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夜道-独り歩き)


寒風にでも殴られれば、目まぐるしい思考も少しはへこたれるだろうか。枕を捨てて街に出よう。
冬ふゆした装備で家の鍵を手に取る。そうだその前にと、いちおう書き置く。
“探さないでください”
一人暮らしの部屋は既に空虚に満ちている。

エレベーターによる垂直移動、位置エネルギーさよなら。オレンジの街灯を頼りに歩き出す。
あてどなく、意味もなく。うらぶれ、夜はやぶれかぶれ。暗闇において光は馴染まない。ものごとの輪郭がはっきりとしている。時折、視界がぶれる。俄然、輪郭ははっきりとしている。

実存の手触り、明示される灯光。行き交う人々、脳内の異物感。
体内時計が、狂っている。1秒はいったい何分だろう。1日はいったい何秒だろう。身体ごと伸び縮みしてしまいそうだ。
取り巻く世界と自身の世界の間で生じる摩擦熱が、思考のフィラメントを焼き切る。

とうとう一瞬たりともまともに照らされなかったね。散らかした言葉の数々が黒く塗りつぶされる。混沌が整然とする。なんだか核心がそこにあったかのような顔をして目を見てくる。なんだか核心がそこにあったような気がしてくる。

だめだ、帰ろう。月が心を見透かしてくる。照らせなかった心の底を照らそうとしてくる。惨めさに似た感情が後ろをつけて歩く。彼があと3mmでも近づいてきたら泣いてしまいそうだ。いや、灰になってしまいそうだ。

帰り道、前を歩くひとが煙草を捨てた。雪の上に散る灰に自分を重ねる。二度と火の点かぬところが似ているね。余地のあったあの頃を思い出して息を深く吸う。酸素は味方。

一階のポストを確認する。からっぽ、いつもの通り。自室は1時間前から時が止まったようだ。不要になったメモ用紙を捨てる。探されも求められもしないここへ返る。ペンギンのぬいぐるみを可愛がる。

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