白くて聞いていました」
私が言うと嬉しそうに笑う。
「なんで半年で辞めたんですか?」
「なんで…だったかな?毎週考えるの大変だったし、クレームも多かったからかな。あぁそうだ。この年の秋から朝の番組の担当になったからそのタイミングで」
「こういう番組、面白いですよね。今日私にラジオだったねって言ってくれましたが、これ無茶苦茶ラジオじゃないですか」
ここで二人の会話は止まり、エンディングまで10年前のラジオを聞いた。聞き終えた後、長内の昔話を聞く。
「昔の自慢話って本当は嫌だけど…」
と前置きしながら、長内はガンガン自慢話を喋り始める。
「番組の中でさ、実験しまSHOWってコーナーあったんだ。階段を全力で走る前と走る後に脈拍差を測ったり、水を3リットル飲んだら体重は3キロ増えるのかとか。ご飯に何をかけたらおいしいかとか、究極ラーメンを作ろうとか、食べ物実験もずいぶんした。ご飯にインスタントラーメンをかけてくださいとか、汁なしラーメンにワインとケチャップを混ぜたらおいしいですとか」
「不味そう」
「不味いよ!番組中に食べて不味いとか食えるかって騒いでさ。それ聞いてリスナーがまた無茶なリクエストを送るって。くだらないだろ」
 うん、くだらなすぎて面白そう。当時はインターネットも盛んではなくスマホもない時代。後ほど動画で配信しますってシステムもなかったから、不味いって叫ぶ長内の姿をリスナーは声だけで想像して聞いていたわけだ。
「ある時新しいハンバーガーを募集して、いつものようにドリアンとホヤのブレンドバーガーとか、生きたカエルをパンに挟んでとか無茶苦茶なメッセージに紛れて、豚キムチとか酢豚とかご飯のおかずになりそうなもののリクエストもあったんだ。それで駅前のパン屋さんに番組の企画でとお願いしたら作ってくれてさ。ホントにお店のメニューで豚キムチバーガーと酢豚バーガーが発売されたんだ」
 あっ、覚えてる。ラジオは聞いてないけど、駅前のパン屋さん。御影堂だ。御影堂といえば小学校の頃、酢豚バーガーを食べたことがある。私が言うと、長内はとても嬉しそうな顔をした。
「もちろんラジオのことは知らなかったんだよね」
「はい、全く」
2人で笑った。そのあとも番組の中で長内が仕掛けたこと、盛り上がったことや失敗した番組のことなどを話す。どれも10年以上前の話。ここ数年の話は一切出てこなかった。
「ねえ、長内さん」
「?」
「なんで辞めちゃったんですか?そういう放送?」
 しばらく迷ってから、長内は答える。
「ここでラジオができなくなったからかな」
 スカイエフエムが閉局し、企業がメディアに流す広告収入も減少し、FMビートの広告収入も下がる。
「俺は面白い放送を作れば、リスナーが増え、広告やイベントの収益も増えると思っていた。学校や会社を巻き込んだり、小さな町らしい動きを起こせば、いつか大きな輪になる…って思ってたんだけどなぁ」
 時間や予算がかかる番組は削減され、スポンサーの意向の番組ばかりで構成され、予算削減のためボランティアの番組を増やし、さらに番組のグレードが下がる。
「なんで辞めないんですかって安原さん聞いてきたじゃない。あの時答えすぐ言えなかったけど、辞めても俺には何もないから」
「…」
「中を変えようって勇気や努力は失せたけど、辞めて新しいことする自信もない。だから辞めない。それで20年」
「長内さん。ゲリラ放送やりません?」
「え…え?」
昔話の中でも話したゲリラ放送の話。
「昔は夜9時まで自主制作の放送があって、それから音楽流してたけど、予告もなしに10時くらいから生放送始めたりしたんだ。今ラジオ聞いている人電話くださいとか呼びかけると、電話が鳴るんだ。上司にばれたら怒られるって冷や冷やしながら喋ったよ」
私は長内を強引にスタジオまで連れていく。
「いや…まずいだろう」
今は夜11時半。長内は怖気づいている。
「誰も聴いてないでしょ」
私はマイクの前に座り、長内を睨む。観念した長内が、音楽をFO。FMビートのジングルを流し、そして私にキューを振る。
私から?でも言い出しっぺだから仕方ないか。
「夜11時32分。FMビートをお聞きの皆様こんばんは」
一応覆面DJを意識して、いつもよりも高音の声で喋ってみた。
「私の名前は…ミスエムです。そして…」
「こんばんは…ミスターオータローです」
野太い声でゆっくり話す長内。高音と低音の即興コンビのゲリラ放送が始まった。
「オータローさん、最近腹の立ったことあります?」
「腹が立たない日なんて一日もないです。さっきまで焼鳥屋にいたんですが、店員の態度が悪くてねぇ。オーダーで声かけたら舌打ちしながら近づいてきて。こっちは客だぞって」
「さっきの話ってことは、オータローさん酔っていますね」
「いやいや、お酒飲んで公共の電波にて出ません。ウーロン茶を8リットル飲んだだけです」
「嘘つけー」
そんなくだらない話をしていると、メールの着信ランプが光る。
「ラジオネームRINさんから、オータローさんが行ったムカつく焼き鳥やってここ?って店名書いてるんですけど?」
「さすがにそれは言えないなぁ」
と言った後、小さな声で正解。言っちゃった。
「ミスエムさんは、むかついたことありますか?」
「そうですねぇ。少し前の話ですが数名で飲みに行きまして、帰りにタクシーにその中の男性と乗ったんですが、そいつがホテルに私を連れて行こうとするんですよ、酔った勢いで。腹立って。タクシー止めてもらって。私が怒ってるのに気づいて冗談だよとかいうんですが、お腹パンチしてそのまま帰っちゃいました」
「エムさんそれ、マジ話?」
「はい」
長内がマジで驚いている。またメールが届く。
「ホテル誘った男ってオータローさんですかって。違うよ!」
この後もムカつくこと、腹の立つことをバンバン話す二人。話せば話すほどメールやFAXが届く。調子に乗った私達は結局30分近く喋ってしまった。
「突然の放送にもかかわらず、たくさんのメッセージありがとうございます。もうすぐ0時になるのでシンデレラのごとく我々は馬車に乗って帰ります。またいつかお会いしましょう。ミスターオータローと」
「ミスエムでした。バイバーイ」
FMビートのジングルをはさみ、何もなかったかのように電波からは音楽が流る。番組が終わっても次々とメールが届く。
「楽しかったです」
「またやってください」
「今度はいつやるの?」
そういったメッセージに紛れて届いた一通のメール。
「戸締りしっかりしてください 沢村」
ゲッ、局長…。
「なんで聞いてるんだ」
長内が狼狽える。番組の内容より局の清掃と節電を重視する局長が、こんな夜遅くまで我々が局にいることを知ってしまった。今月の光熱費が増えたらネチネチ叱られるかも。
「始末書書かされますかね」
私が言うと、
「親会社やクライアントから責められたらそうなるかもしれないけど…偉い人は誰も聴いてないでしょ」
聴いてないから大丈夫で片付けるのもどうかと思ったが、今はそういうことにしておこうと思った。あっ、それより…。
「どうしよう、CMまだ作ってない…」
「CM作ってないのにラジオ聞いてたのかよー」
そう言いながら長内は、スタジオにあるCDを2枚取り出し、イントロのみを次々と流す。
「これでいいんじゃない?」
4曲目のイントロをCMのBGMに使えという。そして私の書きかけの原稿を見て、書き直す。
「これでいいだろ。俺録るから喋って」
長内に言われるまま、与えられた原稿を読む。何度か下読みをすると、「本番行くよ」と長内。20秒きっかりの本番CMを作り、「はい終了」。私が何時間もかかって迷っていたCM収録が、ものの5分で終了した。
「すごいですね」
「すごくないよ。20年もいりゃ、それなりに作れるようになるさ」
当たり前に答える長内の姿が頼もしく見える。
「あくまでもそれなりレベル。もっと上の仕事をしたいなら、あんまりマネするなよ」
「俺みたいになるなよ」と同じトーンだったが、あの時と違い、やっぱりこの言葉も頼もしく感じた。

#創作大賞2024 #お仕事小説部門

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