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季節を色で旅する  vol.3〜芒種

「季節を色で旅するシリーズ」3回目。
6月6日は「芒種」(2022年)。

二十四節気の第9節目。6月6日頃。
芒種(ぼうしゅ)とは、稲や麦など穂の出る植物の種を蒔く頃のこと。穂先にある針のような突起を、芒(のぎ)といいます。
この頃から、雨空が増えていきます。

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四葩って何の花?

「四葩(よひら)」とは、紫陽花の別称。花弁が4枚であることから、特に俳句で用いられる季語です。紫陽花は梅雨の時季に花びらのような萼片が集まって鞠状を形作るところから「手毬花」とも、白、青紫、淡紅と色が変わるので「七変化」「八仙花」とも呼ばれます。

また、紫陽花の名は「あづさあい(集小藍)」が由来で、小さな藍の集まった花の意味です。

あぢさゐの 花のよひらに もる月を 影もさながら をる身ともがな
(源俊頼 『散木奇歌集』)

紫陽花や きのふの誠 けふの嘘 (正岡子規)

さまざまに変化する紫陽花の花の色を、移ろいやすい人の心に重ねています。


紫陽花の色の違いは?

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ところで、
紫陽花にはいろんな色がありますね。
ピンク、紫、青、白、、、
その、色の違いは何でしょう?

土の酸性度によって花の色が変わります。
土が酸性だと青色、アルカリ性だとピンクの花が咲きます。これは、紫陽花の色素に「アルミニウムと結合すると青くなる」という性質があるため。白い紫陽花は、もともと色素を持たない品種であるため、何色にも染まらないのだそう。

あなたは何色の紫陽花に惹かれますか?

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私は、湿気の多いこれからの時期がとても苦手ですが、紫陽花がなかったら、もっとウツウツ、ジメジメした季節に思えます。梅雨の季節、雨さえも愛おしく思える紫陽花の存在は、とても大きく感じられます。

そして、これは我が家の「紫陽花コーナー」。
パーソナルカラーでSummerの私のクローゼットには、紫陽花色が並びます。
(洋服の画像は一部、お借りしています)

金 桃色 茶色 ムードボード 写真コラージュ

手が届かない高貴な色

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雲井にて よをふるころは 五月雨の 雨のしたにぞ 生けるかひなき
(大和物語)

限りなき 雲井のよそに 別るとも 人を心に 遅らさむやは
(古今和歌集)

「雲井(雲居)」とは、雲のある場所、雲がたなびいている高いところ、はるかに遠く、または高く隔たった所、宮中を意味します。「雲上人」という言葉と同様に、手が届かない高貴な人、高貴な場所を表しています。

「雲井鼠」は、はるか遠く、雲の上を思わせる白に近い灰色を指します。

雲の向こうは、いつも青空

これからたくさんの、重たい雲に覆われる時間が続き、厚い雲に押しつぶされそうになる時もありますが、そんな時は、この雲の上に広がる青空をイメージしてみましょう。

"There is always light behind the clouds."
 (Louisa May Alcott)

雲の向こうは、いつも青空。

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6歳の6月6日に

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『風姿花伝』(世阿弥)によると、習い事を始めるには数え七歳、つまり満6歳の年のうちがもっとも良いとされており、日本では古来より「6歳の6月6日に稽古を始めると上達しやすい」と言われてきました。歌舞伎、狂言、能といった伝統芸能では今でも「初稽古」を6月6日にするならわしが残ってるそうです。

そして、1、2、3、4、5、6…と親指から順番に折りながら数を数えていくと、6のときに小指が立ちますが、「小指が立つ」ことが転じて、「子が立つ」「子が自立する」と考えられ、6月6日が縁起がいいと言われるようになったようです。

「稽古」と「練習」の違いとは

「稽古」という言葉の発祥は古く、『古事記』にその記述が残っています。「稽古」の「稽」には「考える」という意味があり、「稽古」は「古(いにしえ)を考える=過去や先人から学ぶ」、つまり「昔のことを古い書物などを読んで調べ、学び、今なすべきことは何なのかを正しく知る」という意味が込められています。
また、「照今(しょうこん)=今に照らす」という言葉を合わせた「稽古照今」には、「過去の出来事や先人に学んで、今の世に照らし合わせて指針を見出すこと」という意味があります。「温故知新」に近いでしょうか。

それでは、「稽古」と「練習」の違いは何でしょうか?
「稽古」と聞いて思いつくのは、相撲や華道、書道など、何か伝統的な分野で、その道の指導者について学ぶ、そんな印象があります。一方で、「練習」というと、「自主練」という言葉もあるように、特に指導者がいなくてもできる、そして、古典的な分野に限ったものではないような感じです。サッカーとかゴルフとか。

また、「稽古」というと技術の習得に限らず、精神的なものが大きいように思います。古い書物や先人から、道理や礼儀、作法などを学び、理想的な形へと近づくことを含めて習得する。

そういった意味でも、今、私が学んでいる東洋思想、命理学(四柱推命)は、まさに、この「稽古色」がとても強い気がします。

私が、四柱推命を学ぶ理由はここにあります。
素晴らしい師との出会い、それに尽きます。

「なぜ四柱推命をやっているのか」

干支暦のベースにもなっている十干(甲、乙、丙、丁、、)では、「癸(みずのと)」がこの稽古の質を象徴しているのではないかと思います。
「癸」は、「古典を学ぶ」という特徴がありますが、その中で最も重要なのが、「どんな師のもとで学ぶか」。それで、人生の質が変わると言われます。

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(画像は、アモエニタスの命理学講座で教材として使用しているもの)

あなたがイメージする「稽古色」は、どんな色ですか?

6月6日「稽古始め」、何かを学び始めてみませんか?

(※「稽古色」というのが実際に存在するわけではありません)

※伝統色は広範囲の色を指すことが多く、色域も広く、また、文献によって解釈がさまざまなため、異なることもあります。

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