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ドイツで古城見学の帰りに聞いた「自信がない時にすべき一つのこと」の話

「近くのお城までドライブしよう」

 そう誘われて、レジデンスアーティスト三人でドイツ・ホーエンシュタインを出て、古城へ向かった。入り口に車を止め、山道を歩いて登る。登山には向かない赤い靴の中に、時折入り込む小石を取り除きながら歩く。たどり着いた古城は、四人以上でないと入場できないという謎の条件がついていて、入り口のスタッフは指で「四」を示しながら、看板を指さす。どうやら、何を言っても三人では入れてもらえないようだ。

 ひととおり山の周りをハイキングしてから、私たちは町に戻ってパン屋さんでカフェをする。食べたことのない味のパンと、プレッツエル。バルセロナで美味しかったクロワッサンは、ドイツではどうだろう。

 一緒に行った二人はカナダ人とアイルランド人。二人とも英語ネイティブだけど、アクセントが全然違って、聞き取りにくい時があるらしい。だけど、私には二人のアクセントの違いすら、よく分からない。

 久しぶりのネイティブイングリッシュが、これほどまでに聞き取れないのだと思い知った。バルセロナでもロシアでも、英語はそこそこできるほうだった。話をしていて聞き取れないことは、ほとんどなかった。だけど、ネイティブの英語は表現力もスピードもまったく違う。追いつけない自分を残念に思って、話せていたはずの英語がより話せなくなる。いつもより聞き返されることが多い。

 日本人が英語を話して聞き返される理由のほとんどは「声が小さいから」だ。それは母音で終わる言語のために、小さい声でも通じるという日本語の特性でもあるけど、たぶん、多くは「自信がなくて大きな声を出せないから」だ。

「せっかく来たから、ちょっとスーパーも見てくる」

 私は二人を残して隣のスーパーに行く。ドイツのスーパーは日本に似て、かなりキレイに整理整頓されている。アメリカだとパッケージが破けたものが並んでたり、ゴミなのか判別つかないようなものがカゴいっぱいに山積みになってたりする。

 パスタの棚を見ながら、私はこっそり「R」と「L」の発音を練習する。「Really?」の発音が、どうやら「Leary?」になってるらしい。密かに特訓してたつもりが、急に後ろから話しかけられる。

「Rea・lly、よ。Re、Re」

 振り返ると、赤と黒のチェックのシャツを着た年配の女性が立っていた。短いイエローアンバーの髪を右手で直しながら、パスタの棚を見る。

「英語の練習?」
「はい。発音がなかなか難しくて。ドイツの方ってみんな英語上手ですよね」
「学校で習ってるからじゃないかしら」

 聞くと彼女は海外に行ったことは一度もないらしい。驚くほど流暢な英語だ。さらに何か声をかけられるが、早すぎて聞き取れない。

「Sorry?」
「こうしてパスタを見ていると、パスタの海で泳ぐ夢を見ちゃうわって」

 さっきまで英語の話をしてたのに、いきなりパスタの話になってるなんて反則だ。もう話の予測すらできない。でも、なるべく英語を使いたいと思って話しかける。

「パスタ、好きなんですか?」
「うちは家族みんなパスタが好きなの。ほら、この形を見て、これがXoi utnab oeritaw] r bab四t uw@〇五六@w五」

 一生懸命ついていこうとするが、さっぱり分からない。

「ああ、えっと、もう少しゆっくり」
「えっ、何?」

 こんな簡単な言葉も伝えられない。『できない』気持ちが自分をどんどん自信を奪って、自分を前に進めなくさせる。自信がないから声が小さくなって、自信がないから話せなくなって。負の連鎖に囚われてるみたいだ。前は、もっと話せたはずだったのに。どうしてできなくなっちゃったんだろう。

「そんな顔しないの。あなたはネイティブじゃないんだから、しゃべれないのが当たり前でしょう。今、話してるだけで十分すごいじゃない。世界には英語が一個も分かんない人だっていっぱいいるでしょ」

 彼女は私に顔を近づけて言う。

「あなたに魔法をかけてあげるわ。自分に自信がなくなった時に使える魔法よ」

 そういうと、彼女は片手にもったショッピング用のカゴを床に置き、両手でいきなり私の頬をつねった。

「Smiling! 笑うことよ!それが『できない』の連鎖を止める一番かんたんな方法よ!」

 チリチリとした頬の痛みを私に残し、彼女は「パスタ、パスタ」と歌いながら、棚の陰に消えた。

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