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ONE STEP FROM EDENをプレイした感想

買った当初はあまりにも難しかった。
ロックマンエグゼを想定してプレイしていたので速すぎる敵と攻撃、キツイHP、アクションゲームが苦手な反射神経オワオワ人間にはきつかった。
それでもキャラビジュアルが好きなのでなんとかクリアしたいと思った。
キャラビジュアルや世界観は大事。

いきなり話は脱線する。

SEKIRO: SHADOWS DIE TWICE(以下SEKIRO)が好きだ。

SEKIROは一見「敵が超ガードしてくる」「超反応攻撃をしてくる」「しつこくつきまとってくる」「雑魚のHPが多い」「俺の狼が弱い」と「プレイヤーの反射神経が求められる」ようなゲームに錯覚する。
高校生の頃は格ゲーで空中コンボができないアクション苦手ゲーマー、さらにそこから12年鈍った俺には難しいのではと思った。
鬼庭刑部雅孝に勝てずに過去に逃げ帰った狼。そこで出会ったのが「まぼろしお蝶」だった。
鬼庭刑部雅孝はソウルシリーズが好きな自分の中で特に苦手とする「異形系モンスター」(馬が)だったのもあるが、まぼろしお蝶は「人間」だった。
「人間なら恐れることはない!」今までも人間相手にはいつもいつでもうまく立ち回ってきた。グウィンや烏羽の狩人を殺った千景使い、強敵と言われるが「パリィが有効」な相手に遅れを取らなかった。
だからかまぼろしお蝶にはあっという間に倒されても不思議と絶望感はなかった。

まぼろしお蝶は俺にSEKIROのすべてを教えてくれた。このゲームはすべてが反射神経なんかじゃ決して無い。相手と自分のリズムと息をぴったりと合わせて踊るように攻撃を弾く。
俺は無事3日間で一心までたどり着いたのだった(そこから倒すまでに2日かかる)

さてONE STEP FROM EDENだ。

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このゲームはしばし「ロックマンエグゼライク」と呼ばれる事がある。「ロックマンエグゼ」とはゲームボーイアドバンス(以下、GBA)全盛期に現れたロックマンシリーズの一つで、生まれるのが早すぎたゲームの一つである。縦3マス×横3マス×2陣地のフィールドでロックマンが様々なチップと呼ばれる攻撃手段を使い戦う戦略あり・アクションありのRPGである。生まれるのが早すぎた理由の1つは、ロックマンエグゼは「インターネットが普及した社会」で「ネットナビ」と呼ばれるプログラム同士や人類の敵ウイルスとインターネット上で戦うゲームである。
GBAの通信は当然ケーブルでインターネット通信なんてできなかった。インターネットに繋がるようになったNintendo DSでも続編は出たが主人公や設定が大幅に変わってしまったためどうも人気が振るわなかったようである。
もし、ロックマンエグゼがこのインターネット社会と化した現代にあればもっと楽しいことがたくさんできたのではないだろうか
ロックマンエグゼファンの中にはこう思う人も少なくはないだろう。

そういった希望に答えてかロックマンエグゼのようなゲームがリリースされる。心が踊らないはずがない。自分がGBAを買った時一緒に買ってもらったソフトがロックマンエグゼ2だ。そんな思い出の詰まったロックマンエグゼみたいなゲームならやらない選択肢はない。早速Switch版を購入しプレイしたのだった。

絶望だった。

ステージ1のボスでセリシーというJKみたいなボスを出会う。

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こいつがもう曲者で氷をピュンピュン飛ばしてくるとこっちのHPが減っていて殺される、意味がわからない。
初見殺しが多めのゲームなのだろうか、そういったものはソウルシリーズで経験済み、余裕よ、という気持ちで再スタートする。
そしてボスまでたどり着くとそこにいたのはセリシーではなくレヴァという女騎士だった。JKと合う約束してたら女騎士がきた、なんて日だ。

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なんかいきなり200超えのダメージを出されて負ける。しかもこっちの攻撃はバリアに防がれる。
絶望だった。
よく考えたらロックマンエグゼ2をプリズムバグで突破してきたプリズムバグの使い手の自分にアクションゲームの素質がないことは明白だったのだ。(プリズムバグが効かないプラネットマンは嫌いだよ)

悔しかった。
セリシーに会いたかった。セリシーとキレイにダンスをしたかった。もうやめるしかないのか…。

「サフロン・クロノを解除しました」

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画面には初期キャラの新しいスタイルがアンロックされたと映る。
やってみるしかない。そう思った。
サフロン・クロノ(以下クロノ)はデフォルトとは違い、バスターがなくなった代わりに何秒か時間をスローにできる能力をもっていた。
初期の攻撃スペルもわかりやすく「当てにくいが全部当てると大ダメージ」なスペルが揃う。
つまり「時間をスローにする」→「当てにくいが全部当てると大ダメージなスペルを的確に当てる」というキャラだ。
このスローは強く、相手の攻撃を避けることにも使える。スローとは言いつつも自キャラの行動は等速なのでサイボーグ009の加速装置のようなものだ。

それはあまりにも”無敵”すぎた。”無敵”、それはゲーマーの心をガッツリと掴んで離さない、そういうものだ。かつてのプリズムバグのように。

最初のボスはJKでも女騎士でもないシソとかいう男だった。JKや女騎士につられてきたら男がいた。び…美人局かな?

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でも”無敵”のクロノを使う俺の敵ではない。初めてボスを倒した。これ以降シソはひたすら舐め続けられることになる。
次のステージは氷のステージだった。「お、この背景はセリシーに会える!今度こそキレイに踊ってやるよ(イケメンのかまえ)」と勇んで進むが待ち受けるのはヴィオレットとかいうおば、お姉さんだった。これならまぁセルフィーのプロレベルかな…。

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いきなりバイオリンを弾き出すとこちらに緑色の攻撃予測がくる。しかしどうしたことだ。全く自機を狙わない。”無敵”のクロノを使うまでもない!

それがヤツの作戦だった。

いきなり繰り出される全体攻撃。しかもダメージもでかい。
そしてこんどはフィールドに満遍なく赤い攻撃予測がくる。”無敵”のクロノを使いなんとか避ける。しかし次は緑色の攻撃予測がくる。俺は攻撃を避け続けそしてスペルを使い続ける。全体攻撃をくらいあっさりと死亡。

困惑だった。
画面に映る情報を一つ一つ噛み締めながらプレイをしていたのに理不尽な全体攻撃に殺された。自分の頭の中に「クソゲー」の文字がよぎる。
しかし絶望感はさほどなかった。”無敵”のクロノがあるので「あのクソボスさえ来なければ勝てるのでは?」と思いプレイを続ける。”無敵”とは心の拠り所だ。

”無敵”のクロノと共にしばらく遊んで学んだことは3つ
・覚えゲーだ。相手の攻撃の避け方を覚えて的確に行動しつつ隙をみて攻撃を当てるゲームである。
・ヴィオレットはクソボスではない。音ゲーである。
・ONE STEP FROM EDEN。それはSEKIROのようなシビアな戦闘にローグライク要素を加えた全く新しいゲームである。
 
「これはロックマンエグゼだ」を「これはSEKIROのようなシビアな戦闘にローグライク要素を加えた全く新しいゲームだ」と認識を変えた瞬間、自分はめきめきとゲームを理解しはじめる。

これがゲームをしているとき一番楽しい。ゲーム制作者と息があったようなそういう感覚。制作者とリズムを合わせてプレイする。俺はゲーム制作者のリズムにノッたのだ。どんな楽しいダンスもリズムにノレなければそれは即ち拷問である。

ノッてからは早かった。「制作者はこうしてくれるだろうという前提でこう実装しているのだ」と理解しはじめるとセリシーの動きも「なぜか対応できる」ようになる。全キャラ開放も難なくこなし、スキン開放も順調に進む。

途中、Switch版だと長時間プレイすると小フリーズを起こすことが頻発したのでPC版に乗り換えた。Switch版をしていた時は毎日4時間以上プレイしていた。「そろそろ小フリーズが起きてきたから1時だな」と察知し時計をみるとやはり1時なので寝る。そういう生活だった。本当に面白いゲームをやってるときは時計を見る一瞬がもったいないのだ。最初からPC版をやるとわけも分からず殺されるサフロンの姿はそこになかった。何度もソウルシリーズで経験してきた。「プレイヤー自身の成長」だ。

セリシーの動きも覚え、ヴィオレットの動きも覚え、EDボスも2体倒す。
残りは1体。エデンに待ち受ける女神っぽいやつだけだ。

しかしびっくりするぐらいそのラスボスは強かった。

驚異の万超えである桁外れの体力(プレイヤーの最大ダメージは良いところ500ぐらいである)、攻撃のシビアさ、そもそもフィールドを壊して「自陣・敵陣」の堺をなくす特殊戦闘。純粋なパワー+特殊なギミック、弱いはずがない。

今まで得た知識を一度整理する。

・覚えゲーである→避けにくい攻撃は多いが威力はそこまで高くない→シールドや防御をあげて避けにくい攻撃は受ければよい
・このゲームはローグライクである→こちらはラスボスと相対するまでに準備ができる

たどり着いたのは「クナイ」だった。

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「クナイ」とはスペル発動に必要なマナ消費が0、そして30ダメージ、1回使うとなくなる(廃棄という効果)というそれだけではあまりにも貧弱な攻撃方法だった。
だがプレイ中に気がつく。アーティファクト(パッシブスキル)の「ミートシールド」の存在である。

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これはスペルが「廃棄」されると「バリア20」(20ダメージまで変わりにうけてくれる)がつくという効果である。つまりクナイを一度投げると「直線30ダメージ」+「自分にバリア20」という効果である。

まだ、まだ貧弱。

ここにアーティファクト「カード投げ」が合わさる。

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これはスペルが「廃棄」されると「ランダムな相手に20ダメージ」がつく。つまり「直線30ダメージ」+「自分にバリア20」+「ランダムな相手に20ダメージ」である。ここまでくると「0コストで使えて良い性能ではない」となる。

だがクナイの生成手段は少ない。

いくら「0コストで使えて良いスペルではな」といっても0コストは0コスト。効果は微々たるものである。
そしてクナイの生成手段はスペルにクナイを生成する能力がついた物を使うか、クナイを生成するアーティファクトをつけるしかない。

だが、「アーティファクト」に明らかなぶっこわれがあった。「ニンジュツ」。

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これは「クナイが当たるとクナイを1枚生成する」という能力である。
直線30ダメージ」+「自分にバリア20」+「ランダムな相手に20ダメージ」+「ヒットするとクナイを生成
そしてその生成されたクナイをあてるとクナイが生成される。つまり敵に当て続ける限りダメージは加速し、自分のバリアはどんどん数値を上げる。見えかける”無敵”の文字。
 
おいおい、お前はそのクナイを当て続けることができるのか?アクションゲームが苦手な反射神経が終わっている男が」。心の中の自分がこう囁く。

そのとおりだ。当て続けることなどできっこない。そもそも相手の動きを追えてすらいないのだ。まだ遠いのか?”無敵”まで…

いや、果たして本当にそうだろうか?

”無敵”のクロノの再登場である。

時がスローになったらクナイを投げ続けるだけ。まるで今なお”無敵”の象徴として君臨するDIO様のようだ…。
クロノで再挑戦する。理想のアーティファクトになるまで何回もプレイする。そうしてようやく、ラスボスを下したのだ。
(実際はここから条件を満たしていないので二週目がはじまる)

ONE STEP FROM EDENは多少不親切だ。

もうちょっと画面に説明が多いとすんなりゲームを理解できるかもしれない。しかしその不親切さから自分がノれる所を見つけ出せば最高のゲームとなる。どうやって”リズム”をノるか、なのだ。

自分はロックマンエグゼだと思っていたが制作者はロックマンエグゼそのものを作りたかったわけではなかった。このミスマッチが不満に繋がる。

アップル社の故ジョブズは、iPhoneを名前の通り「電話」と紹介した。自分から見たらiPhoneは電話ではない、どうかんがえても小型情報端末、つまり小型のPCの一つに電話アプリがあるだけ。

だが自分はジョブズが「電話」と言ったにも関わらず、iPhoneを小型のPCと見てしまった。インターネットもゲームも文章作成も出来る。だがスペックのなさにイライラとし、当時全盛期だったFlashが見れないことにもイライラとし、「iPhoneは出来ることが少なく、性能がゴミなので流行るわけがない」と言い切った。

しかし、iPhoneは「PC ー(マイナス) 性能」としてではなく、「電話 +(プラス) α」として多く人に受け入れられた。アホな自分が初めてジョブズが天才だと感じた話である。

今思えばONE STEP FROM EDENはこのミスマッチの連続であった。ロックマンエグゼだと思っていた。最初に戦うボスはセリシーだと思っていた。ヴィオレットの緑の攻撃予測は避けるものだと思っていた。

このミスマッチが続き一定のラインを超えると「クソゲー」と呼ばれてしまう。自分が楽しんだゲームが世間一般には「クソゲー」扱いされてしまうという事を経験したことはないだろうか。「エアプ」「信者」「アンチ」そういうこともあるかもしれないが自分が思うに多くは「ミスマッチ」なんだと思う。

散々アクションゲームが下手だと書いた。アクションゲームが下手なのに好きなのはなぜか。自分にとって下手というのは単純に身体能力の低さでしかなく、一番楽しいと感じる時がこの「相手を理解した」という時だからだろう。「相手を理解する」ことに身体能力は必要ない。

ONE STEP FROM EDENは自分がなぜ反射神経が終わっているのにシビアなアクションゲームが好きなのかを気付かせてくれた。そしてそれをしれたこともまた一つ「楽しさ」なのかもしれない。

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追記(4/22 22時)
頑張って実績全部解除しました!​


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