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上海の起業家が話す「笑いを取る生き方をしたくなかった女性」の話

「私、ブスじゃない? 身体も太ってるし」
 彼女は両手を開いて私に言う。まっすぐにそう聞かれてしまうと、そんなことないよとも言いにくい。彼女はかなり大きいサイズのダークレッドのシャツにウェスト周りがゴムになっている白いスカートを履いていた。
 上海のギャラリーでのオープニングの後、ギャラリストに誘われて親しい友人たちと一緒に火鍋レストランに行った。その時に一緒に来ていたのが彼女で、席が隣だった関係から仲良くなった。旅が好きでいろんなところに行っている女性で、私のアフリカの話をとてもおもしろがってくれた。

 数日後、彼女からおいしい雲南料理のレストランがあると誘われて、私は彼女に会いに行く。レストランは大きなショッピングモールのレストラン街にあった。レストランの入り口で待っていた彼女に誘われるようにして店の中に入ると、彼女は私に食べたいものがあるかを聞く。初めてくるお店だったし、おいしいものもよく分からなかったので、私は彼女に任せることにした。自分で事業をやっているという彼女は、このレストランが好きでよく来るのだと言う。雲南料理は初めて食べたが、花を使った料理が多く、優しい味わいでとてもおいしかった。あまりにもおいしかったので、出てくる料理を次々と平らげていたら、彼女が驚いて言う。

「あなた、見た目の割にけっこう食べるのね」
「おなかがすごく出てるんですよねぇ。よく妊婦に間違えられてます。電車で席を譲ろうとされることもあるくらいで」
 私が返すと彼女は声を上げて笑い、さらに餃子を注文した。

「私、食べるの好きなんだけど、簡単に太っちゃって。見た目もブスでしょう?」
 韓国に行って顔の整形をしようと思ったこともあるが、身体は変わらないので考えた末に諦めたと彼女は言う。
「目がぱっちりしても、顔も身体も太ってるし」
 中国人はあんまり太っている人がいないから、目立ってしまって辛いと彼女は言った。
「小さい頃から、からかわれることも多かったし、でも笑いを取って生きるようなことをしたくなかったの。一度笑いを取り始めたら、ずっとそうやって生きないといけない気がしちゃって。笑いが悪いわけじゃないんだよ。それが好きな人はそうすればいい。でも、私はイヤだったの。きれいだねって言われる人になりたかった。それが無理なら、せめて知的な力強さのある女性になりたかった」
 自分で事業を始めたのは、自分で実績をつくりたかったからと語る彼女だったが、どれだけビジネスがうまくいっても、心が満たされない。うまくいけばいくほど、もっとがんばらなければという焦りが募って落ち着かなくなる一方だったそうだ。

「ある日の朝ね、起きたら身体が動かなかったの。びっくりするぐらいぜんぜん。金縛りにあったのかっていうくらい。意識ははっきりしてるのに、身体だけが固まってしまったみたいで。仕事のことが気になって、涙は出るのに指一本も動かせない。こんなにがんばってきたのに、積み上げた信用が全部なくなっちゃうって思ったの。辛かった。本当に辛かった」
 やっぱりできなかったって言われちゃうんじゃないかという恐怖で、彼女は泣き続けた。そのうちに眠ってしまい、目が覚めると身体はふつうに動くようになっていた。
 彼女が仕事の連絡を入れると、催促よりも心配する声が多くメッセージに残されていた。彼女が謝罪の連絡を入れると、身体を大事にして欲しいという励ましの言葉ばかりが返ってきた。

「その時、やっと気づいたのね。笑いを取る生き方なんて、とっくにしてなかったのに。幼い頃の記憶から逃げることに必死で、実際にどうなってるかをちゃんと見られてなかったのは自分のほうだったなって」
「すごく、みんなに必要とされてたんですね」
 彼女はうなずき、休めてた手でスプーンを取って、チャーハンを数口分、自分の小皿に取り分けた。沈黙の中に、彼女の大切な思い出が漂っているような気がして、私は言う。

「初めて会った時、パワフルで知的でやさしくて、とてもきれいな人に会えたなって、思いましたよ」

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