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本ト酒 京都タヌキ鍋 結 タヌキの親子

猫を堪能し、きつねに化かされタヌキを探す宵山冒険。相棒の水風船を叩きながら覗き見る格子の向こうには、不思議な世界が広がっていた。

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わいわいとした宵山を味わいながら散歩をしていると、何やらそこここの町家の前に人だかりが。普段は野次馬根性の手綱を握って離さないのだが、その日はあいにく放牧中だった。

古くからの歴史を感じられる、どっしりとした白い壁、濃灰色の瓦、黒木の格子。格子の中を皆覗き込んでいるようだが人が多くてよく見えない。

脳内競走馬が早く見たいとギャロップを始め、身体の方も群衆の後ろで跳ねていると、ようやく前が空いて順番が来た。

見えたのは、宝物の品々。四曲一隻(というらしい縦に四つ折り)の屏風の前には、衣紋掛けにかかった着物。厚みのある朱色や白絹の生地に、金糸•銀糸で花や貝殻の華麗な模様が描かれている。床の間の壁には何やら渋い水墨画と、流線型の輪郭が美しい白磁壺。そこに紫色の花が、簡素かつ上品にいけてある。

なんだここは、だれかお姫様でもとじこめられてるのか。格子の隙間から見える月を、白玉か何ぞと言いながら毎夜眺めているのじゃなかろうな。

調べると、宵山の間は地元の名家がボランティアとして秘蔵のお宝を公開しているという。中には国宝級のものもあるらしい。

すごい、京都すごい。ウチなんか自慢するものといえば可愛い犬くらいしか無い。しかも吠えまくるから公開出来ない。

貴重なものをタダで見せてくれるのだから、名家の人は太っ腹だなぁと思いつつ散歩を再開。

国宝といえば、唯一生で目にした事があるのが人間国宝の講談師、神田松鯉。落語に脱線したいがまた今度。

そろそろお腹が空いてごはん処をさがしていると、路地裏に提灯を出しているお店があった。

清潔感のある無垢の白木格子と、そこから漏れる淡い光に誘われてふらふら近寄る。中を覗くと、ほの明るい店内に広々としたカウンターと何人かの板前さん。中にいる人達の和やかで楽しそうな顔が見えた。

良いではないか良いではないかと思い、失礼ながら予約無しの体当りで訪問。運良く入れて席に着く。夜でも蒸し暑い外気から逃れて一息、まずはレモンサワーを頼んだ。

店内を見渡すと、背後には竹を円い月のような形に組んだ棚。そこには装飾用と思しき小物がいくつか並んでおり、牛車のミニチュア、山鉾、招き猫などが鎮座していた。

その中でもひときわ目を引いたのが、タヌキの顔である。

びっくりしたようなまん丸の目と、板蒲鉾形の耳。ずんぐりむっくりとした急須形の器に、顔だけデーンと描かれている。どうやらその中に徳利をいれて酒をあたためるための器らしい。

これも何かのご縁、飾りとは思うがどうしても気になる。最初はサワーを飲みながらチラチラとタヌキを見ていたが、アテの美味しさと空腹へのアルコール摂取で気が大きくなり、店員さんにタヌキを使わせて貰えないかお願いしてみた。

ぶぶ漬け一粒渡されて追い出されるかと思いきや、にこやかに笑って、わざわざ洗って持ってきて下さった。しかも子タヌキのお猪口付き。

これがまた可愛らしい。親タヌキソックリの顔で、小さいながら一丁前の顔をしてお猪口のフリをしている。これに熱燗を注いだら、アチチと言いながら尻尾を出してしまうのではないかしら。

ここで辛抱堪らず、タヌキの親子を占有したいがために日本酒を注文。熱燗は流石に季節柄飲む気にならないので、親タヌキには見守りに徹してもらう。

澤屋まつもと、玉乃光など京都生まれの銘柄を堪能。甘やかでも近寄り過ぎるとスッとさりげなく遠ざかる後味がたまらん。

そして、猫暖簾の前で見上げた空にふさわしい名前の「蒼空」を注文。飲んだ瞬間、夏の雲のように旨味が立ち上り、フワッと舌の上で広がるとスーッと消えてゆく。

その余韻を味わいたくて杯を重ねているうちに、いつの間にかホテルに戻ってスヤスヤしていた。

終盤の記憶が曖昧なのは、きっとタヌキの親子に化かされたに違いない。してやったりと、親に戦果を報告する子タヌキの姿が目に浮かぶ。

今回は京都の魑魅魍魎に化かされてばかりであった。五山の送り火を見る頃までには、修行を積んで出直そうと思う。

天狗師匠、いませんか。

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翌年五山のリベンジを行った。

そこで出会った強烈な女将さん、川床からみた送り火、金魚の群れ、ロックな舞妓はん、はまた今度記録。






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