見出し画像

オーストラリアのキュランダにいたショーンコネリー似の川下りボートのおじさんが言った「誰かを理解するということ」

 オーストラリア北部のキュランダ鉄道は、「世界の車窓から」のオープニングを十年以上飾っていたことでも有名な列車だ。先頭の青い車両と赤茶の車両の色のコントラストの他、艶のある赤いシートと向かい合った座席が、旅の高揚をさらに引き立ててくれる。

 列車は乗り物の中で私が一番好きなもの。気球やパラグライダーやゾウにも乗ったことがある自分が、それでも列車を一番に選ぶ。キュランダ鉄道はカーブの見せどころでちゃんとスピードを落としてくれ、長く伸びる車両の全てを写真に収めようとする観光客の期待にも応えてくれる。私はこの鉄道をよく覚えておきたくて、シートや窓の縁を微妙な温度差まで知りたいみたいに、指先で少し確かめるように触る。

 キュランダの町に着くと、力強い緑と自己主張の強い花に迎えられながら、私は川辺に向かった。リバークルーズがあるらしい。黄土色の濁った水だったが、それでも私は水べりが好きだ。

 ボートに着くと、客は誰もいなかった。操縦席のところに、ショーンコネリーに似たおじさんがいて、どうやらボートの船頭のようだった。乗り込んで奥の操縦席の近くまで行き、出発時間を聞く。まだあと三十分くらいあるようだ。乗船料を聞くと「三十ドルだよ」の答え。「まけてくれるんでしょ?」って言って三十ドルを渡すと、おじさんはウインクして五ドルを返してくれた。

 出発までの間、私はおじさんに話しかける。

「ショーンコネリーそっくりですね、本人かと思いました」
「どうして分かったんだい。実は映画撮影の合間にきてるんだ」

 この大げさなノリは海外ではよくある。面白いので私はさらに畳みかける。

「インディージョーンズの最後の聖戦よかったですよ~。ほんとに面白くて親しみやすい役柄で大好きでしたよ~!俳優をやる上での苦労ってあるんですか?」
「ありがとう。苦労なんていつもだよ!本当はカメラの前に立つのだって怖いんだ」
「とてもそうは見えなかったですよー」
「本当の私を知っている人は誰もいないからね」
「みんなあなたをすごいと思ってますから」
「本当はただの小心者だよ」

 両手を軽く上げて肩をすくめるおじさんの目に、真摯な光がかすめ潜む。

「キミが知っているショーンなんてほんとにわずかさ。映画の中の虚像に過ぎない。同時に私の知ってるキミもね。元気でかわいい女の子に見えるけど、それは今の私の目線でそう見えるだけで、
 全体のキミからすると本当にわずかなものなのさ。多くの人はそうやってごく一部だけを見て、それがその人の全てだと思い込んでしまうんだよ」

「誰かにもっと分かって欲しい?」

 なんとなく、ショーンコネリーではなく、ボートのおじさんの本心がちらつくような言葉だった。

「分かりえないんだよ。相対する人によって自分は無数に変化するし。その全てを分かって欲しいなんて言えないだろう?」

「そうですね」

 と答えながらも、冷たい清水のような寂しさを感じる。

「自分のことを理解されないとしても、自分が相手を理解することはできないんでしょうか」

「難しいだろうねぇ」

「ほんとにできないのかな…」

「もしできる方法があるとしたら、それは『自分は相手を理解できる』という思い込みを捨てることだよ。自分は相手を理解しきれていない、いつもそうやって『どうしたら理解できるだろう』と自分に問い続けることが、相手を理解するためのステップなんだよ」

「Hum。良い人間関係を築くって難しいですね」

「そんなことないさ。理解したいっていうのは、相手に興味(interest)があるからだろう?知りたいっていう気持ちで相手に手を伸ばすこと。理解できた、と思うことは、その伸ばした手を下すことだよ」

「相手に興味をもって、もっと知りたいって思うこと。そうですね、そういう意味なら、I'm interested in you, Mr.Sean Connery.」

 あはははは!とショーンコネリー似のおじさんは楽しげに笑う。相手のことが理解しきれなくても、相手を大切に思う気持ちだけは伝わるといい、と私は思う。
 ちなみに、英語で「I'm interested in you.」というと、ちょっと気になる人へのさりげない告白の言葉になる。

===
これまでのお話はこちらから読めます。
(それぞれ無料サンプルがダウンロードできます)

▼旅の言葉の物語Ⅱ/旅先で出会った50篇の言葉の物語。
http://amzn.to/2rnDeZ0
▼旅の言葉の物語Ⅰ/旅先で出会った95篇の言葉たちの物語。
http://amzn.to/2gDY5lG

ここまで読んでくださってありがとうございます! スキしたりフォローしたり、シェアしてくれることが、とてもとても励みになっています!