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第28回 お伊勢参り

3月上旬、極寒の三重県伊勢市に出向き、お伊勢参りに行ってきた。幼少期関西ですごしたぼくには、伊勢神宮に行く機会が何度かあったし、レギュラー出演していたテレビ番組のロケでも内宮に伺った。係の方についていただき1時間以上かけて解説付きの案内を受けた。「五十鈴川のほとりにたたずむ伊藤」みたいな恥ずかしいショットも撮られたにもかかわらず、実際の放送ではワンカットも伊勢神宮のシーンは使われていなかった。テレビ番組なんて、そんなもんである。
 
以来の伊勢。今回は三重県で開業するドクターの友人から多くの情報をいただき、それをトレースする充実の食旅となった。
 
「伊勢は津で持つ津は伊勢で持つ」というように、三重県は他に類を見ない自治体である。縦に連なる、四日市、鈴鹿、津、松坂、伊勢など、ほぼ同サイズの町ながらそれぞれ全国区の知名度と個性があり、、それを近畿日本鉄道という大手私鉄が繋ぎ、名古屋、京都・大阪の大都市にアクセスする。
 
さて、伊勢においてまず外せない高名な餃子の店『美鈴』を目指す。なにしろ温暖な伊勢始まって以来の寒さですよとタクシーの運転手が言うぐらい寒かったので、道中の通りに人が全くいない。しかし『美鈴』の前の人だかりにあ然とする。
 
お待ちの間は向かいの青木酒店へという貼り紙があり、迷いなく向かうと、すでに宴会中の先客も。朝と書いてあさつと読ませる三重県のレアな日本酒の蔵出しがたった今届いたとかで試飲。うまい!。即購入する。他にもいろいろとテイスティングさせてもらいすっかりぽかぽかに。明るく快活な女主人の話がまた面白く楽しく、あっという間に時間が過ぎる。
 
餃子の店ながら『美鈴』のカニクリームコロッケがおいしいとのドクターからの情報で、焼き・水餃子と共にすかさず注文。東京の『香味屋』をも想起させる完成度に感動しその旨を告げると、元々大将は洋食店を営んでいたという。それゆえ餃子もフライパンで焼く。餃子がおいしいのは、小麦粉を延ばして皮を作るところから見せるパフォーマンスもさながら、カリカリに焼けた底から上に向けてのグラデーションは見目麗しく、口にすると無肉汁というより野菜汁のやさしさが先攻。添えられた紅ショウガが関西を主張し、輪郭を際立たせる役割を果たすのだ。それとつけダレか自家製なのも、おいしい餃子店の矜持だろうと再認識。
 
ところで、数多くの神社がある伊勢には餅の文化が根付くとドクターに教えられ、その観点で街を歩くと本当にお餅屋さんが多い。中でも彼の推薦店は『美鈴』のとなり。前述の青木酒店を知らなければ、餃子より先に餅だったかもしれない。『お多福堂』では2種類の餅を購入後、黒蜜をかけた焼き串団子をその場で食らいつく。みたらし団子とは違う初めての味覚。店主曰く好きになるかもう二度といらないか、どちらかですよと。憎めないキャラの楽しい方だ。ホテルに戻って食べた餅は、何百年も変わっていないのではないかと感じる歴史的な味わいで、オリジナルを知った感動にも似た喜びだった。
 
観光客がメインゆえか、伊勢のタクシーは、飲食店など住所を告げずともたいてい目的地まで運んでくれる。と同時に、神宮を背負うブライトだろうか、神社や神々についてもよく勉強されている。伊勢神宮に祀られる天照大神は、お願い事をするためにあるのではなく、存在は必然なのだと教えられた。伊勢に来るというのはあなたの意志ではなく、伊勢神宮に呼ばれたからなのですよと。
 
翌日は神宮を参拝後、伊勢うどんの名店をのぞき、午後からは地元の居酒屋『一月家』が目的地だ。入店は午後3時というのにほぼ満席で、すでに出来上がっている調子の声が各所から。店への道中には人が全く歩いていないのは『美鈴』同様だ。70席以上はあろうかという店内を、ほぼご主人一人で切り盛りしつつも、お店の特徴的な料理をあれこれと説明しながら、東京からの客人も常連同様にもてなしてくれる。通って50年という自動車整備の社長や80代の元スナックママさん、もう3軒目という酔っぱらった30歳の兄ちゃんなど、カウンターの左右は玉石混交のカオス状態。しかし、皆さん伊勢を愛し、伊勢に来た客人には伊勢を好きになって帰ってもらおうといる意欲が涙ぐましいぐらいウレシイ。
 
ご主人は殺人的な忙しさながら、その日が寒かったこともあって三重の地酒を全て燗付けで出してくれた。もちろんその都度湯煎するのだが、温度は常に適正。目の前でサワーなどの割り物も作っておられ、手元を見ていると焼酎の量がとても多い。客があっという間に酔うのがよく分かった。
 
なんという寛ぎ、充足だろう。酔客のノイズ、喧噪、地方ならではの煙草の煙も気にならない大教室のような空間。ありふれているからこそ味わえる悦楽。想像できる日常なのに非日常な体験はここでしかできまい。
 
 


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