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白衣のTwitterデモから見えた医療崩壊を防ぐカギ――新型コロナ第2波にそなえるために(吉田岳彦)

吉田岳彦(北海道医療労働組合連合会副委員長)

 政府は2020年5月25日、全都道府県で4月7日からおよそ1か月半続いた緊急事態宣言の解除を決定しました。しかし新たな感染者数の減少をよそに、北海道では病院や介護施設での集団感染が続いています。2月初旬に表面化した医療介護現場のマスク不足は、政府発表の解消時期が何度も先送りされ、現在でも改善される見通しが立っていません。
 日本医療労働組合連合会(以下、医労連)がおこなったアンケートによれば、マスクが1日1枚という職場はましなほうで、1週間使い続けている仲間も多く、N95に至っては「壊れるまで使え」と院長通達が出ている病院もあるほどです。
 医療介護労働者は常に感染する・させる恐ろしさに神経を削られながら、新型コロナウイルスの患者をはじめ、必要なすべての人たちへ医療介護を提供するため懸命に努力しています。医療介護崩壊の危機、つまり人手も衛生材料も満足に与えられず混乱し疲弊する現場の状況を変えるためには、1人でも多くの人に知ってもらうことだと考え、取り組んだのがTwitterデモでした。

白衣のTwitterデモ

 新型コロナウイルスの感染拡大がはじまった時期は、折しも春闘と重なりました。病院の労働組合として、毎年、経営者との労働条件交渉をはじめ、社会保障の充実を求める様々な活動に取り組んできましたが、これまで当たり前にできた街頭宣伝や戸別訪問による署名行動が大幅に制限されるなかで、今できることは何かをみんなで模索しました。
 組合員の一番の要求は衛生材料の不足を解消してほしいということでした。特にマスクは、コロナ以外の様々な感染リスクを回避するためにも必要不可欠であり、不足による現場のストレスは凄まじいものがありました。しかし、使いまわし指示への不安と不満はふくれても、業者にものがない以上、経営者がすぐに解決できる問題ではありません。執行委員会で議論を重ね、医労連がおこなっている政府要請を大きな世論に押し上げよう、黙っていてもマスクは来ないし医療介護現場の状況を社会に広く訴える運動にしよう! との結論に至りました。
 さらに組合員から、人との接触を可能な限り制限するには、労働者も経営者も安心して休業できる補償が条件だとの意見も出されたことから、すでにTwitterで拡散され反響の大きかった「#自粛と補償はセットだろ」というハッシュタグのキャンペーンを医療介護の現場から後押しする気持ちを込めて、4月からTwitterへの投稿を開始しました。

白衣のtwitterデモ02

 アカウント名「北海道医労連・道東ブロック」で現場から白衣の写真とともに現場改善のアピールを投稿したところ、「早くマスクとガウンを」などの訴えに予想をはるかに超えた反響と賛同が寄せられました。
 BuzzFeedNewsや地上波ワイドショーからの取材依頼に戸惑い緊張しながらも、「 #補償で防ごう感染拡大 」のハッシュタグがいろんなところに拡散された事実は、「当事者が訴えることの大切さ」として仲間たちに浸透していきました。リツイートのなかに「今回のことで、医療には平時からのゆとりが必要だとわかった」とのコメントを見つけたとき、「伝わった」という実感とともに、医療崩壊を防ぐ取り組みの中心にSNSを据える必要性を認識しました。

医療崩壊の危機はつくられたもの

 今回のコロナ禍で「医療崩壊」が大きな問題になり注目されていますが、医療崩壊の危機はじつは以前からすでに始まっていました。これは政府の政策によってつくられた危機なのです。
 日本国憲法では健康である権利が保障され、社会保障や福祉、公衆衛生は国の責任と定められています(憲法25条)。お金の有無や居住地などによって医療を受ける権利に差別があってはならないというのが原則です。
 国民皆保険制度が制定されて以降、医療機関の一般病床数は1980年代まで増加を続けましたが、その後医療供給適正化の名目で実施された都道府県医療計画により減少を始めます。時々の政府は、臨調「行革」や構造改革、そして現在強引に進められている地域医療計画に至るまで、一貫して医師や看護師数の抑制、ベッド削減といった供給体制の縮小による国民医療費抑制政策をおこなってきました。1986年から始まった国立病院・療養所の再編成では、その後20年間で地域医療を担う病院をはじめ難病の療養所などが約4割も削減され、2004年に独立行政法人化された以降も効率化の名のもとに続けられています(図1図2参照)。

図1_一般病床数の推移

図1 一般病床数の推移(厚生労働省統計より作成)

図2_開設者別の病床数推移

図2 開設者別の病床数推移(厚生労働省統計より抜粋)


 私たち医労連の前身である日本医療労働組合協議会は、戦後間もない1957年に結成されました。1960年代には、恋愛や結婚・通勤の自由を制限され長時間1人勤務を強いられていた看護師たちは、労働組合で自主的な勤務表をつくり、患者さんを守りながら要求の前進をめざす全国的な病院ストライキを決行、改善をせまりました。「患者に寄り添う看護がしたい」という労働組合の訴えは、国民皆保険制度が制定されるなど医療の充実を求める当時の大きな世論とも合致し、患者さんから病院への贈り物禁止運動や、いまでは現場の基準となっている複数月8日以内の夜勤規制など、大きな成果を作り出しました。
 その後も病院つぶしが全国に広がるなか、医労連組合員は地域の病院の存続を願う住民や自治体といっしょに各地で「守る会」を設立し、周辺自治体も含めた国会への意見書採択運動や各県への要請、請願署名、国会議員への陳情と多様な取り組みを展開してきました。同時に「医師・看護師、介護労働者の大幅増員」を柱とし、診療報酬や介護報酬の引き上げと患者利用者負担軽減など医療介護体制を充実させる政策への転換を求めています。年2回実施している国会議員への要請行動には全国の現場から組合員が集結し、与党議員からも賛同を得るなど、粘り強い取り組みを重ねてきました。

 しかし、いまだに医療供給体制の充実は実現できていません。慢性的な人手不足は改善せず、時間外労働も増え、変則勤務や夜勤回数の拡大など忙しさを理由とした退職も減らず、入院患者数を制限せざるをえない病院も少なくありません。医師や看護師の過労死・過労自死が全国で発生するほど、医療の現場は追いつめられています。

コロナ禍でも撤回されない病院の再編統合計画

 この国が地域医療をどのように扱っているかを示す出来事を2つ挙げます。

 2015年、独立行政法人国立病院機構(以下、機構)は、北海道の渡島地方、八雲町にある国立病院機構八雲病院の廃止と、札幌市に新築する病院への編入を決定しました。八雲病院は、筋ジストロフィー症や重度心身障害に対応し養護学校を併設する北海道唯一の医療機関です。人工呼吸器がなければ生きられない長期入院を余儀なくされた患者さんを支えるため、家族ぐるみで八雲町に仕事や居を移した方々もおられます。
 患者家族と住民、全国国立病院労働組合を含む医労連は存続運動を続けながら、廃止ではなく希望者が残れるよう規模を縮小しても病院を存続させること、また新病院への転院希望者には安全な移送方法を確立するよう、機構や北海道との折衝を続けてきました。しかし機構はコロナ渦中にもかかわらず、この8月に北海道・東北圏にある機構の医療機関から医師や看護師を集めて、人工呼吸器を使用している150名の筋ジストロフィー症患者を250km移送する計画を進めています(現在移送の延期を申し入れています)。

 また昨年9月に厚生労働省が公表した公立・公的病院の再編統合案は、名指しされた医療機関はもちろん、自治体にも大きなショックを与えました。全国知事会をはじめ多くの医療関係団体や自治体から見直しを求める意見書も提出されています。追加分を加えた440の医療機関のなかには、感染症対応ベッドをもつ50を超える病院も含まれているのです。コロナ禍中の国会において、厚生労働省は野党の追求に対し「あくまで議論材料だ」として取り下げしない姿勢を崩していません。北海道医労連は昨年の公表時より自治体を訪問し、「いっしょに病院を守ろう」と呼びかけを続けています。

 このように、新型コロナウイルス感染症への対応以前に、通常時の医療体制は縮小され、疲弊していました。こうした体制のもとで、崩壊させずに新型コロナに対応するには、政府・行政の緊急の政策と支援が必要でした。それが充分でなければ、現場と患者さん、国民にしわ寄せが来るのは必然です。

感謝キャンペーンへの複雑な思い

 私たちのTwitterデモも思わぬ反響を呼びましたが、医療崩壊とSTAY HOMEという2つのワードが結合して「医療従事者に感謝を!」キャンペーンがマスコミをにぎわせるようになり、手作りのフェイスシールド、子どものつくった防護服が寄付されるようにもなりました。こうした事態に至り、現場の雰囲気は変わり始めています。善意の寄付や応援はとてもありがたいことだけれど、マスクやガウンの優先的確保、院内感染防止に必要な職員・患者利用者へのPCR検査、陽性患者さんが安心できる隔離施設の確保など必要不可欠な事柄を政府や行政が責任をもって整備しない徒手空拳状態で、「困難な状況をすべて現場に押しつけるのか」という不安や苛立ちが大きくなっています。
 現場のマスク不足も単純な理由ではありません。市場には出回り始めているようですが、単価が上がっているため、患者減と感染対策の持ち出しによって大きな赤字を抱えた病院や施設には、大量に購入できるだけの余力がありません。在庫をできるだけ減らさぬよう節約しなければならないので、コロナ以外の感染予防に支障が出ないよう、現場の負担は増加します。

白衣のtwitterデモ01


 実際、私が所属する北海道医労連の仲間が勤務する病院で、院内クラスターが発生したところがあります。濃厚接触者複数名が自宅待機になり、人員不足を補うため関連病院から当該病棟に援助へ出向いた看護師が感染する事態が発生しました。おそらく一番厳重に対策していると思われる場所で、です。加えて、その病院に勤務する看護師の家族が、会社から「出勤するな」と言われるなど、深刻な差別事例も多発しています。
 また感染者がそれほど多くない地方にある私の勤務先でも、救急当番病院には感染が疑われる患者さんが搬送されてきます。呼吸器症状があればCT撮影を実施しますが、患者さんを介助する看護師、撮影にあたる放射線技師ともにゴーグルとマスクは装着していても、首元が大きく開いたエプロン型では飛沫感染を防げるわけもありません。PCR検査もできず保健所へ連絡し指定感染症病院へ送り出したあと、アルコール除菌作業をしながら「自分は大丈夫だろうか……」と毎回不安に襲われていると話します。

白衣のTwitterデモ⑦20200423介護

 介護現場も同様です。
 札幌市の老人保健施設で発生したクラスターでは、感染した入所者を受け入れる病院がなく、施設内での隔離対応となり、近隣の医療機関から医師や看護師が応援に入っていますが、家族への感染を恐れ自宅に帰れず自家用車で寝泊まりしている職員もいました。また別の老人保健施設に勤務する看護師は、職員でも利用者でも陽性者が出た場合、現状のままでは施設内感染は「防ぎようがない」と断言します。
 厚生労働省の基準では感染者と15分以上近接した場合に「濃厚接触者」となりますが、排泄や褥瘡【じょくそう】処置、食事介助など短時間で終わるケアはほとんどありません。たとえ発症しなくとも、5~6名の職員が2週間の自宅待機に入った段階で勤務シフトが組めない職員数しかなく、「祈るしかないね」という危機的な状況は続いています。

STOP医療崩壊・介護崩壊~私たちにできることは~

 北海道医労連では、仲間の窮状を打開しすべての現場を守るため、5月14日、北海道知事に対してつぎの緊急申し入れを実施しました。

①医療介護従事者を対象にしたPCR検査の即時実施
②PCR検査拡大に伴う陽性者隔離施設の整備
③職員で感染不明な帰宅困難者への宿泊施設準備
④受診困難者(たらしまわし)をなくすための行政による調整機能の設置 など

 病院や介護事業所が個々に解決できる次元をはるかに超えた実態の解決は、政府や行政による支援しか方法はありません。新たな感染者数だけを見れば下火にみえるコロナウイルスも、現場では実感することができません。医療介護の窮状が、緊急事態宣言の解除が決定された今、ますます世間から隔離されるのではないか、そんな恐れが現場をより圧迫しています。
 充分な補償のない自粛が続く状態での緊急事態宣言終結により、感染拡大が国民と医療機関の責任へ転嫁される危険性を感じています。そして経済復興が優先されるなか再び感染拡大が訪れたとき、この政府に対策と支援が可能なのか大いに疑問です。
 医療介護労働者は過酷な環境に置かれても、目の前の患者さん、利用者さんの命や健康の保持、その人らしく生きるための援助を懸命におこないます。そんな仲間たちが誇りをもち安心して働けるよう、現場への予算と物資確保を最優先に、そして福祉や保育、輸送、小売など、ライフラインを支えるすべての労働者を守る施策を充実させることが早急に必要です。もちろんすべての人の暮らしを支える補償の拡大は大前提です。

 「ソーシャル・ディスタンス(SOCIAL DISTANCE)」は感染抑制だけにとどめ、医療介護現場とみなさんとの距離は、より密に。
 病院や介護施設とは縁遠いほうが幸せかもしれません。しかし、いざ必要になったとき、はじめて高額な負担や入院日数の制限などを知り、苦しんでいる方はけっして少なくありません。安心して治療に専念したい、もっと気軽に施設を利用したいという願いは、「医師・看護師、介護労働者の大幅増員」「病院の縮小・統廃合反対」という私たちの要求と一致しています。
 経済効率を優先してきた社会保障政策の見直しをせまることが、医療介護崩壊を防ぐひとつの方向です。みなさんといっしょに進んでいくために、今後も現場からの発信を続けていきます。

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よしだ・たけひこ
1966年生まれ。北海道医療労働組合連合会(北海道医労連)副委員長。医療機関の労働組合専従について20年。Twitterは今回の活動でおぼえた超初心者です。
北海道医労連・道東ブロック@tm5FjjkAgTNk3VK

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