アゴ割れ。

僕の彼女は顎が真っ二つに割れていました。

幼少期からのあだ名はスイカ。

理由は「すぐ割れるから」だそうです。

「スイカって硬いのにね。すぐ割れないよ。小学生らしいわ」

僕はそう言ってケラケラ笑う彼女が
好きでした。

当時は体の特徴をあだ名にされ嫌な気持ちだったのでしょう。

彼女は一度も一緒にいて
「あいつブス、デブ」
などという身体的特徴の文句や軽口を言いませんでした。

過去の痛みは今の強さを産む。

僕が彼女から学んだ事です。

「お前の彼女の顎に食券はさんでいいか?」

友人はよく僕を冷やかしました。
僕は
「彼女からキツネうどんは出てこない」
という返しが精一杯でした。

にゅるん。

本当は

「顎の割れ目からうどん一本くらい出てきちゃいそう」
と彼女の顎のほっしゃん的可能性を

心配していました。

僕にとっては優しいお姫様のような子。

でも顎にはアメリカンコミックの王子様が居ました。

僕はそれが少しだけ嫌でした。
顔は可愛いのに顎だけゴツい。

勿体ないな、と思っていました。

そして、そんな事を思う自分も嫌でした。

ある日お酒に酔い、

部屋で彼女と寝ていました。

すーすーと熟睡する彼女を横目に

「どうせここから空気漏れてるんでしょ」
と酔っ払っていた僕は彼女の顎に

当時、偶然部屋に落ちていた
MDのラベルシールを貼りました。

「くっつけ」

僕は曲名の部分にそう記しました。

デビューシングル「くっつけ」

勿論、彼女の起床後ケンカになり、

「ちがうんだ、おまじないなんだ。」

と言い訳する僕の顎先に
彼女の右拳がモロに入りました。

後方に倒れ痛がる僕を見て、
彼女は「私、スーパーマンみたい」
と笑いました。

僕が「ここが特にな」と顎を指差すと
二人で笑いました。

「こっちの顎が割れちまうよ」は
雰囲気が控えさせました。

このケンカの
一年半後に僕たちは別れました。

関係も割れた訳です。

つい先日、
掃除中にそのMDシールが出てきました。

埃まみれになった「くっつけ」シール。

僕は懐かしさと同時に
昔の作文を朗読されたような

なんだか甘酸っぱい気持ちになりました。

「もう10年以上経つのか。」

僕は当時のMDシールから視線を沿わすように

窓の外を見ました。

きれいな青空。

藍のなかに
少しだけ残った雲が横に薄く伸びて

部屋の窓枠と重なって見えました。

「私たちって似た者同士だよね」

彼女の当時の言葉が耳元で鳴りました。

僕は 「俺は顎割れてないぞ?」
と笑いましたが

「あの子にも、こっちの気に食わない部分が
沢山あったんだろうな」と思いました。

僕は

含み笑いで
シールをそっと引き出しに入れると、

もう会う事はないだろうけど

今日の晴れた空を見ててくれたらいいな。

そう思いました。

#恋愛 #エッセイ #小説 #お笑い

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