秋の夜長_決定1

秋の夜長 第十一夜「Wait a minute」

 キムタクはやっぱりカッコいい、と俺は思う。俺のお気に入りは「松葉杖のラガーマン」で、まだキムタクも18歳かそこらで初々しいけれど、このときからキムタクはキムタクだ。練習中の事故で歩けなくなってしまうのだけれど、仲間たちを応援したい一心でリハビリをして、っていう24時間テレビのドラマみたいな内容なのだけれど、キムタクのアクというか味というか、そういうのが、このときから既に出ている。そういう意味では最近は似たり寄ったりでパッとしねーな、なんて思うけれど「HERO」の映画は良かったし、やっぱキムタクはキムタクだよな、と(何回言うねん)。ただ、惜しむらくは、90年代のキムタクはやっぱ凄くて、よくわからないけれど、なんか日本の芸能界というかテレビというか、そういうもんにガッと大穴を開けてくれそうな、デカい革命を起こしてくれそうな、スゲェパワーがあったと思うのだけれど、結婚して子供が出来て、まぁ一般人のそれとはレベル感が違うのだけれど、そんな感じにパワーダウンというか、小さくまとまっていってしまった感はある。まぁ、でもそれは酷な期待だ。キムタクも一人の人間で、彼には彼の人生があるのだ。だから、周りの人間がとやかく言っても仕方が無いし、誰か一人の犠牲で大勢が救われるなんてのは、フィクションの世界で留めておくべきだ。
 そんなこんなで、でもやっぱキムタク凄いよなー、と思ったので職場でバイトの女の子に、それとなくそんな話をする。休憩中に。
「ねぇ、君ら世代からみて、キムタクってどんな存在?」
「え? キムタクですか? えーっと、なんかカッコ付けてるオジさん……、的な?」
「えー」あれ? あ、そんなもんですか? いや、たまたまこの子がこんな感じなだけ?「じゃあさ、今だと誰がアツイの?」
「えー、誰だろー?」
「玉木宏とか?」
「いや、それは無いですね。ちょっと古い」
「古いんだ」
「あ、福士蒼汰くんとか」
「あー、なるほど」お兄さんは、ぼやーっとしか顔が浮かびませんが。仮面ライダー俳優か〜。
「なんで、そんなこと聞くんですか?」
「いやさ〜、キムタクってかつて一世を風靡したのよ。今の若い子たちには、さすがに影響力ないか〜。ハウルの声やってたのも十年以上前だもんな〜」
「はぁ」
 と、彼女の貴重な休憩時間をこんな不毛な話題で潰してしまって、本当に申し訳なく思う。飲み干したペットボトル捨てて、仕事に戻る。
 俺の仕事は大して美味くも不味くもない饅頭を売る仕事だ。相手は、いわゆる観光客で、媚び諂うわけじゃないけれど、ニコニコしながら売る。売れないけれど。
 とは言っても彼女は上手いこと売る。十人通りかかったら最低でも一人には売っている。結構な量だ。俺は彼女が捌ききれない客を相手にするのが精々で、なんか情けない。ひとまわりくらい年下の女の子のおこぼれを与るハイエナだ。もうハイエナの「ハイ」ですら「high」みたいで烏滸がましく感じる。ローエナや。ワイはローエナなんや!
「なんですか、ローエナって?」あ、ヤベ。心の中で叫んだつもりが口の中でちっちゃく言ってしまっていたようだ。
「光の触媒になる第五元素の……」
「それは、エーテルでしょう?」
「詳しいな……」
「私、大学でそういうの専攻しているんで」
「あらあら。私立文系やな!」
「なんで大阪弁になるんですか?」
「いや、なんとなく」
 人通りが少なくなる。予定では次の観光バスが来るまでは、ちょっと時間がある。
「熊大路さんって、旅行とか好きですか?」
「いや、嫌いやな」
「だからなんで大阪弁なんですか」
「いや、照れ隠しというか」
「照れてるんですか?」彼女が笑う。
「いや、まぁ、なんてゅーかそのぅ」クッ、この子結構胸あるな……。
「でも、判ります。私もこの仕事してから、旅行、嫌いになりました。嫌いっていうか白けるっていうか」
「あ、そうなの?」
「はい。だって熊大路さん、絶対観光客のことバカにしてますよね。なんか判るじゃないですか、そういうの」
「あー、確かに」
「だから、観光地とか、そこのお土産屋さんとか行かなくなりました。最初は良いな、って思ってたんですけどね。こういうところで働くのも」
「なんで?」
「だって、みんなニコニコしているじゃないですか。機嫌が良いというか。高校のときにコンビニでアルバイトしていたんですけど、朝とかみんな急いでいて、機嫌悪いし」
「あぁ、確かにね」
「熊大路さんは? どうして?」
「俺? 俺はまぁ、なんとなくやな」
「だからなんで大阪弁なんですか」
 遠くのロープウェイが、紅葉の景色を横切っている。ゆっくりと。昔、アレに乗ったときは、地味に感動したよな、と思い出す。
「俺さ、昔俳優やってたんだよ」
「え、そうなんですか?」
「そう。やめちゃったけどね。そんで、そんときにエキストラの仕事で、ここに来たんだよ。二時間ドラマの撮影でさ。もうべったべたな温泉街で殺人事件が起こるやつ」
「でも凄い。テレビ出たことあるんですね」
「二秒くらいだけどね。だから、まぁ君と同じかな。ここの雰囲気、良いと思ったんだ」
「どうして役者やめちゃったんですか」
「そりゃ、決まってるでしょ。売れなかったから」
「でも諦めるのに早くないですか」
「そうかな。もう三十過ぎのおじさんだよ」
「そういうもんですか」
「どうなんだろうね〜。でも、成功しているヤツってさ、共通点があって。みんな死ぬほど努力してるか才能のあるやつなんだよね」
「ミもフタもないですね」
「でも、本当だよ」俺は息を吸う。「自分では努力してるって言ってても成功してないやつってどこかで甘えてるんだよ。だって、死ぬ気でやれば何でも出来ると思わん? 死ぬ気でやるってのは成功するか死ぬかのどっちかなんだよ。成功してないし死んでもないってことは死ぬ気でやっていないんだよ」
「それ、自分に対しての言い訳にしてません?」
「え?」
「なんかそんな感じがします。ようは死にたくないから諦めたってことでしょう? ダサいし言い訳乙って感じですね」
「言うね〜。まぁ、でも死ぬ気でやるほどの熱が冷めちまったのかも。もう良いかな〜、って自分で思ったんだよ」
「饅頭は?」
「は?」
「この饅頭はいつまで売ってる気なんですか? 死ぬまでここで饅頭売るんですか? それって死ぬ気でやるのと、どう違うんですか?」
「キッツイ娘やな〜」俺は笑う。でも彼女は笑わない。俺から目線を逸らし、もう二度と目を合わせてくれそうにない。
 午後の観光バスがやってくる。ここに来る前は金箔博物館にでも行って来たのだろう。そんな会話が聞こえてくる。彼女はおばさんたちに愛想良く饅頭を売っている。俺はそれを傍目で見ながら、袋詰めなんかを手伝う。
 彼女の言う通り、観光客ってのはみんなおしなべて機嫌が良い。でも、中にはつまらなそうにしている人も少なからずいる。どういう集団のどういうツアーかは知らないが、付き合いで参加しているのだろう。俺は、そのつまらなそうにしている人に声をかける。おばさんばかりだけれど、その子は二十代くらいの女の子だ。新入社員なのかな。
「どうですか? この饅頭美味しいですよ」心にも無いことを、と自分でも思う。でも、この饅頭は決して不味くはないし、付き合いで参加している旅行のお土産だったら、これを買えば良い。この土地の名前も書いてあるし、何より判りやすい。温泉地の温泉饅頭だ。
「美味しいんですか?」と、その若い子が言う。
「美味しいですよ。どれくらい美味しいかって言うと、普通の温泉饅頭くらい美味しいです」
「ハハハ」とその子が少しだけ笑う。
「後藤さん、若いんだから、あっちのチョコレートとかの方が良いんじゃない?」と横からおばさんのリーダーみたいな人が言う。って、ババア! 余計なこと言ってんじゃねぇ!
「じゃあ、これ一つ下さい」その子は、笑顔でそれをいなすと、俺に千円札を渡す。
「ありがとうございます」近くでみるとハーフっぽい女の子で、瞳が青い。おぉ、ちょっと緊張するな。ふと隣りを見ると、バイトの女の子と目が合う。何か言いたそうだけれど、仕事中だ。
 その子は俺から饅頭の入った袋を受け取る。つまらなそうにしていた子が、ちょっとだけ笑顔になる。温泉地の温泉饅頭だぜ。味うんぬんというより、話のネタにはなるぜ。
 ともあれ、俺はなんとなく、この子に饅頭を売って良かったな、と思う。観光客をバカにしているって言われて、それはちょっと当たっているのだけれど、当たっていない。やっぱりバカには出来ない。いや、バカにしてはいけなかったのだ。当たり前だ。
 些細なことだけれど、俺はこのことに気付けてよかったと思う。一つのことに気付けたということは、これから先、何十何百と気付いていけるのかもしれない。何かをバカにさえしなければ。そう。そうなのだ。難しいことはよく判らないけれど、とにかく俺の気分は今上を向いている。それの何が悪いって言うんだ?

 ようするに、キムタクなのだ。

 ラグビーがやりたかったけど事故で下半身不随になって、でも病院で自分より重い障害を乗り越えようとしている女の子と出会って勇気づけられ、プレーは出来ないけれど仲間たちの応援にいくためにリハビリをして、ついには松葉杖で歩けるようになったラガーマン。それが俺のキムタクなのだ。
 最初にあのドラマを観たとき、観客の応援で選手が力を出すっていう理屈が俺には理解出来なかったけれど、そういうもんじゃないのだ。ようは何かをやりきる前に諦めてしまうってのは、それをバカにしているようなものなのだ。そんでもって、何かをバカにするってのは、ダサいしカッコ悪いし、何よりキムタクじゃない。

 大切なのはキムタクだ。

 今の若い人たちには、今ひとつピンと来ないかもしれないけれど、キムタクはやっぱカッコいいのだ。キムタクっぽいヤツってのもいなければ、キムタクが誰かっぽいってこともない。キムタクはキムタクなのだ。

 仕事を終えるとバイトの女の子にお茶に誘われる。俺の俳優時代の話を聞きたいらしい。若いって素晴らしいな。大した好奇心だ。けれど、冴えないお兄さんの俺はちょっと気後れする。最近の若者は全然判らん。若者のすべてが判らん。明日も見えないし、トゥモロー・ネバー・ノーズだ。
 彼女が俺の前を歩く。観光地にもスタバはあって、慣れた感じで入っていく。おいおい、ちょっとペース早いよ〜、と思いながら俺は「例のセリフ」を言う準備をする。
 さぁ、みなさん。ここまで来れば何を言うか判りますね? 判りますよね?
 では、いきますよ。
 はい、せーのっ、

 ちょ、待てよぉ〜!

 って、誰に言うとんねん(笑)
 まぁ、誰でも良い。いろいろ諦めるのは、いろいろやりきったあとにしよう。無駄になっても良いし、中途半端になっても良い。人間みんないつかは死ぬのだ。それこそ死ぬ気で!
 なんだか強引なこじつけのような気がしないでもないけれど、ときに人生にはそういう強引さも必要だろう?

 おわり。

http://www.amazon.co.jp/dp/B01863LYUW

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?