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★邂逅

新宿にある行きつけの雀荘で、初めてH君に出会ったのは、もうかれこれ3年ほど前だったろうか。

風俗業界にも言えることだが、雀荘のスタッフもコロコロと入れ替わるものだ。店長はともかく、スタッフの名前を覚えようなどという意識はイチ客としてハナからない。しかし、ごくまれにだが、「おや?」と感じるスタッフに出会うこともある。

フロアを歩くときの姿勢、ドリンクオーダーの取り方、同卓した時の姿勢の良さ、意思のこもった発声。少しでも光るところがあるスタッフは、勝負に集中している最中でも自然と意識に引っかかるものだ。

H君もそんな「意識に残る」スタッフの一人だった。良く同卓したが、黒ぶちメガネの奥から相手3人の捨て牌を冷静に見つめながら淡々と打つ。終盤近く、負けている時は無理スジを打って自爆する。トップ位置の時でもつい油断して逆転される。悔しそうに点棒を払いながらも、決して個人的な感情を場の上に出すことはなく「いや~やられました」と笑顔で場の空気を和ませる、そんなスタッフだった。

H君が、新宿から池袋の系列店に異動になってからも時々顔を合わせた。もともと私はその池袋の雀荘に10年以上通っており、新宿店を知ったのもその縁からなのだった。なので、むしろ新宿の時よりも会う頻度は上がっていたかも知れない。

すでにチーフになっていたH君は、店長がいない時はその代行として、卓まわしやスタッフの管理をする立場で仕事をしていた。相変わらず背筋を伸ばして仕事をしており、卓の空気を和ませる麻雀を打っていた。

今年の3月、私がいつものようにフラリと店に入ると、お客様用の挨拶を済ませたH君が「サイトウさん、実はですね~」と話しかけてきた。

いくら面識が濃くなろうが、仕事場であるフロアで特定のお客さんと話し込むことなどしない、というのが接客業の鉄則。そんな基本は当然分かっているハズのH君が私に話しかけてきた理由は、「実は今月で退職することになりました」と伝えるためだった。

私はちょっと残念な気持ちになった。

別にH君ひとりが抜けたとしても、雀荘は日々同じように営業しているだろうし、私も麻雀をいつも通りに打てることに変わりはない。私が残念に感じたのは、多分、彼がいる空間で打っていた麻雀が、知らぬ間にそうでない時よりも楽しい麻雀になっていたからだろう。

それからしばらくして、3月末に私はH君と一緒に池袋のバーで飲んだ。ささやかな送別会のつもりだった。初めて彼の年齢を聞いて、私の息子とさほど変わらないと知って驚いた。どこか達観したような、理知的な彼の雰囲気がそう思わせていたのだろう。

杯を重ねるうちにお互いが好きな本の話になり、今まで読んだ中で一番好きな作品は?という良くある話題になった。私は定番モノを挙げたのだが、H君はほとんど逡巡することなく、筒井康隆の「旅のラゴス」を挙げた。

筒井先生についてここでアレコレ記すことはすまい。この大家の作品を1作も読んだことがない、とだけ私は答えた。本読み同士の暗黙の了解として、ストーリーのことや、どこがどう良いんですか?などという遣り取りは一切しなかった。

「あまりお酒は強くないんです」と言っていたH君だったが、その夜はマスターも一緒になって深夜までトコトン飲んだ。

H君の転職先は、誰でも知っている大手企業系列の会社だった。雀荘の常連にそこの人事部長がおり、その方から声がかかったという。いつも仕立ての良いスーツに、カフスをつけたシャツで麻雀を打っているその方の顔がアタマに浮かんだ。やっぱりどんなところで働いていても見ている方は見ているんだなと思い、少し嬉しくなった。

5月になり、私も新しい職場で働き始めたある日、H君から本が送られてきた。といっても自宅まで郵送されてきたワケでなく、いつもの池袋の雀荘で、彼の同僚だったスタッフからジュンク堂の袋を手渡されたのだ。

私は「Hさんからです」と聞いただけで、その中身が何なのか分かった。開けてみるとちゃんとブックカバーまで付いている。その日、順番が回ってくる待ち時間用に持っていた文庫本は、遠藤周作の「海と毒薬」。

H君の名前と同じ作家の本だったのは、単なる偶然に過ぎない。

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