中上健次論(0-8)タイチとオリュウノオバ
オリュウノオバはすべての命を肯定する。
何度でも引用したくなるオリュウノオバの「エチカ」である。礼如さんにはここまでのことはいえない。
仏様は意味を付けたがるから。
『奇蹟』に於いてタイチはオリュウノオバを激昂させてしまう。
オリュウノオバの前に現れたタイチを代弁するようにイクオが言った。
オリュウノオバにはなんの相談もなかった。タイチは「オバ、参らせてくれ」と夜中にイクオらとオリュウノオバを訪ねたのだ。
小説内の時系列でいえば『奇跡』は『枯木灘』以前の話しで「路地」はある。しかし、書かれたのは1987年から1988年。上梓されたのが1989年である。
執筆時には既に「路地」はない。
『地の果て至上の時』が書かれてしまった後では中上が書き言葉を回復することはできなかった。
小説の結講を内破する語りを模索する過程で奇蹟的に完成したのが『奇蹟』である。
簀巻きにされダムに沈められたタイチとアル中で巨大なクエになったトモノオジ。小魚になったオリュウノオバがタイチを喰う。そのオリュウノオバをクエが呑み込む。
『奇蹟』の結末は小説としては荒唐無稽と紙一重であるが物語的には通俗的ではあるが「荒唐無稽」とはいえないと思う。但し以下の想定する射程距離は短いといいたくなる。
中上は谷崎を「大谷崎」と呼び常に敬意を隠さない。
その敬意に偽りはないだろう。
しかし、中上が「前近代」にまでの短距離を照準しているとは思えないし、飛距離だけではなく根源的な価値転倒を目論んでいたとはいえる気がするのだ。
『奇蹟』も簀巻きにされている。