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第5話 とらじ亭2号店出店多店舗展開開始

家族との確執、人手不足で売上減少に陥る体制の中、2号店の船出は最適な時期とは言えなかった。
しかし、この何年もの間、先代達との確執は広がっており、現場の子達にもそれが伝わってしまう雰囲気があった。
家業を事業にする必要をヒシヒシと感じていた。
家族営業からの脱却を図るため、法人設立しても役員には僕ひとり。
会社で頑張ってくれる人にキチンとポジションを用意してやりたかったから。
でも、その用意したポストは全て無駄に終わった。
新店舗の契約をまとめたことを現場に報告した時、僕の顔から血の気が引くセリフを後輩から聞くことになる。

俺辞めます。
おれはしょせん他人で、家族みたいに働けないんだよね。

一瞬目の前の後輩が何言ってるのかよくわからなかった。
去年結婚して、結婚式も一緒に楽しんだ。
有給休暇使って遊んだじゃんか。
実家を出て、夫婦で働いて生きていくんだと言っていたじゃないか。
店は自分に任せて社長業に徹してくれと言っていたのに、どうやら彼の目には僕はめんどくさいことだけ現場に押し付けて、遊んでるように見えていたらしい。
さすがに頭に血が上って『ふざけるな!』と叫んでしまった。

それでも、トミオさんのことを思い出して、自分から頭を下げて、お願いをした。

頼む。
いまお前に辞められたらアルバイトしかいない。
約束した通り働いて欲しい。
やっと俺たちの念願の新店舗を出せるんだよ!
給料だってもっと増やしてやる。
だから頼む。
この通りだ。
僕はそう言って後輩に土下座をして頼んだ。

しかし、後輩の返事は『NO』

どうやら飲食店というものに絶望してしまったらしい。
給料に不満はなく、実家をセントラルキッチンにしたおかげで労働時間も休みも取れるようになっていた。
だけど、自分は社長の様に売上を上げることができなかったし、なんていうか、違うことをしたくなったんだという。
外国人のアルバイトの子達と働いて、彼らに日本語を教えるのが面白かったから、語学の先生になりたいんだそう。
給料は下がるだろうし、正社員じゃなくなるけど、これまで一緒に走ってきて、新人の社員もつけてくれたのに、自分は管理職みたいなことができなかったんだよというんだ。
一緒にアルバイト達とお店の愚痴を言ってるのが楽だったんだ。
だからもう何言われても無理なんだ。

目の前の後輩は目が死んでいた。
もう何を伝えても無理だ。
そう判断するには十分な顔をしていて、もはや何を声かけても無駄な雰囲気。
僕は静かに口を開いて、退職を受け入れた。
そして、最後のお願いをさせて欲しいと頼み、次の後任が決まるまで続けてもらえないかと頼んだ。

後輩もさすがに自分も悪いことをしていると感じてくれたのか、それを了承してくれて、代わりの人間を紹介してくれた。
後輩の友人はパチンコ業界のやつだった。
正社員として副店長の経験もあり、社会人経験があるから後輩よりも大人の話がしやすかった。
そのパチンコ屋では副店長として朝から深夜まで働いており、店の上に住むことを命じられてもそつなくこなしていたやつらしいが、パチンコ業界に先はないと判断してるとのこと。
辞めることを決めた時、後輩は彼にとらじ亭の働き方を話していて、これから店舗展開しようという成長企業で働きたいとのことだった。
正にベンチャー企業の様なうちの会社にとってはそんな根性すわってるやつは喉から手が出るほど欲しかった。

心配なことは一つ。
調理の経験が全くないということ。

あらゆる仕込みこそ簡略化していても、肉を切ったり、野菜を切ったり、多少の調理はある。

その心配は現実化した。
彼はある程度システム化されたとらじ亭の働き方にすぐ順応して、僕の代わりにメニューを作ってくれたり、アルバイトのシフトをうまくマネジメントしてくれたりと想いもよらない働きぶりを見せてくれた。
お店のSNSを始めたのもこの頃だ。しかし、やはり肝心の料理は全くダメだった。
管理業務は大丈夫なのだけど、調理ができない。
ネギを切らせたら日が暮れるほど遅かった。

僕のお店は店長が料理できないと成立しない。
それを彼もわかっていて、僕に肉磨きから全部教えられた後輩に、もう少し一緒にやろうと声をかけてくれたりしたのだが、後輩はもう聞く耳を持たない。
引き継ぎをキチンと終えて後輩はとらじ亭を辞めた。
もう2度と、友人とは一緒に会社をやらないと決めた出来事だった。

僕はその上野本店を新人の彼と求人で応募してきた中国人に任せて、居抜きで入った日暮里店の開店準備を朝から深夜まで独りでやっていた。

何度も繰り返すが僕は汚ったない飲食店が大嫌いだ。
居抜きで入った日暮里のテナントは、僕からすれば最悪最低の飲食店だった。
冷蔵庫はカビだらけ。
グリストラップの油は腐って異臭がしている。
焼肉のロースターには油が、コールタールの様にこびりついていてとれない。
間違いなく世界で一番汚い状態だった。
この焼肉店の前の経営者は中国人だったようで、この光景を観ただけで、絶対に中国人の店で飯は食いたくないと思えるほどだ。
とらじ亭上野本店で採用した中国人は、その光景とは打って変わってマジメだった。
祖母のように綺麗好きで神経質で驚いたほどだ。

とにかく僕は、あのとらじ亭上野本店に初出勤(第2話参照)した日を思い出して、ヤミ市からの挑戦をこの日暮里にブッ立ててみせる。
そう決めたのだから、またまた鬼のような掃除をするしかない。
交渉の結果、フリーレントを1ヶ月つけてくれていたから、30日間ぶっ通しで朝から深夜まで掃除、独りでレイアウト変更、インフラの整備、飲食店として、用意しなければならないさまざまな物事を独りで整備した。

とらじ亭日暮里店は今後、会社にとって重要な拠点になる。
セントラルキッチンを作り、各営業店の労働工数を削減し、働き易くする。
これならもう実家の祖母の部屋をキムチ臭くしなくて済むし、業務用の真空パックを買って、より衛生的に食材を大量に保存しておける。
日暮里駅前に拠点を持つことにより、管理コストを集約、配送作業も駐車場があるからできるし、その時選択できる最高の判断をしたと思った。

しかし、心配なのは上野本店だ。
新人ら後輩の引き継ぎで大丈夫だと思うが、中国人は大丈夫だろうか?
とらじ亭日暮里店の出店により、先代達と仲直りすることで、あらゆる問題が沈静化してくれたら良いな。
そんな一心だった。
働くスタッフを働きやすく、年老いた家族を安心させたい。
売上を上げて、利益を増やして外車に乗りたいんじゃないんだ。良い女抱きたいんじゃないんだ。ゴルフ三昧したいんじゃないんだ。
いま目に映る理不尽なこと、ただただ不変に映ることを全部変えたいだけなんだ。

この頃の僕は金融機関との付き合い方がわかってきていて、飲食店では通常借りづらい運転資金を必要も無いのに借りまくっていた。
そして、この出店により、初めて設備資金を借入れ、もう後には引けない。
十中八九、この日暮里店は苦戦することがわかっていた。
JR日暮里駅直結のタワーマンションの3階。
日高屋さんや、QBカット、松屋などの大衆チェーン店があり、三河島の伝説『焼肉山田屋』がある。
これらの条件は一見、好条件に見えるかもしれない。
大衆チェーン店があるなら、多くの人が集まりやすく、有名店が近くにあれば焼肉を食べたい人も集まる。
駅からは直結で大変便利だし、荒川区のシンボルのような高級タワーマンションが3棟も建っているのだ。
間違いなく忙しくなるだろうと多くの人は簡単に考えるがそうじゃない。

人は通常(コロナ前)自宅の近場ではあまり外食をしないものだ。
自宅に近ければ、お腹が減っても無駄遣いせずに家に帰る。
ましてや安いチェーン店があるなら、それで済ませてしまう。
さらに有名店には、その店に行きたい人が行くもの。
同じ焼肉屋でも、山田屋さんに行く人は山田屋さんで食べたい人なんだ。

商品やサービスを世の中に提案する時、多くの現場ではマーケットインまたはプロダクトアウトでビジネスモデルを作る。
しかし、とらじ亭はそうじゃない。
とらじ亭というお店は上野御徒町で戦後から営業を継続してこれた店。
ハッキリいって変えるところが何もない。
仕入れ先は間違いないし、材料も和牛。
味付けも変える必要がなく、変えたらむしろがっかりされる。
第1話で書いたように、借金だらけで売上不振のお店は、第2話で分かる通り、掃除をしたり、呼び込みをちゃんとしたり、レシピ通りに調理して、お客様とコミニケーションを怠らなければ、再興できてしまった。
殆どの企業再生は、やるべきことをちゃんとやれば再生してしまうと実感した。

しかし、それは理不尽が不変じゃないと信じて、やるべきことを一つ一つ確実に実行できる人達が揃ってこそのものだと思い知った。

2017年4月25日
焼肉・ホルモン料理とらじ亭日暮里店開店。
飲み物を90分飲み放題無料にしたおかげで、初月は連日満席御礼。

でも、月次をしめてみると、とんでもないことが表面化した。
とらじ亭上野本店の売上が半減。
赤字だ。
日暮里店のオープンは僕と後輩から引き継ぎを受けた彼と新人のアルバイト達でやったから、本店は彼の引き継ぎを受けた新人の中国人が運営していた。
先代達は店に来ない。
スマホには確かに連日クレームや家族はどこにいるんだ?といったお客様や常連さんからのメッセージが残っていた。
しかし、新店舗のオープンで何も対応できなかったのが実態だ。

さらに、とらじ亭日暮里店のPLは飲み放題無料のため原価率が50%を超えていて、飲み放題に対応するためと、新人ばかりだったために増員して人件費が35%。
月商は目標にいったのに、赤字だ。

こんなことってあるのか。
生まれて初めて赤字というのを経験した。
そして、同時に無意味に思えた運転資金の借入に感謝した。
会社は現金に始まって、現金に終わる。
このとき、会社に運転資金がなかったら、3ヶ月後に閉店していただろう。

そして、稼ぎ頭の上野本店の売上が半分になり、日暮里店の売上は日を追うごとに悪くなっていくことになる。
多店舗経営の恐怖を、この時の僕はまだ何もわかっていなかったんだ。
ほどなくして、僕は最愛の妻と離婚した。

第6話へ続く…

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