桜花絢爛 「ストーリー3」

「ST 3」
 涼は彩香の家を出てから、品川から高速に乗り横浜に向かっていた。
 乗り慣れたいつもの湾岸高速道路。かつて、ここを時速250キロで駆け抜けたこともあったが、今日は珍しく90キロの安全運転だった。
しばらくして、例のカーブの前を通った。
 涼はそこを通るたびに、あの嫌な感覚を思い出す。鳩尾の辺りがきゅっと締め付けられるような、あの寂しい感覚である。
涼は煙草に火をつけた。
 その時…。
 プアアアアアアアア!プァンプァン!。
 随分と甲高いエンジン音が聞こえたかと思ったら、その音はあっと言う間に涼の車の真後ろについた。ルームミラーを見ると、紫色の派手なスポーツカーが後ろにぴったりとくっついているのが見えた。
 涼が乗る「品川ナンバー8888」の車は、「…」で有名になりすぎたため、こうして高速を走っていると、その手の連中に煽られ勝負を挑まれることが多い。特に、この湾岸線を走っている時は尚更。「その手の連中」の間では、車好きが集まる大黒パーキングも近く、直線が続き、夜は空いている事が多いこの高速は勝負に適した場所になるからだ。
 やがて、そのスポーツカーは涼の車の真横に並んできた。車は紫色の日産GTRだった。型式は古いが、速度重視にあらゆる部品が付け替えられているので、その機能美と共に、車体全体が、夜の闇の中で鋭く輝いていた。
 「見たことないな…」
 涼は頭の中で呟いた。運転席を覗こうにも、GTRは運転席回りの窓ガラスにも黒いフィルムを貼っていて、まったく中が見えない。
 すると、GTRの運転者は運転席の窓を開け、腕を伸ばし、人差し指を一本突き立てた手を車の上に掲げて涼に見せた。そして、その指をゆっくりと前に倒し、「ある合図」を涼に送った。その合図は、その手の連中の間では「ここから先まで競争だ」という事だった。先に大黒パーキングがあるなら大黒までだが、すでに大黒を過ぎた今の場合は「それなりに決着が付くまで」と言う、だいぶアバウトな合図である。
 ゴウウウウウウン!
 涼はエンジン音で返事を返した。
 ゴウンゴウン!
 プァンプァン!
 派手なエンジン音が交差する。
 やがて、涼が一気にアクセルを開け放すと同時に、同じタイミングでGTRもアクセルを全開に開け放した。
 ゴウウウウウウウウウウウウウウウウウン!
 プゥアアアアアアアアアアアアアアアアン!
 両者一気に加速する。加速性能は互角か。両者、まずは180キロまでいっきに加速した。やがて、始めのカーブは緩やかな左。元々左側にいた涼が自然と前を取る形で、涼の車が前に出たが、GTRはカーブの途中から爆発的な加速を見せ、いっきに涼の車より前に出た。そして、涼の車の目の前に飛び出た途端、わざと強めのブレーキを踏んだので、涼は危なく衝突する所だったが、涼はその車が前に出た時点で、その行動を予測していたので、十分ブレーキが間に合った。
 「こいつ…おちょくる気だな」
 GTRは走りに特化した完璧な改造をしている。涼の車も改造されているとはいえ、今はそこまで限界の改造をしているわけではないので、純粋なスポーツタイプの車の究極な改造には適うはずがない。
 そのままGTRが前を行き、涼が後ろを追いかける形がしばらく続いた。やがて、どのカーブでも、涼が前に出ようとする気配がないので、GTRの運転者はその涼の気持ちを察し、再び、ある「合図」を送って来た。
GTRのハザードランプが8回光った。
 すると、GTRはまた爆発的な加速で、あっという間に高速の彼方へと消えて行った。
 涼はその車のナンバーと形をよく目に焼き付けた。
 「群馬ナンバー8888。紫色のGTR」
 「覚えてろよ」
 涼は頭の中で呟いた。

こんなちんちくりんな文章ですが、職業「作家」が夢です。 よろしければサポートしてやってください。