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先生が先生になれない世の中で(4)教員の変形労働時間制――舞台は市町村議会に

鈴木大裕(教育研究者・土佐町議会議員)

今年3月、僕が常任委員長を務める土佐町議会の総務教育厚生常任委員会は、『教員の1年単位の変形労働時間制の導入禁止を求める』意見書を高知県に提出する。

元北海道高等学校教職員組合連合会委員長の國田昌男さんが作った原案と、2019年に山口県議会で提出され不採択となった意見書を元に僕が手を加え、そこに埼玉大学の高橋哲准教授や滋賀県の現職教諭・石垣雅也さんなどの意見を取り入れ完成した(本稿の末尾に添付)。

それを個人的に提出する予定だったが、教員の変形労働時間制について、土佐町小中学校長への聞き取り調査を常任委でおこなった結果、大事な問題なので委員会として補強した意見書を県に提出しようということになった。さらには土佐町における変形労働時間制の導入禁止の審議を、議員提案として3月議会に提出する方針まで決まった。

作成にあたり気をつけたのは、教員の労働環境は子どもの学習環境であるという当たり前であるはずの認識に立ち戻り、変形労働時間制に欠落している「子どもの学習権」という視点から教員の働き方改革を問い直すこと。意見書の落とし所は、国にもしっかりと教職員の定数改善を要望していくことを県に求めるという、添付の意見書よりも格段と先進的な内容になった。

全国の動向を見ていると、教職員組合は主に、県に対して導入反対を求めるよう、地教委などに働きかけているようだ。しかし、それだけでは到底足りない。ちから関係上、県教委がやると言えば、地教委としてはそれに従わざるをえない部分もあるだろう。だから、地教委だけでなく、同時に市町村議会で、自らの都道府県に教員の変形労働時間制導入のための条例制定をしないよう訴える必要がある。

文科省が示したタイムラインによれば、6月か9月の各都道府県議会で条例制定に向けた審議が始まる。となれば、市町村議会にとっての勝負は3月議会となる。

『全国学力調査を抽出式に!』と同様に、『教員の変形労働時間制を導入しないで!』というフェイスブックグループを立ち上げると、すぐさま参加者が集まってきた。現在把握しているだけでも31都道府県から600人ほどの参加者がおり、各地の意見書提出に向けた動きなど、活発に情報交換がされている。このネットワークを活かして、2月12日には3月議会での意見書提出を見据えた議員向けの戦略的なネット会議もおこなった。

全教の調べによれば、昨年、国会での変形労働時間制導入の検討が始まった際に、全国で7つの市町村議会が国に対してこの制度導入のための法改正をしないよう意見書を提出している。驚くことに、そのうち4つは高知県だった。3月議会では、高知県から全国の教職員に希望の光を差すことができるかも、と期待している。

* * *

公立学校教員に1年単位の変形労働時間制を適用しないことを求める意見書(案)

平成30(2018)年の厚生労働省「過労死等防止対策白書」によれば、小・中・高・特別支援学校を含めた全ての学校の教職員の1日当たりの実勤務時間の平均は、通常時でさえ1日11時間17分(所定勤務時間は7時間45分)、1カ月当たりの時間外勤務の平均は77時間44分であり、実に中学校教員の57.7%、小学校教員33.5%が過労死ラインを超えて働いていることを文科省も報告(平成28(2016)年教員勤務実態調査)しています。

教員の労働環境は、子どもにとっての学習環境です。長時間過密労働の影響は教員だけにとどまらず、教育現場は、「子どもと過ごす時間も十分にとれない」「あしたの授業準備さえままならない」などの悲痛な声であふれており、もはや教育の質を保障できているとは言い難い状況です。教員がしっかりと子どもと向き合い、教育活動に専念できる抜本的な労働環境の改善と日々の教育の質を保障するための投資がいま、早急に求められています。

これに対して政府は、令和元(2019)年12月4日、通常の勤務時間を延長し、かわりに夏休みなどの勤務時間を縮める1年単位の変形労働時間制を導入することができるよう、「公立学校の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特例措置法」(給特法)を一部改正しました。しかしこの法改正をめぐる国会審議においては、「教師の業務や勤務が縮減するわけではない」と文科大臣が明言しています。新学習指導要領への対応で教員の業務はむしろ増加する傾向にあり、教員の「タダ働き」が拡大しています。法改正は、教員の負担を減らすのではなく夏休み中の休暇のまとめ取りを奨励し負担を分散するに過ぎず、日常における教員の労働環境の抜本的な改善とは到底言い難い内容です。文科大臣は、「月45時間、年360時間以内」の時間外労働の上限「指針」(令和2年4月制定予定)の遵守を1年単位変形労働時間制を導入するための前提条件であると明言しています。しかしながら、すでに小学校で約6割、中学校7割の教員が既にこの上限を超えて働いており、導入の前提条件すら整っていません。

何よりこの制度が導入されれば、ゆとりを持って子どもと向き合い個々の成長や発達に寄り添うことが困難にならないか、時間をかけて授業準備をすることが一層難しくなって子どもの学力低下を招くことにならないか、日々の疲労回復ができず過労を募らせ夏休み前に倒れる教員が多くならないかなど、懸念は尽きません。変形労働時間制を導入するよりもまず、教員の恒常的な時間外労働を解消することこそが、いま求められています。

よって、県・県教育委員会においては、以下を実行することを求めます。

1. 1年単位の変形労働時間制導入のための条例制定をしないこと。

2. 教員が子どもとしっかりと向き合い、授業の準備をする時間の確保など、教育の質の保障という観点から教員の労働環境の抜本的な改善を行うこと。

以上、地方自治法第99 条の規定により意見書を提出します。


令和〇年〇月〇日   〇〇〇議会
〇〇知事       〇〇〇〇 様
〇〇教育委員会教育長 〇〇〇〇 様

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鈴木大裕(すずき・だいゆう)教育研究者/町会議員として、高知県土佐町で教育を通した町おこしに取り組んでいる。16歳で米国に留学。修士号取得後に帰国、公立中で6年半教える。後にフルブライト奨学生としてニューヨークの大学院博士課程へ。著書に『崩壊するアメリカの公教育――日本への警告』(岩波書店)。Twitter:@daiyusuzuki

*月刊『クレスコ』2020年3月号からの転載記事です。定期購読のお申込みは下記のリンクから。


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