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第19回 酒肴あおもん 五反田

法律で酒が飲めるようになって以来、居酒屋は文字通り自分の居場所となった。フランス料理や日本料理、鮨にしても、もちろん大好きではあるが、どこかに緊張感をはらみつつ向き合っているような気もする。いつぽう居酒屋は、入店した時の喧噪から、それはリラクゼーションのためにあるような受け止めで許容できるのだ。
 
そんな意味でも、財布が極端に薄っぺらいころから、長く長く居酒屋と付き合ってきて、今風に言えば、酸いも甘いも共有してきたと思う。長ければ長いほど別れも多い。設備の老朽化や後継者不足で閉めてしまった店も限りなく、自分も歳を取ったなあと回顧する。特に行きたくても行けなかったコロナ禍の期間が明け、何軒かの店がなくなっていることを知るのはつらかった。
 
ただ、ぼくが通い始めた30年以上前から、確実に進化している。失敗を繰り返さないよう、細かいところまで入念にコンセプトを積み上げ、料理や酒を店の印象に紐づくように輝かせ、スタッフを徹底的に教育して店主のコピー版のようなホスピタリティを発揮させる。それは「ネオ酒場」みたいな全体的なトレンドとは一線を画するオリジナリティも併せ持つ。2014年恵比寿にできた『おじんじょ』は、それを具現する一軒。居酒屋をくいものやと称し、ひと手間かけた料理で差別化を図った一連のメンバーが興した店だとだと後ぼと聞いた。
 
そして今回取り上げる『酒肴あおもん』は、上記の『おじんじょ』を始めいくつかの店で居酒屋の新しいスタイルやノウハウを探求し導き出された、隙のない居酒屋として2023年2月五反田にオープンした。
 
五反田は、さほど頻繁に足を運ぶエリアではないものの、この店の場所は、以前『生粋』という店だつた。何が気になってここに来たのか記憶がない。この近辺では、漫才師NON STYLE石田明さんの義父が営む『坊乃』の方が印象に残っている。
 
酔っていたら危険が伴いそうな暗い階段を、素面でよかったと安堵しつつ下る。既視感のある店内だがゆったりと寛げサイズもちょぅどいい。『あおもん』と名乗るように青魚の料理をメインとした居酒屋を表明する。食材も絞るが、結果客も絞られることを厭わない強気の展開だ。メニューはあれこれ欲張らず少な目で、コースにすれば代表的な『あおもん』の料理をほとんど網羅できそう。アラカルトでも、どれも頼んでみたくなる個性が目を引く。アジ、サバが二種、タイ、カンパチ・・・。日常の居酒屋では刺身はあえて単品でしか注文しない。しかし青魚中心と分かるここでは盛り合わせで。高知からの直送と店主は語る。いずれも熟成したようなねっとりとした脂が、青魚の特徴を捉えて舌に伝える。
 
試行錯誤の上でやっと完成させたレアなアジフライ。昨今行列の牛かつからヒントを得たのだろうか。しっかりと火が入った一般的なアジフライとは全く異なる風味と食感で、目からうろこだ。フライと言ってもほとんどオイリーさはなく、強い温度の中、自らの水分で瞬間的に軽く蒸された、そんな感じ。これを名物とする打ち出し方にも共感させられる。
 
いっぽう、日本酒の対応が不思議極まりなかった。スタッフから聞いたことがない酒を何種類か勧められたので質問したら、産地や銘柄すら答えられず、情報は夏酒と純米吟醸だけ。居酒屋なのに不可解過ぎて、失望より逆にこれが新しいのかと先読みしてしまうぐらいだった。いっそのこと一種類だけにすれば潔いのにとも考えるが、捉え方によっては、日本酒のうるさ方は面倒なのでターゲットではない、とさえ感じた。居酒屋と言えども日本酒を軽視しても構わない、みたいな時代なのかなあと思いあぐねてしまった。というか、ここまで突き抜けたら違和感も飛んでしまうのだと初めて知った。
 
2023年2月オープン。どこからどう耳に入るのか、すでに常時満席でニ回転もしている。『おじんじょ』時代の記憶もかすかにある店主は一人で料理に徹して大忙しだが、客への対応や説明にも笑顔で余念がない。居酒屋成功の方程式を熟知した男の信念は揺るぎなく、それが客にも伝播し、居酒屋の愉しさがゆるゆると広がっていく。居酒屋はもう、オツサンのためだけにあるのではないとつくづく思う。
 
 
酒肴あおもん
東京都品川区西五反田2-31-4KKビルB1階
03-6417-0636

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