「理不尽が日常」第3話

〇会議室(朝)

男子、動かなくなった派遣君に向かって手を合わせている。
派遣君、ぴくぴくと痙攣するように動き出す。ぎょっとする男子。

男子「(身をひいて)え、エクソシスト!」

派遣君、顔を上げて、
派遣君「だれが悪魔じゃ」

男子、そんな派遣君を見て笑う。

派遣君「それにしても、これじゃ、ほんとに誰のために働いてんだか」

男子「日本は欧米と違って派遣会社のピンハネ率に対する規制がないからね」
派遣君「そうっすね」

男子「あーあ、派遣会社の社員にはボーナスが払われ、俺たちには無し。派遣会社の社員はコロナを理由に会社訪問を止め、働き方はさらに自由に」
派遣君「派遣社員には有給も使わせないのにね」

男子「そうそう。俺もやられたよ、前の職場が忙しくて有給使えなくてさ、辞める時に使わせてもらおうと思ったら、次のところで使えるからって・・・」
派遣君「で、その有給が消えるように、しばらくの間は仕事紹介しないんでしょ?」

男子「そうそう。一か月とかそこらで同じ派遣会社で仕事はじめないと、有給の権利が消えるからね。で、その期間が終わったとたんに、仕事紹介の電話ががんがんに入るってゆー」
派遣君「それまでは仕事にエントリーしても落とされるでしょ?」

男子「そうそう。しかも、エントリーで落とされた会社の紹介とかはじめたりしてさ、『それエントリーして落ちたんですけど』って言ったら、『あ、そうなんですか。それでですね・・・』って平気で仕事の説明はじめたりね。派遣に人権はないってことだよね」
派遣君「人権どころか、有給の権利も。派遣に働き方改革なしってことですよね」

男子「そうそう、コロナも関係なし。むしろコロナで給与だけじゃなく、働き方まで格差がついたな、正規と非正規で。この更新方法にしてもさ、舐めてると思わない」
派遣君「思います、思います、舐めまくりですよ」
と、アイスキャンディーをぺろぺろと舐める。

男子「昔は、面談に付き添い、派遣採用されたら、一か月に一回は様子見に来てたのに」
派遣君「そうでしたねえ」

男子「それにしたって、毎月ちゃんと来なかったりね」
派遣君「もともとやってなかった会社もありましたしね」

男子「やってても、派遣の人数が多い拠点にしか行かないとかね」
派遣君「そうそう。力を入れてるところだけっていう。あからさまですよね」

男子「派遣が怒っても派遣会社には痛くもかゆくもないからね」
派遣君「あんな面談に何も期待してないけど、あれがないと、辞めるときも電話しないといけないし」

男子「そうすると、いきなり冷たくされたり、あからさまに面倒だなって対応されたりね」
派遣君「そうそう。でも、あの様子見にしたって、なんの意味もないですねどね。本音なんて言ったら派遣先に筒抜けだし」

男子「ああ、『ここだけの話にしときますから』って派遣先にぜったい報告するからね」
派遣君「それを逆手に、派遣先に聞かせてやりたいってクレーム入れる派遣もいるらしいっすよ」

男子「それは猛者だね。でも、あいつらには勝てないよ、派遣の立場では・・・」
派遣君「そんなふうに噛みついても、結局はあいつらが結託して、派遣を追い出すだけですしね。そして、代わりはすぐに供給される・・・」

〇時代劇のセット・和室(夜)

悪代官の姿の派遣君、商人姿の男子が向き合っている。男子、派遣君の盃に酒を注ぐ。派遣君、満足そうに酒を受け、それを口に運び、

派遣君「新しい派遣は何か言ってる? そこそこやってくれてるみたいじゃが」
男子「それがちょっと不満があるようで・・・」

派遣君「なんと。何か言ってるのか? 驚いたな、奴隷の分際で」
男子「はあ」
と困った様子。

派遣君「で、あのごみはなんと?」
男子「引継ぎがすべてリモートでやりづらかったと」

派遣君「仕方ないではないか。相手は妊婦。コロナにかかりでもしたら大変だから出社させられん。産休代替の仕事なんだから、それぐらい理解して当たり前じゃろが」
男子「(困った様子で)はあ・・・それが、リモートだったら、なぜこっちまで出社しないといけないのかと・・・派遣はコロナになってもいいのかと」

派遣君、ふおっふおっふおっと笑い、手にしている閉じた扇子をもう片方の手の平に打ち付け、鋭い視線を男子に投げる。

派遣君「当り前じゃ。派遣には代わりがごまんとおる」
男子「ですよねえ、へへへ」
と頭をかく。

派遣君「正社員にコロナにでもなられたら、やっかいこのうえない。わかってくれるじゃろう?」
と笑う。
男子「(愛想笑いを浮かべ)もちろんですとも」
と酒をつぐ。

派遣君、酒を受けながら、
派遣君「チェンジじゃ」
男子「え? またですか?」

派遣君「またとはなんじゃ」
男子「あ、いえ」

派遣君「前の奴は、指示が細かいとかで文句を言ったんじゃな、確か」
男子「しかし、レポートのフォントまでにケチにつけるのはさすがにちょっと・・・」

派遣君「(きつい口調で)それも仕事じゃ」
男子「(慌てて)そうですね。そうでした」

派遣君「(盃からぐいと酒を飲みほし)次はもっと従順で若い子がええのお・・・できれば美人の」
と笑う。
男子「かしこまりました」
と頭をさげ、顔をあげる。

派遣君と男子、見つめ合いながら、互いにぐふふふふふと楽しそうに下品な笑い声をあげる。

〇会議室(朝)

男子と派遣君、椅子に座って茶を飲んだり、菓子を口にいれたりして、だべっている。

男子「そうそう。派遣会社にとって大事なのはクライアントだけだからね。派遣は何人死のうが平気なわけ。代わりはネットで募集いたらすぐに集まるんだから」
派遣君「こんなんだから、一度堕ちたら上がれないんですよねえ。経歴がめちゃくちゃにされて」

男子「そう、このシステムが完全に出来上がっちゃったからね。それがずっとぐるぐるまわってる」
とため息をつく。

派遣君「しかし、コロナをいいことに、派遣会社のやりたい放題が目立ちますよね」
男子「やりたい放題っつか、手抜きな。ピンハネしてる金はかわんねーのに」

派遣君「コロナさまさまですね」
男子「ほんとだよ。コロナで経済が不安定になれば、会社はさらに派遣社員を増やすしね。どう転んでも派遣会社が勝つ仕組みになってんのよ、今の世は」

派遣君「(悪代官の姿に戻って)この世の春よのお」
と目を細め、扇子を仰ぐ。

男子、商人の姿に戻り、扇子に桜の花びらをふる。
扇子の風で舞う花びら。

男子「代官様、きれいやー」
派遣君「これはあいつらの涙や。派遣たちの涙や」
と大笑いする。

男子「残酷なものほど美しいものですねえ」
と愛想笑いをする。

桜の花びらがひらりと地面に落ちていく。

(終了)

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